ライフ

【逆説の日本史】「支那事変」を「日華事変」と言い換え歴史を改変し破壊する「差別語狩り」

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

作家の井沢元彦氏による『逆説の日本史』(イメージ)

 ウソと誤解に満ちた「通説」を正す、作家の井沢元彦氏による週刊ポスト連載『逆説の日本史』。近現代編第十二話「大日本帝国の確立VII」、「国際連盟への道5 その12」をお届けする(第1398回)。

 * * *
 ここでちょっと用語の問題を整理しておこう。

 とくに、中国の国号に関する問題である。これについては、『逆説の日本史 第一巻 古代黎明編』を書き始めたときにすでに「原則」として述べているのだが、考えてみればそれを書いたのはもう四半世紀以上前である。二十代の読者ならばほとんど生まれてもいないだろうし、三十代でもまだ子供だった時代である。この連載の当初からの愛読者ならば繰り返すまでも無いだろうが、これだけ時間が経つとそういうわけにもいかないので、もう一度確認しておきたい。

 たとえば、この時代に大日本帝国は一貫して中国のことを「支那」と呼んでいた。この「支那」という言葉をいまだに差別語扱いする向きもあるが、これは決して差別語では無い。これも前に説明したことだが、中国の最初の王朝は秦だったため、ローマ帝国では中国のことをCHINA(チーナ)と呼ぶようになった。これはローマ帝国の国語であったラテン語の発音で、英語では同じ綴りだが発音はチャイナになった。

 そのうち中国はヨーロッパ人が自分たちのことをそのように呼んでいることに気がつき、中国にはカタカナ(表音文字)が無いので発音に見合う漢字を当てた。しかし、これも繰り返し述べたことだが、中国人は「悪癖」を持っている。自分たちが「中華の国」つまり世界の中心にいる文明人だというプライドがあるので、周辺地域に住む人間をバカにして「邪」馬台国とか「卑」弥呼とか、わざわざ悪い意味をもった字を当て字に選ぶのである。「モンゴル」もそうで、この発音は尊重するのだが、それに対して当て字をする際わざわざ「蒙古(無知蒙昧で古臭い)」という字を選んだ。

 しかし、「支那」の場合は中国人自身がシナという言葉に当て字をしたのだから、悪い字を選ぶはずが無い。この両方の字には差別的意味はまったく無いのである。それなのに、若い人には信じられないかもしれないが、かつてはこれが差別語だという誤った説が一部のインチキ歴史学者どもによって唱えられ、それを鵜呑みにしたテレビ局が歴史的用語である「支那事変」という言葉を使わないようシナリオライターに強要し、結果的に歴史ドラマなのに「日華事変」と言い換えさせられていた。

 同じ時代、テレビやラジオのニュース番組で北朝鮮のことを報じるときも、アナウンサーは必ず「北朝鮮、朝鮮民主主義人民共和国」と言わねば上司に叱られた。韓国も本当は大韓民国なのに、「韓国、大韓民国」とは同じニュース番組では決して言わなかった。

 注意してほしいのは、これは歴史上の事実としてあった「差別語狩り」とは違うものであるということだ。差別語狩りというのはかつて視覚障害者を指す「メクラ」などという言葉を差別語とし、それを歴史から抹殺しようという一大運動である。私もいまは視覚障害者というちゃんとした言葉があるから、ことさらにこの言葉を使おうとは思わない。

 だが、この言葉はそもそも「目暗」すなわち「目の前が暗い」という意味であって差別的な意味は無く、それゆえかつては「めくら判」とか「めくら縞」という派生語が普通に使われていたのだから、少なくともその時代の歴史を語る場合は使わなければいけない。また、昔の時代を描いた文芸作品や映像作品には登場させるべきなのである。江戸時代の人間が「視覚障害者」などという言葉を使うはずがないからだ。

関連記事

トピックス

現地取材でわかった容疑者の素顔とは──(勤務先ホームページ/共同通信)
【伊万里市強盗殺人事件】同僚が証言するダム・ズイ・カン容疑者の素顔「無口でかなり大人しく、勤務態度はマジメ」「勤務外では釣りや家庭菜園の活動も」
NEWSポストセブン
中村七之助の熱愛が発覚
《元人気芸妓とゴールイン》中村七之助、“結婚しない”宣言のルーツに「ケンカで肋骨にヒビ」「1日に何度もキス」全力で愛し合う両親の姿
NEWSポストセブン
週刊ポストの名物企画でもあった「ONK座談会」2003年開催時のスリーショット(撮影/山崎力夫)
《巨人V9の真実》400勝投手・金田正一氏が語っていた「長嶋茂雄のすごいところ」 国鉄から移籍当初は「体の硬さ」に驚くも、トレーニングもケアも「やり始めたら半端じゃない」
NEWSポストセブン
詐称疑惑の渦中にある静岡県伊東市の田久保眞紀市長(HP/Xより)
《まさかの“続投”表明》田久保眞紀市長の実母が語った娘の“正義感”「中国人のペンションに単身乗り込んでいって…」
NEWSポストセブン
大谷が購入したハワイの別荘の広告が消えた(共同通信)
【スクープ】大谷翔平「25億円ハワイ別荘」HPから本人が消えた! 今年夏完成予定の工期は大幅な遅れ…今年1月には「真美子さん写真流出騒動」も
NEWSポストセブン
フランクリン・D・ルーズベルト元大統領(写真中央)
【佐藤優氏×片山杜秀氏・知の巨人対談「昭和100年史」】戦後の日米関係を形作った「占領軍による統治」と「安保闘争」を振り返る
NEWSポストセブン
運転席に座る広末涼子容疑者
《追突事故から4ヶ月》広末涼子(45)撮影中だった「復帰主演映画」の共演者が困惑「降板か代役か、今も結論が出ていない…」
NEWSポストセブン
江夏豊氏(右)と工藤公康氏のサウスポー師弟対談(撮影/藤岡雅樹)
《サウスポー師弟対談》江夏豊氏×工藤公康氏「坊やと初めて会ったのはいつやった?」「『坊や』と呼ぶのは江夏さんだけですよ」…現役時代のキャンプでは工藤氏が“起床係”を担当
週刊ポスト
殺害された二コーリさん(Facebookより)
《湖の底から15歳少女の遺体発見》両腕両脚が切断、背中には麻薬・武装組織の頭文字“PCC”が刻まれ…身柄を確保された“意外な犯人”【ブラジル・サンパウロ州】
NEWSポストセブン
山本由伸の自宅で強盗未遂事件があったと報じられた(左は共同、右はbackgrid/アフロ)
「31億円豪邸の窓ガラスが破壊され…」山本由伸の自宅で強盗未遂事件、昨年11月には付近で「彼女とツーショット報道」も
NEWSポストセブン
佳子さまも被害にあった「ディープフェイク」問題(時事通信フォト)
《佳子さまも標的にされる“ディープフェイク動画”》各国では対策が強化されるなか、日本国内では直接取り締まる法律がない現状 宮内庁に問う「どう対応するのか」
週刊ポスト
『あんぱん』の「朝田三姉妹」を起用するCMが激増
今田美桜、河合優実、原菜乃華『あんぱん』朝田三姉妹が席巻中 CM界の優等生として活躍する朝ドラヒロインたち
女性セブン