長嶋氏が公の場に姿を見せたのは今年3月31日の開幕戦以来(時事通信フォト)

長嶋氏は今も巨人軍の精神的支柱だ(時事通信フォト)

「王はぶきっちょ」

 広岡が六大学の権威を上げ、その後、長嶋が六大学の人気を上げた。ともに六大学の新旧スター同士だった二人は、ナインにわからぬようにこっそりと飲みに出かけていたという。

 広岡がルーキー時に川上哲治の守備にいちゃもんつけたことから両者は啀み合い、川上監督になってから広岡は巨人を去る羽目になった。その時、引退する広岡に声をかける者は長嶋と森祇晶しかいなく、長嶋から「長い間、お世話になりました。これ、ヒロさん好きって言ってたんで」とハチミツを渡された。広岡は「俺、別にハチミツが大好物でもないし、人生でハチミツ好きって言ったことないんだけどな」と思いながら、「あ、ありがとうな」と返すと、屈託のない表情が売りの長嶋が寂しげにニコッと笑った。

 王貞治と広岡の関係は意外に知られていないが、王が一本足打法に改造するにあたり実は間接的に広岡が関わっている。プロ入りして3年間の王の成績が思ったほど伸びず、巨人首脳陣が頭を抱えていた時に大毎を引退したばかりの荒川博を推薦したのが広岡だった。

「王が中学の頃から知っている荒川さんが王を育てるのに一番適任だ」と思った広岡は、打撃コーチに招聘して欲しいと敵対している川上監督に頭を下げたのだ。広岡にとって早稲田の先輩にあたる荒川は、現役時代孤高の天才打者榎本喜八を育てた実績もあって、川上監督は即座に打撃コーチに呼んだ。広岡は、王についてこう話す。

「王は、この人のおかげと信じ感謝の気持ちでやってるから違うんだよ。僕らが見とっても本当に寒気がくるぐらいよくやった。王は器用ではなく、ぶきっちょなんだ。だから練習を死に物狂いでやった。世界のホームラン王になったと日本人は上辺だけを見て、その本質を取らんからな。一本足のほうがバランスいいという理論で一本足になった。こういうことが本質よ」

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