それにもはや余嶋組長のような立場の組長を殺害しても、神戸側、池田組・絆連合にメリットはない。末端の組長を無差別に殺して加点される段階はとうに過ぎた。
歴代、山口組の主要組織は謀殺が十八番で、内部でもめ事が起きると身内による粛正が実行されてきたため、余嶋組長の属する弘道会が殺したという憶測も湧いた。が、自らラーメン屋の厨房に立ち、額に汗して働く組長を勤務中に殺せばマスコミが騒ぎ出すのは目に見えている。これではまったく謀殺にならない。
「今の段階では、殺害されるほどのトラブルは見つかっていません。周辺取材をしたけど空振りで、今後の捜査を待つしかないのですいが、裏の顔があるようには思えない。組長個人のインスタグラムにもずらっとラーメンの写真が並んでいるし、ラーメン屋の口コミサイトには、自作自演でよい評判を書き込んでいたような節もある。ラーメン屋に一所懸命な印象です」(同前)
ラーメン自体はおいしいと評判で常連客もついていた。店のインスタグラムには客や従業員の他、亡くなった余嶋組長の写真もあって、白髪交じりの実直そうな中年男性にみえる。
勘違いしやすいが、度重なる法改正で暴力団が追い詰められ、シノギに窮し、致し方なくラーメン屋を始めた……わけではなかったろう。平成初期に警察がまとめた非公開のフロント企業リストでは、芸能興行や不動産売買、土木建築業の作業員派遣などの法人とは別に、かなりの数の個人経営飲食店が掲載されている。そのトップ3はスナック、喫茶店、ラーメン屋だ。
2000年頃、私は大阪の西成山王に部屋を借りていたが、山口組の凝り性な組長がラーメン屋をやっており何度か食べに出かけた。九州や山陽道の暴力団は、土木建築業の作業員となって金を稼ぐことを「野良をつく」「地下足袋を履く」と自虐的に言ったが、大阪の暴力団は「屋台を引く」と表現していて、これも土地柄と感心した。
業種にかかわらず兼業暴力団は昔からいて、数で言えば昭和や平成の頃はずっと多かった。山口組のカリスマである田岡一雄三代目組長が配下に「生業を持て」と叱咤したのは、言い換えれば兼業のススメに他ならない。普段は居酒屋のマスターだったり、タクシーの運転手をしている組員が、組の行事になると礼服を着込んで親分衆の葬儀会場に整列していた。
暴力団は自身では働かず、顔で喰えるようになって一人前という価値観なので、こうした二足のわらじを揶揄するヤクザは一定数存在した。しかし、実際に話を聞いていくと、「そこまでしてヤクザをやりたいんやから評価する」と好意的に見ている幹部が多かった記憶がある。
警察は暴力団に銀行口座を作らせず、社会的に抹殺することで、生業をさせないよう追い込んでいる。暴排条例は暴力団との取引は、いかなる理由があっても違法になる。が、個人の飲食店で、おいしい料理を提供し、常連客がつけば、暴排条例の中でもまっとうな商売はできる。警察とて店を訪れ、「ここはヤクザの店だ」と、客に喧伝したりはしない。銀行口座がなくても現金で買い物をすれば仕入れもできる。ラーメン屋という人気の業種は、今後も暴力団のシノギとして定着し続けるだろう。
暴力団とはいえ、まっとうな商売をしていたはずの組長はなぜ死なねばならなかったのか。一刻も早い全容解明が待たれる。