「いいボール」の使い方にアレンジを加える努力か

 なぜ、松木氏の「いいボールだ!」という絶叫は減少しているのか。

 おそらく、視聴者にとって松木氏の叫びが日常的になってしまったため、やたらと「いいボールだ!」と叫んでも効果が薄いと判断(自覚)したからではないか。そのため、コスタリカ戦では0対0の後半32分、33分の“ここぞの場面”で「いいボールだ!」を使用したと思われる。

 逆に言えば、松木氏が「いいボールだ!」と叫んだ時、以前なら「また言っているよ」と思っていた視聴者も「今が試合の肝なんだ」と感じるべき状態になっている。また、「いいボールだ!」減少の理由には、たくさん叫びながら勝てなかったオマーン戦やベトナム戦の反省も込められていたのかもしれない。(※ただ、コスタリカ戦は本当にいいボールかどうかは微妙だった)

 つまり、『解説者・松木安太郎』は20年近く変わっていないように見えて、「いいボール」の使い方にアレンジを施している。長く続くことには必ず理由がある。かつて長寿番組『笑点』の司会者を務めた桂歌丸は『マンネリ』という番組への批判について、こう話していた。

〈ずっと変わってないように見えても、実は変わってるんですよ、大いに。〉(『笑点五〇年史1966──2016』/ぴあMOOK/2016年9月発行)

 本当に何の変化もなければ視聴者に飽きられ、出演者はその座を追われる。だが、現役を引退したばかりのフレッシュな解説者が何人誕生しても、松木氏は還暦を超えた今もW杯中継でマイクの前に座っている(興奮すると立ち始める)。絶えず変化しているからこそ、松木氏は現在も需要があるのではないか。

 W杯の今大会は、インターネットテレビ局『ABEMA』が全試合を放送している。日本対ドイツ戦では本田圭佑氏の解説が好評を博し、その日の視聴者数が1000万を突破して開局史上最高を記録した。この試合、NHK総合の視聴率は35.3%(午後9時50分から中継)だった。4年前、同じグループリーグ初戦のコロンビア戦の前半は42.8%(20時45分から中継)、後半は48.7%(21時53分から中継)だっただけに、かつては地上波で見ていた一定数の視聴者がABEMAに流れたと想像できる。

 本田氏の解説が話題を呼んだため、2戦目の地上波の視聴率に大きな影響を与えるかと思われたが、松木氏解説のテレビ朝日は42.9%(18時40分から中継)を獲得した。これは、2010年南アフリカ大会のグループリーグのオランダ戦(20時10分から中継)の43.0%とほぼ同じだった。12年間で地上波テレビを取り巻く環境が大きく変化している中で、立派な数字と言えるだろう。

「いいボール」の使い方さえも微妙にアレンジを加える松木氏の努力によって、地上波の視聴率が保たれたと言っても過言ではない――。

■文/岡野誠:ライター、松木安太郎研究家。本文最後に「過言ではない」と言い切ったが、過言かもしれないと思考を巡らせている。NEWSポストセブン掲載の〈検証 松木安太郎氏「いいボールだ!」は本当にいいボールか?〉(2019年2月)が第26回『編集者が選ぶ雑誌ジャーナリズム賞』デジタル賞を受賞。著書『田原俊彦論 芸能界アイドル戦記1979-2018』(青弓社)では本人へのインタビュー、野村宏伸や名倉加代子などへの取材などを通じて、人気絶頂から事務所独立、苦境、現在の復活まで熱のこもった筆致で描き出した。

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