「蒋介石の発言は宋美齢の考え」と疑う人も

 当時の米中関係において、宋美齢が果たした役割で最も大きかったのは、米国議会での名演説とその後に行った全米講演旅行だろう。その二つの活動を通じて、彼女の人気が沸騰して、中国への同情と支持を得ることになったのである。

 だが、それは宋美齢が最初から意図したことではなかった。

 米国軍人や政治家、中国に駐在する米国外交官たちの中には、もともと宋美齢のファンが多かった。蒋介石と会談したりパーティーで同席したりするたびに、いつも蒋介石の傍らで通訳する宋美齢を見てきた。上流階級の使う英語と機知に富む話術、聡明で理知的で独特な見解を持ち、艶やかなチャイナドレス姿と神秘的な黒い瞳の彼女に魅惑された。それにも増して、彼女は中国の最高権力者の蒋介石主席の夫人なのだから、政治的な影響力も絶大だ。

 蒋介石が一言いえば、彼女は三言、十言、即座に英語に訳してみせる。「あれは蒋介石の意見ではなくて、宋美齢の考えではないか?」と疑う人も少なくなかったが、「彼女は私の永遠の女神だ!」と、公言して憚らない米国人外交官もいたほどだ。

訪米のきっかけは「病気治療」

 だが、宋美齢にとって米国人との交際はストレスが多く、中国内陸部の南京や重慶、さらに奥地の成都など、高温多湿な気候と不衛生な環境が耐えがたかった。いつしか疲労が積み重なり、全身の激しい痛みと強い倦怠感に襲われ、過呼吸の症状に見舞われるようになった。四六時中つづく激しい歯痛にも悩まされた。

 憔悴しきった彼女を見た米国人たちは口を揃えて、

「是非、米国で治療に専念してください」

 と勧めたが、彼女はウンと言わなかった。

 蒋介石も、彼女が自分の傍らから離れることを承服しなかった。

 だが、毎晩ベッドで苦しみもがく姿を見るに見かね、「あれはがんなのではないか」と心配する周囲の言葉を聞くうち、蒋介石もいよいよ不安が募った。当時はがんは「不治の病」と決まっていたからだ。

 そうした折に、ルーズベルト大統領夫妻から手紙が届いた。「宋美齢夫人が病気治療のために訪米するなら、万全を期してお迎えいたします」という、好意的な内容だった。

 米国で治療すれば快癒するかもしれず、米国政府との親善が深まり、中国に対する援助も順調に進むに違いないという期待感が、蒋介石の背中を押した。

 1942年11月18日、宋美齢は医師と看護婦を従えて、米国政府が差し向けた特別専用機に搭乗し、米国へ向かったのだった。

【プロフィール】
譚ロ美(たん・ろみ/ロは王偏に「路」)
作家。東京生まれ。慶應義塾大学文学部卒業。同大訪問教授などを務めたのち、日中近現代史にまつわるノンフィクション作品を多数発表。米国在住。主な著書に『中国共産党を作った13人』『阿片の中国史』『帝都東京を中国革命で歩く』『中国「国恥地図」の謎を解く』など。最新刊は『宋美齢秘録 「ドラゴン・レディ」蒋介石夫人の栄光と挫折』。

関連キーワード

関連記事

トピックス

全米野球記者協会ニューヨーク支部主催のアワードディナーに出席した大谷翔平と、妻・真美子さん(左/時事通信フォト、右/提供:soya0801_mlb)
《真美子さんが座る椅子の背もたれに腕を回し…》大谷翔平が信頼して妻を託す“日系通訳”の素性 “VIPルーム観戦にも同席”“距離が近い”
NEWSポストセブン
司法省がアンドリュー元王子の写真を公開した(写真/Getty Images)
《白シャツ女性に覆いかぶさるように…》エプスタイン・ファイルで新公開されたアンドリュー元王子とみられる人物の“近すぎる距離感の写真” 女性の体を触るカットも
NEWSポストセブン
(時事通信フォト)
【2・8総選挙「大阪1〜10区」の最新情勢】維新離党の前職が出た2区、維新前職vs自民元職vs野党候補の5区で「公明党票」はどう動くか
NEWSポストセブン
なぜ実の姉を自宅で監禁できたのか──
《“お前の足を切って渡すから足を出せ”50代姉を監禁・暴行》「インターホンを押しても出ない」「高級外車が2台」市川陽崇・奈美容疑者夫妻 “恐怖の二世帯住宅”への近隣証言
NEWSポストセブン
東京拘置所(時事通信フォト)
〈今年も一年、生きのびることができました〉前橋スナック銃乱射・小日向将人死刑囚が見せていた最後の姿「顔が腫れぼったく、精神も肉体もボロボロ」《死刑確定後16年で獄中死》
NEWSポストセブン
間違いだらけの議事録は「AIのせい」(写真提供/イメージマート)
《何でもAIに頼る人たち》会社員女性が告白「ケンカの後、彼から送られてきた”彼女の方が悪い”とAIが回答したスクショ」ほどなく破局
NEWSポストセブン
国際ジャーナリスト・落合信彦氏
国際ジャーナリスト・落合信彦氏が予見していた「アメリカが世界の警察官をやめる」「プーチン大統領暴走」の時代 世界の“悪夢”をここまで見通していた
NEWSポストセブン
高市早苗首相(時事通信フォト、2025年10月15日)
《頬がこけているようにも見える》高市早苗首相、働きぶりに心配の声「“休むのは甘え”のような感覚が拭えないのでは」【「働いて働いて」のルーツは元警察官の母親】 
NEWSポストセブン
ジェンダーレスモデルの井手上漠(23)
井手上漠(23)が港区・六本木のラウンジ店に出勤して「役作り」の現在…事務所が明かしたプロ意識と切り開く新境地
NEWSポストセブン
元日に結婚を発表した女優の長澤まさみ(時事通信フォト)
長澤まさみ「カナダ同伴」を決断させた「大親友女優」の存在…『SHOGUN』監督夫との新婚生活は“最高の環境”
NEWSポストセブン
国際ジャーナリスト・落合信彦氏
【訃報】国際ジャーナリスト・落合信彦氏が死去、84歳 独自の視点で国際政治・諜報の世界を活写 
NEWSポストセブン
薬物で急死した中国人インフルエンサー紅紅(左)と交際相手の林子晨容疑者(右)(インスタグラムより)
「口に靴下を詰め、カーテンで手を縛り付けて…」「意識不明の姿をハイ状態で撮影」中国人美女インフルエンサー(26)が薬物で急死、交際相手の男の“謎めいた行動”
NEWSポストセブン