佐治重衡医師
「治療法が確立されている早期がんの患者さんでしたら、ガイドラインに書かれた標準治療を勧めていくことが最善です。しかし、私が診ている人の8割は、再発もしくは骨や肺などに転移がある進行がんの患者さん。そういうかたがたは皆、私のところに来たときには、それぞれ異なる状態、状況で治療がスタートするため、治療の仕方も薬もさまざまです。
そのような中で、私は最初、患者さんと『趣味は何ですか』『何か細かい作業をしますか』といった、一見治療とは関係のない話ばかりします。そうした、AI(人工知能)ではできないような会話を通して、その人の状況や生活パターン、周囲にいるのがどんな人かをつかんでから、治療を決めていくのです。
『突然下痢になったら困ることはありますか』と聞くこともあります。薬の副作用で下痢になることがあるので、何がその人の負担になるかを、あらかじめ見込んでおかなければいけないからです。ある程度の選択肢を残しつつ、患者さんに最適ではないかと思われる治療法に導くよう心がけています」
患者の中には、きつい副作用をがまんするくらいなら、薬物治療は受けたくないという人もいる。標準治療を拒否して、代替療法や民間療法を試したいという人も少なくない。そうした場合、がん専門治療施設では「標準治療しかできないから」という理由で、診療を拒否されることもあると聞く。このように、患者と医師との考えがずれてしまった場合、どのように対処すればいいだろうか。冒頭の大野医師はこう話す。
「病院は患者さんにとって『港』であるべきだと思っているので、民間療法を受けるという患者さんには、『何かあればいつでも戻って来てくださいね』と話しています。しかし、残念ながら民間療法を受けても、治らずに悪くなってしまう人がほとんどです。なかには病状が悪くなると『あなたの信仰心が足りないからだ』と言って、放り出してしまうところもある。そうなってから、初めての病院に受診し直しても、対応が難しいですよね」
そのような不幸なことにならないためにも大事なのが、患者との間で信頼関係を築くことだと大野医師は続ける。
「病気だけを見れば、最も再発を減らすのは標準治療だと言えます。でも、すべての患者さんがそれを受け入れられるわけではありません。その理由を聞かずに、医師が『再発を減らすには抗がん剤がいちばんだから』と押し付けるべきではない。
かつて、身内が抗がん剤治療で苦しみながら死んでいった姿を見たとか、患者さんにはそれぞれ“物語(ナラティブ)”があるのです。それに耳を傾けながら、どんなケアをすべきか考えることを、EBM(エビデンスに基づく医療)に対して、NBM(物語に基づく医療)と言います」
標準治療は必ずしも全員が受けなくてはならないわけではない。
「最新のエビデンスを参照しつつ、一人ひとりの患者さんの状況や価値観にも合った個別化医療をすべきなのです。とはいえ、怖いという理由だけで、抗がん剤をやめてしまうのも短絡的です。なぜ受けたくないのかをきちんと聞いて理解し、『そういう思いがあるなら、こういう治療があるのではないですか』と選択肢を示すことも、患者さんが納得して意思決定をすることに必要だと私は思うのです」(大野医師)
技術と経験に加え、あなたの声に耳を傾けてくれる医師こそが“最強の名医”といえるだろう。
(後編につづく)
●ジャーナリスト・鳥集徹と本誌取材班
※女性セブン2024年1月4・11日号
女性セブンが取材した乳がんの名医
【乳がん】名医が選んだ最強の名医
【乳がん】名医が選んだ最強の名医



