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別れを描く『トラとミケ』料理研究家・瀬尾幸子さん「最期まで食べて飲んでいたことに救われた」

『トラとミケ』を読んだ

『トラとミケ』について料理研究家・瀬尾幸子さんが感じたことは?(トラが作った芋の煮っころがしを食べて笑顔になる中村君。トラとミケの店を訪れるのが日々の楽しみになっていく。単行本4巻より)

“トラとミケ”が営む“どて煮屋”に集まるお客たちの人生模様を描く漫画『トラとミケ』の第4集が発売された。料理も多く登場するこの1冊について、料理研究家の瀬尾幸子さんが綴る。

 * * *
 音、匂い、景色、湿度、時間──。『トラとミケ』は、普段は思い出すことのない、記憶の底の方に眠っているものを五感とともに呼び覚ましてくれます。私にとってその一つは、第1巻の1話で電車が鉄橋をゆっくりわたる、夕方の街並みを描いたシーン。日が暮れてきているけれど、まだ少し明るい。夕方、行ったことのない街まで電車で出かけた帰りの、車窓から見える風景。魚の焼けた匂い。誰かの家から漂ってくる煮物の香り。生垣の高さほどある物干し竿に干した洗濯物。ページをめくっていくと、普段はあまり思い出すことのないかつての日常が、次々と脳裏をよぎります。

 どのコマも丁寧に背景が描かれていて、1回目には気づかなかったことがもう一度読むと、あっ、こんなところにといったことがたくさんあるんです。だから、この漫画は1回で読み飛ばす、ストーリーを追う漫画ではないと思いました。何度も何度も、気持ちに余裕があるときに読んだ方がいいですね。

 第4巻は、別れがテーマですね。私自身もそうですが、60才を過ぎると、頻繁に友達が亡くなっていく。そしてそれはとてもつらいことなんです。

『トラとミケ』では、冷ややっこや芋の煮っころがしなど普段の料理とともに死が描かれています。それが、死でさえも日常の一つであることを、ほのめかしている気がします。

 生まれたら必ず死ぬ。それは決して避けられませんが、普段は見ないようにしているし、そればかりを見つめているわけにもいかない。でも身近に起こってしまったら、日常の中で心の整理をつけていくしかないんですよね。

 作中の中村君は、最期、痩せ衰えながらも、トラとミケのお店で楽しく食べて飲んでいました。食べることは生きること。食べている間は死なないんです。だから、料理の絵をコマいっぱいに使って見せることで、中村君が最期まで懸命に生きようとしていたことに、救われる思いがしました。

【プロフィール】
瀬尾幸子(せお・ゆきこ)/料理研究家。家庭料理に定評があり、NHK『きょうの料理』などに出演。毎週金曜にYouTubeで『ラクうま瀬尾食堂』を配信中。

※女性セブン2022年11月10・17日号

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