それでも、外モンゴルが強力な独立国家となり、ロシア、中国の対抗勢力となって「大モンゴル主義」を標榜すれば流れは変わったかもしれないが、時代はそのように進まなかった。たしかに一九一二年(明治45/大正元)一月の辛亥革命によって清朝が滅び中華民国が成立したとき、それを待っていたかのように外モンゴルのハルハ地方から独立を宣言する集団が現われた。これは一時軍備を整え「独立国」となったので、歴史上はボグド・ハーン政権と呼ぶ。

「ボグド・ハーン」は称号である。この人、個人名は別にあったのだが、ラマ教の「法王」ダライ・ラマ12世によってジェプツンダンバ・ホトクトという活仏、簡単に言えば「仏の生まれ変わり」であると認定された。こうした「存在」はこの世の寿命を終えても別の人間に輪廻転生する。だから、このときまでにジェプツンダンバ・ホトクトは歴史上に七人現れたが、その八人目(8世)として認定されたのである。

 だから活仏としてはジェプツンダンバ・ホトクト8世(1869~1924)であり、独立国モンゴルの元首としては「ボグド・ハーン」と呼ばれた。「ハーン」はチンギス・ハンの「ハン」と同じで、ボグドは「聖なる」ということだから、「聖帝」ととりあえず訳しておこうか。

 またまた「人物紹介」になってしまったが(笑)、なぜこうなるかと言えば日本いや大日本帝国はモンゴル人の歴史に対してきわめて大きな影響を与えているのに、日本人はそのことをきれいに忘れているからだ。

 たとえば、日本史において「徳川家康の晩年のライバルと言えば伊達政宗であったかもしれない」などと記すとき、伊達政宗のことを一から詳しく説明する必要は無いだろう。幸いにも大河ドラマなどの影響で、読者つまり国民は政宗に関する一般常識は持っているからだ。ところがモンゴル人やその歴史については、青年福田定一(司馬遼太郎)ら当時の日本人にとっては常識だったことを現代の日本人は忘れてしまった。

 日本人の悪い癖で、大日本帝国の崩壊という「嫌な思い出」を捨て去るため、すべて「水に流して」しまったのである。

 しかし、この稿は「日本史」であって「モンゴル史」では無いのでその後の経過を簡単に述べると、ボグド・ハーン政権は内モンゴル人の支持は得られなかった。簡単に言えば、「弱々しい政権」だったからである。その成立過程を見てもわかるように、この政権はラマ教(チベット仏教)の強い影響下にあった。司馬遼太郎はラマ教を清国がモンゴル族を弱体化させるため「注入した毒物」と見做していたが、どんな宗教にも美点はある。

 ラマ教の美点は平和主義である、無抵抗主義と言ってもいい。それは現在の法王ダライ・ラマ14世が、中国からあれほどひどい目に遭わされたにもかかわらず、非暴力を唱えていることでもわかるだろう。ただ大変残念なことに、こうした宗教は戦争や民族団結の統合原理にはならないのである。

 日本でも、仏教を統合原理とした「藤原三代奥州平泉王国」は源頼朝率いる鎌倉武士に攻め滅ぼされてしまったし、逆に幕末期に欧米列強がアジアを植民地化しようと大挙して押しかけて来たときには、ヒステリックな排外主義を唱える朱子学が逆にプラスに働く統合原理となって、侵略の魔の手を払いのけることができた。

 そもそも人間の作ったものだから長所もあれば短所もあるのが当然なので、だからこそ歴史の教訓からその長所と短所を明確にし将来に備える必要があるのだ。結局前にも述べたように、外モンゴルはソビエト連邦の援助を受けて中国の支配を脱し、そしてソビエト連邦が崩壊した時点で真の独立を確立し、モンゴル人民共和国から現在のモンゴル国になったのである。

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