「コディアック・ベア」との遭遇
かく言う私も、生命の危機に晒されたことがある。およそ20年前、場所はアラスカのコディアック島。そこに生息するヒグマは「コディアック・ベア」と呼ばれ、体のサイズが世界最大級になることで知られている。
当時私は、ディレクターとしてNHKに入局して6年目で、自然番組を制作する部署への配属を希望しながら、「ためしてガッテン」などのサイエンス番組を制作していた。その一方で、アラスカを中心に活躍していた写真家の星野道夫氏に憧れ、プライベートでアラスカを旅することもあった。そんな私が最も関心を寄せていたのが、コディアック・ベアだった。
その伝説的なクマが見たくてコディアック島に入った私は、ベニザケがたくさん遡上する水系を一人で辿った。
藪の中を進むのがあまりに怖かったため、見晴らしの良い湖水の中を膝まで水に浸かって歩きながら、ヒグマを観察していた。
不意に、そばの土手から小さなクマが顔を出した。興味深そうに私を見ている。カメラを構えて写真を撮っていると、後ろから大きなクマが立ち上がった。小さなクマの母親だ。
私を警戒しているのは明らかだった。
非常に危険な状況だが、必死に自分を落ち着かせる。こうした時、一目散に逃げるのが最もやってはならないことだ。逃げる者を追いかけ、とどめを刺そうとする彼らの本能にスイッチを入れてしまうことになる。
入山届を出しに行った国立公園のレンジャーからは、こんな指示を受けていた。
「クマに至近距離で遭遇した場合、まずは目を見て謝れ。落ち着いたトーンで、あなたに危害を加えるつもりはありません、ごめんなさい、と言いながら、背中を見せずに後退りしろ。十分に距離が離れたら、もう振り返っても大丈夫なので、ゆっくりとその場から立ち去れ」──。
体内の血液が全て凍りつくような恐怖に慄きながらも、私はその通りに行動した結果、事なきを得た。