最高裁が性別変更の手術要件は違憲と判断　現場のトイレ清掃員は戸惑いを隠せない

　冒頭の女性清掃員はトイレについては結局「男女共用トイレに戻るしかないのでは」とも話す。実際に一部の公共トイレを中心に実施され始めている。

「昔は男女共用トイレが多かったですからね。それなら私たち現場も男か、女かなんて気にしなくていい。でもバリアフリートイレ（多目的トイレの別称）だって揉めますからね。カメラとか見つかったり、目的外のことをしたりの方が多い。女性も男性の座ったあとが嫌とか、女性が入って行くのを見てわざとその次を使う男性がいたとか、とにかく男女共用トイレは嫌だという女性がほとんどですから。本当にいろいろな方がいて、難しいんですよ」

　とにかく彼女も「難しい」を繰り返すが、本当にそうなのだと思う。女性用トイレは多くの先人、とくに女性たちの長年の声で実現してきた。それが昭和の「共同便所」に戻ってしまうということか。

　これまでの日本社会が根底から変わるかもしれない判断、まさに歴史的な判断だが、現場がどうなるのか、どうすればいいのかはまったくこれからの話で、現在でも歌舞伎町タワーの件や自治体の一部で作られているジェンダーレストイレなどは女性や男性からの「やめてくれ」という声が大きかった。というか、これは言い切っても問題ないと思うが、そういう人のほうが当たり前に多い。これは差別ではなく、現実だ。これを大前提としなければ余計に分断と差別を生みかねない。理念や判断ばかりが先んじてはトランスジェンダーの方々もそうでない方々も、ましてや現場で不特定多数の日常を守るために従事するエッセンシャルワーカーの方々も混乱するばかりである。

　これから法整備や各社の対応が進むのだろうが、せめて多くの現場に対する指針だけでも国として出すべきように思う。この最高裁の判断で救われる方々がいるのはわかる。そういう理念もまたわかる。しかし現場レベルとするなら、この国の現実社会とはまた別であることもまた、事実である。

【プロフィール】
日野百草（ひの・ひゃくそう）日本ペンクラブ会員。出版社勤務を経て、社会問題や社会倫理のルポルタージュを手掛ける。