思わぬ「副鼻腔炎」の発覚
今も昔も日本航空は採用試験において、裸眼で1.0以上と決まっている。操縦士だけではなく客室乗務員もそうなのだ。かくして、次々と通過者が姿を消していった。
しかし、意外な指摘に敬子自身も肝を冷やしている。楽勝と思われた健康診断において、診察医に「あなたは副鼻腔炎がありますね」と指摘されたのだ。
「副鼻腔炎?」
「ええ、蓄膿ですよ」
診察医は平然と言った。
「そうなんですか」
自分でもまったく気付かなかった。「まさかそんな落とし穴があるなんて」と落胆しかかると「まあ、この程度なら大丈夫でしょう」と診察医はにべもなく言った。命拾いした気がした。
体力測定は、いわゆる走ったり跳んだりすればいいと高を括っていたが、それだけでもなかった。
「椅子に座らされて物凄いスピードで回転させて、パッと眼を開けてその位置を測る、みたいなことをしたり、『眼をつむって足踏みして下さい』って言われたりね。これが意外と出来ない。歩き出す人とかもいる。いわゆる平衡感覚のテストなのよ。重心がしっかりしてないと出来ない。ほら、機上は重力がかかるでしょう」(田中敬子)
何だかんだ言いながら、最終的に20人が残った。敬子も残っていた。集められた20人を前に担当官は言った。
「えー、みなさんの自宅に合否の通知がいきます」
敬子は肩を落とした。20人全員を合格にしてくれるのかと思ったがそうではなかった。どうやら、ここから振るいにかけられるらしい。何人受かって、何人が落ちるかもわからない。
これまで、健康優良児の神奈川県代表に選ばれたり、横浜開港百年記念の英語論文のコンテストで優勝したりと、相当な倍率を突破してきた敬子だったが、初めて「運命に委ねる」という言葉が重くのしかかって来た。将来が懸かっていると思うと、恬淡としていられなかった。