工藤公康氏が憧れずっと真似してた選手とは(撮影/藤岡雅樹)
プロ野球の厳しい世界で約30年にわたり現役の最前線で戦った2人の左腕──工藤公康氏(62)と山本昌氏(60)の経歴はまさに“レジェンド”と呼ぶに相応しい。なぜこれほどの長きにわたり現役を続けられたのか、歴代最高のサウスポー、大リーグへの思いについて熱く語り合った。【全3回の第2回】
歴代最高のサウスポーは?
工藤:俺もマサも左投手だけど、昔は右バッターのほうが圧倒的に多かった。だからリリーフ、ワンポイントという使われ方もあったし、右の強いバッターに立ち向かう技術の習得をしなきゃいけない。だからこそ右ピッチャーより自分でいろいろ工夫した部分も多い。
山本:今と違って昔はクリーンナップに左が少しいたぐらいですからね。
工藤:やっぱり球種の少ない時代にどうやって生き残っていくかって考えた時に、江夏さんが仰っていた「(右打者の)アウトコースへの真っすぐ」が生命線であり、そこから組み立てやコントロールを考えなきゃいけない。左ピッチャーとしての練習量、フォームの工夫があって長くやってこられたんじゃないかと思う。
山本:僕もアウトローの練習しかしなかったです。真っすぐとスクリューと外から入れてくるカーブばっかりの練習でした。あまり回転の良くないピッチャーってクロスに投げるとシュートする。僕はクロスに投げても真っすぐ行くようにキャッチボールからずっと気をつけていました。
工藤:なかでも歴代最高の左腕といえば、同じチームでもプレーした江夏さん。フォームも格好良くて、ずっと真似してた。
山本:僕が真似したのは右の堀内(恒夫)さん。結果、似てないんですけど、グラブをはめた腕を抱え込むところが格好良くて真似しました。でも歴代サウスポーとなればやっぱり江夏さんですね。
現役時代を思い返すと、工藤さんってナゴヤドーム得意でしたよね?
工藤:うん、好きだった。吸い込まれるような感じがあり、集中できるというかスッと入っていけた。
俺はセ・リーグに来て打席に立った時、マサの低めのボールが見えなかったのを覚えてるよ。ボールだと思って見送ると審判がストライクって言う。「ボールじゃないんですか。低いですよ」って言ったら「余裕でストライクだよ」って。それだけボールの回転が良い。
山本:工藤さんは投げ方もですけど、メンタルも凄い。工藤さんと東京ドームで投げ合っている時、前の打席でカーブをホームランされたバッターに対して、次の打席の初球に同じ軌道のカーブを放ったんですよ。普通のピッチャーは初球で同じところにカーブは投げられない。よくいけるなと思いましたよ。ストレートのキレが良くて制球もいい。僕らからしたら左ピッチャーの完成品です。
あと、非常にありがたかったのは、僕は50まで現役でしたけど、45ぐらいまで球界最年長は工藤さんだったので、矢面に立たずに済んだ。工藤さんがずっと道を作ってくれて、僕は静かについていけばよかった。
