広岡は「気軽に話せる相手ではなかった」
広岡にかかれば長嶋といえどもクソミソに言うこともあるが、王だけは絶対に冗談でも悪く言わない。ゾクゾクッと身体中に悪寒が走るほどの鬼気迫る練習を間近で見てきたからだ。王は当時の様子を振り返る。
「私は本当に不器用ですよ。不器用だから、あの一本足打法できたんだと思います。器用な人だったらできないと思います。よく言う無骨な人が、一つのことだけコツコツコツコツやって実現するという形ですよね。器用な人は結局いろいろと言われるから堂々巡りになり、確信を掴むところまでなかなか行けないんじゃないですかね」
一本足打法は動きが大きい分だけ余計に軸をしっかりし、構える際の静止する意識を強く意識しないと成立しない。しかも、静止する姿は自然体でなければならない。王は、無駄な動きをなくし軸をぶらさないために一本足で立ったまま子どもをぶら下げたりして、一本足打法の完成のために修練を積み重ねた。
「8つ違いますから現役時代に広岡さんと気軽に話すことなんかできなかったんですけど、広島へ行ってコーチをやられ、ヤクルト、西武の監督になって素晴らしい成績を出されましたよね。厳しさっていうか、執念っていうか、そういったものを持って戦わなかったら本物にならないっていうのを広岡さんに教わりましたね。
広岡さんは、いわゆる歯に衣着せずというかストレートの人で純粋なんでしょうね。とにかく筋が通った人で、今でもご意見番として厳しいことを言われます。監督も選手も耳に痛いことを言われますが、本当のことだと分かってますから、広岡さんが言ったことはみんな心には留めてますよ」
王は、敬愛を込めてそう快活に話した。
◆取材・文/松永多佳倫(まつなが・たかりん)
ノンフィクション作家。1968年、岐阜県生まれ。琉球大学卒業後、出版社勤務を経て執筆活動開始。著書に『善と悪 江夏豊ラストメッセージ』(KADOKAWA刊)など。