編集者役を演じた唐沢寿明(左)とはアドリブの応酬が。©2024映画「九十歳。何がめでたい」製作委員会 ©佐藤綾子/小学館

映画は、断筆宣言をして鬱々としていた作家・佐藤愛子が編集者の熱い依頼で執筆を再開、元気を取り戻していく姿をドラマチックに描く(c)2024映画「九十歳。何がめでたい」製作委員会 ©佐藤綾子/小学館

「草笛さんは、あげん頑張っとるとよ」

 本編が始まると、90歳の愛子が「どっこいしょ……」と覇気のない表情で一日の始まりを迎え、体があちこち不調だ、何をするにもめんどくさいと、ああだこうだ愚痴をこぼす。高齢者の日常の風景に“そうなのよねぇ”とばかりに場内のあちこちから、クスクスと共感の笑いがわき起こる。

「静かな映画館で声を出すことを遠慮されているのかなと察して、“笑っていいとよ”と、コソッと伝えたら“そぉお?”って。そこからみなさん、リラックスした顔で笑っていました」

 主役を演じた草笛光子さんの効果も絶大だった。

「みなさん、“あれ、草笛さんやろ”“すごいねぇ”“元気ねぇ。90歳になったと?”と盛り上がり、施設に帰ってからも“草笛さんが出とったよ”と報告をしていました。60代の自分から見ても、かくしゃくとした草笛さんの姿はさすがだなと。大きい声ではっきりしゃべるので、ものすごくせりふが聞き取りやすく、その意味でもみなさん、映画に没頭できたようです」

 耳が遠くてきっとせりふが聞こえないからと、最初は映画館へ行くことをためらう人もいたという。

「聞こえんから、という理由で参加を見送ろうとされたかたには“映画館はきっと音が大きいから大丈夫だよ”って。ドライブのつもりでお出かけしましょうと誘いました。映画が終わってから、“どうやった、聞こえた?”と聞いたら、大きく○のサインをして“また連れてって!”って」

 外出先で刺激を受け、映画を観てたくさん笑って、上映後の参加者の表情は見違えるように輝いたと、職員は嬉しそうに振り返った。劇中、断筆し鬱々としていた愛子が編集者の熱意に根負けして再び筆を執り、みるみる活気を取り戻す姿に触発されたのだろう。映画を観たことで、日常の生活にも変化があったという。

「何々しようと声をかけた時に“いやぁ、もう疲れたけん”と言われたら、“草笛さんは、あげん頑張っとるとよ。自分たちの方が若いっちゃけん、負けておれんね”って。そうするとみなさん、“そうやね。頑張ろうかね”とおっしゃって、前向きになって力がわいてくるんです」

 力強く日々を生きる愛子の姿が励みになる。施設で暮らす全員で作品を観たいと、いまからDVDの発売を楽しみにしているという。

取材・構成/渡部美也

※女性セブン2024年8月8・15日号

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