1回だけの夢物語にしない
冬場の練習は基本的に手狭なビニールハウスで行なっているが、島影の「このままでは大阪桐蔭に0対40で負けてしまいます」の一言が役場を動かした。
しかし、防球ネットは既製品を注文していたら時間がかかってしまう。漁網の整備に慣れた中道とその仲間がネットを縫い合わせてコミュニティセンターに設置し、年明けの練習から室内練習場の使用が可能となった。
「センバツの出場決定後、鹿児島と関東で2回ほど合宿を行なうということで、遠征費各1000万円も補助しています。残りの2500万円は野球部の甲子園滞在費や応援団への支援です」(寺尾)
センバツ前の遠征には千田の兄を含む今年卒業した3年生4人も帯同し、甲子園でもサポートメンバーとして試合前の練習を補助する。島影は言う。
「いつ廃部になってもおかしくないような野球部が、甲子園のグラウンドに立つことができる。これを1回だけの夢物語で終わらせるわけにはいきません。必ず夏、そして次のチームにもつながるセンバツにしないと」
1回戦の相手が岡山・創志学園に決まり、別海高校は開幕のちょうど1週間前に奈良の智弁学園と練習試合を行なった。センバツに出場しなくとも、阪神のエース格となった村上頌樹や巨人の主砲・岡本和真らを輩出した近畿の雄。開幕の直前に大敗するようなことがあれば、甲子園で野球をする興奮よりも、自信を喪失して恐怖心を増大させるかもしれない。試合は初回から点を奪われ2回には8失点。最終的に0対20の大差で敗れた。試合後のミーティングで、2人の選手が大粒の涙を流していた。
「多大なサポートを受けて準備してきたことを、まったく発揮できなかったのが悔しかったようです。甲子園で戦う不安や諦めの涙ではなかった。それが救いです」(島影)
21世紀枠の代表として8年ぶりの勝利をあげれば、別海高校の夢の航路は続く。ナインと島影はそんな奇跡を信じて、聖地の土を踏む。
【プロフィール】
柳川悠二(やながわ・ゆうじ)/1976年、宮崎県生まれ。ノンフィクションライター。法政大学在学中からスポーツ取材を開始し、主にスポーツ総合誌、週刊誌に寄稿。2016年に『永遠のPL学園』で第23回小学館ノンフィクション大賞を受賞。他の著書に『甲子園と令和の怪物』がある。
撮影/藤岡雅樹
※週刊ポスト2024年3月29日号