必殺技「バナナ・ピロー」
──行動力がすごい!
「親は芸能活動にずっと反対していましたが、それ以上に私が頑固だったんですよね。小さな頃から、一度決めたらほぼ曲げない性格でした」
──高校時代は、芸能活動と勉強を両立させつつ、チアリーディング部で大会に出て全国3位に輝いたとも聞きました。かなり多忙な高校生活だったようですね。
「水泳やダンスの習い事もしていましたしね。でもただ遊ぶよりも、自分の能力値が上がっていることを実感できる時間が一番楽しく感じるんですよね。だから全然苦ではありませんでした」
──大学入学後は、芸能活動に一層注力するように。しかし安定志向のご家庭であれば、大学卒業のタイミングで、「就職する、しない」でまた一悶着あったのでは?
「就活シーズンの少し前、大学2年生の時点で、親はいったん納得してくれました。芸能活動をより頑張るために東京で一人暮らしをしようと、自分ひとりで引っ越し資金を貯めて、物件も決めちゃったんですよ。あとは親のサインがあれば契約完了というところまで準備して、『卒業するまで成績はSかAしか取りません』と宣言して、OKをもらいました。
そのとき、『この子はもう何を言っても止まらない』と思われたんでしょうね。ちなみに、『成績はSかAしか取らない』という約束はちゃんと守りました! 芸能一本でやっていくことについて、私自身の不安はほぼゼロで、『売れてやるぞ!』という一心でした」
──とはいえ、下積み時代は生活が大変だったのでは?
「一人暮らしの引越し費用は、釜飯屋さんと横浜スタジアムでバイトして貯めました。野球場でのビールの売り子は、頑張れば頑張るだけ稼げる仕組みが自分に合っていましたし、たくさん買ってくれる方もいて助かりました。実家から仕送りはもらっていなかったので、アイドル時代は節約して暮らしていましたね」」
