なぜ段祺瑞は没落したのか?

 ここでもう一度、段祺瑞のライバルである馮国璋の経歴を見ていただきたい。「袁の死後、直隷派の首領となるが失脚」とあるではないか。ライバルが失脚したなら、二人の闘争は段祺瑞の勝利に終わったはずではないか。しかし、実際は段祺瑞自身も没落した。だからこそ西原借款も「カネをドブに捨てた」結果に終わるのだが、ではなぜ段祺瑞は没落したのか? 今度は彼の経歴を見ていただきたい。「1920年安直戦争に敗れ」とある。「安」徽派と「直」隷派の戦争ということだが、この戦いに大敗北を喫したのが段祺瑞没落の最大の原因なのである。

 では、なぜ負けたのかを追及する前に、もし勝っていたらどうなっていたかを少し考えてみよう。この戦争は、この時点における「関ヶ原の戦い」である。勝ったほうが「天下を取る」。たしかに奉天派の張作霖の力は侮れないものがあるが、彼は万里の長城の外側の満洲を抑えているにすぎない。それにくらべて安徽派と直隷派は、首都北京にいつでも進攻できる。とくに安徽派のライバル直隷派の「直隷」とは「首都北京を含む一帯」を意味するが、逆に安徽派から見れば直隷派を倒せば北京を完全に支配下に置けるということだ。

 つまり、中央政府を安徽派で独占するわけだから外交権も借款も徴税権も徴兵権もすべて独占できる。これを日本の立場から見れば、孫文のころから日本が夢見ていた「親日派中国」の誕生、ということになる。日本外交の愚行と言ってもいい「対華二十一箇条要求」による外交的失敗も、これで取り戻せる。いや、そもそも寺内首相はそう思ったからこそ「西原借款」を実行したのだ。

 最初はうまくいっていた。日本は第一次世界大戦の勃発を「天佑」と捉えていた。「日英同盟のよしみ」を口実に参戦し、敵国ドイツが支配している中国・膠州湾を攻撃できるからだ。そのためには中国も中立を捨てて連合国側に加入し、ドイツに宣戦布告してもらうのが一番いい。

 膠州湾を攻撃した大隈重信内閣のときには中国は中立だったので、日本軍が青島攻略のため中国領を無許可で移動することになり、中国側の反撥を買ってしまったことは、すでに述べた。だが、西原借款によって立場を固めた安徽派の段祺瑞が日本の思惑どおり連合国側に加わって参戦してくれたので、日本の立場はよくなった。日本の膠州湾(青島)攻撃も「同盟軍の行為」であり、勝手に中国領内に侵入したという問題点も解消できるからだ。

 これに反撥したのが直隷派である。これは彼らのボスであった袁世凱が「対華二十一箇条要求」の受諾日(1915年5月9日)を「国恥記念日」と定めた意図に反するものだし、この戦略は大成功で、中国国民の反日・侮日感情を高めた。一九一九年には五・四運動が起こり、「対華二十一箇条要求」に対する抗議デモは中国全土に波及した。そういう人々から見れば、段祺瑞は「売国奴」になる。

 そこで、直隷派はこうした「国内世論」も背景に安徽派を叩き潰そうと考えた。そこに目をつけたのが、日本の中国侵略の意図(それは以前説明したように、欧米型植民地搾取を目的としたものでは無かったのだが)を警戒していたアメリカと、日本のこれ以上の中国進出を警戒するイギリスであった。結局両国はタッグを組んで、直隷派を支援することを決めた。

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