12月15日、力道山の60回忌に墓前に手を合わせる田中敬子

12月15日、力道山の60回忌に墓前に手を合わせる田中敬子

「神奈川県代表」?

 そんな「健康優良児」だが、単に体格と学力と運動神経だけで選ばれるわけではなかった。表彰に至るまでいくつもの関門が設けられた。選考過程は次の通りである。

 条件は小学校6年生の男女児童、学校から推薦された数名の児童が、各市町村の審査会に回される。そこで、身長、体重、胸囲、さらに50m走、跳躍力、投力の測定、健康診断、学力テストが行なわれ、市町村ごとの「健康優良児」が選ばれる。

 次いで県の教育委員会によって審査会が行なわれ、晴れて男女児童1名ずつ県の代表となり、全国大会に臨む。そして、毎年11月3日に「日本一の健康優良児」が発表になるという高校野球同様の狭き門である。よって「私は健康優良児」と自称する人物の大半は、おそらく、学校推薦止まりか単に発育がよかっただけで、右の過程を踏んでないか、そのどちらかだろう。

「私はね、健康優良児だったの」

 それでも、田中敬子は言った。さらに、こうも言った。

「それもね、神奈川県代表」

 小学校5年生で160cmを超えて、跳び箱8段も飛んで、バック転が出来るくらい運動神経も抜群、毎日山盛りのご飯を食べて、隣家の米軍人家庭に入り浸って英会話の習得に励むような早熟な女児だったなら、そう言いたくなる気持ちはわからないでもない。確かにそう言いたくなる気持ちはわからないでもない。とはいえ、本当に「健康優良児」で「神奈川県代表」ならば、先に触れた通り、相当の難関を突破したことになる。

「そうですか」と返すと「そうなの」と彼女はにべもなく言った。「だって本当だもの」と顔に書いてあった。

 そう言われては、参考の範囲に留めておくわけにもいかない。田中敬子が小学校6年生だったのは1953年、昭和28年となる。「日本一の健康優良児」が決まるのが11月3日ということは、逆算して9~10月には市町村と県の代表が選ばれることになる。

 そこでまず、毎日、読売、産経、神奈川と朝日新聞以外の新聞媒体を手繰ってみたが、一切載っていなかった。「健康優良児」自体、まったく報じていないのだ。そこが朝日新聞社主催のイベントであっても、高校野球とは決定的に異なる点である。

 そこで、この時期の朝日新聞を閲覧してみた。「健康優良児」と「健康優良校」の情報は載っていたが、田中敬子の名前はなかった。縮刷版の記事には「東京都内」という注釈が付いていた。

 迂闊だった。根岸に住み、横浜の公立小学校に通学していた田中敬子が、全国版に載るわけがないし、東京版に載るはずもない。もし本当に健康優良児であったなら、朝日新聞の神奈川版に載っているのではあるまいか。

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