あきたこまちRは、ガンマ線ではなく重イオンビームを使っているが、しくみとしては同じだ。多数のコシヒカリの種子(種籾)に重イオンビームを当て、変異が起きた約3000粒からカドミウムの吸収性が大幅に下がったものを選抜して育成した新種「コシヒカリ環1号」に、従来のあきたこまちを7回交配させ開発しているという。
実際、安全性への懸念はあるのか。元となるコシヒカリ環1号の開発者に取材した経験を持つ松永氏はこう答える。
「コシヒカリ環1号のDNAの変異は、カドミウムの吸収に関わる遺伝子の中の1塩基のみの欠損で、全ゲノム配列を調べて、他の部分はコシヒカリとほぼ同じであることが確認されています。ガンマ線に比べて重イオンビームの方が、狭い範囲に当たって局所的な切断になりやすく、DNAの他の部分への影響が格段に減るという利点があります。他の部分が壊れて未知のたんぱく質ができるといった現象は確認されていません。
その子孫であるあきたこまちRが、カドミウムを吸収しづらい性質であることを除き、あきたこまちと同等の性質であることは、秋田県が多数の栽培試験の結果で確認しており、安全上の問題は見出されていません。
重イオンビーム照射は、日本の理化学研究所や日本原子力研究所高崎量子応用研究所(現量子科学技術研究開発機構高崎量子応用研究所)などが、日本独自の技術として開発発展させてきたので、むしろ他国に先駆けた特徴ある方法として日本が誇ってよいのかもしれません。ベトナムやバングラデシュなどでもイネの品種改良に用いられ、新品種が誕生しているそうです」(松永氏、以下同)
「無機ヒソ」も同時に減らせる可能性
ただ、そうした新しい技術に抵抗感があり、不安を感じる人々もいる。この報告会では、「カドミウム汚染のひどい地域だけ切り換え、従来のあきたこまちも残して、農家も消費者も選べるようにすべき」との意見が出ていた。しかし、そうした政策案は別の深刻な問題を生じる懸念があると松永氏は警鐘を鳴らす。
「カドミウム汚染のひどい地域だけあきたこまちRに切り替えると、“ひどい地域”が明確になり、新たな地域差別が生じる可能性があります。鉱山開発で日本の発展に寄与して来た地域がカドミウム汚染による公害病に見舞われたり、差別されたりしてきた歴史を考えると、特定の地域への新たなレッテル貼りは絶対にやってはいけないことです。また、“ひどい地域”ではないところでも、コメのカドミウム量はゼロではありません。全地域でカドミウムを吸わないコメを作付けしたほうが、カドミウム摂取量を下げられます」
そもそも、コメの品種にはコシヒカリやひとめぼれなど他にいくらでもあり、どうしてもあきたこまちRが不安な人であれば、そちらを選べば済むこととも言える。また、新品種の開発より、土壌のカドミウム汚染を減らすほうが先だとの意見もあるが、これは実態を知らない意見だという。