西武時代の工藤公康氏
工藤:道は作ってないと思うよ。マサはマサの道を歩いてきた。今の時代ならメジャーも行けたでしょ。
山本:1988年のドジャースへの野球留学で、1Aで13勝して防御率1位になってメジャーに誘われたことはありましたね。
工藤:俺も1984年に野球留学してメジャーから誘われたけど、(西武の管理部長だった)根本(陸夫)さんがダメってなった。
山本:実はもう一度メジャーから誘われたことがあります。1997年にダイヤモンドバックスとデビルレイズが新設された時、内々で接触がありました。この年に最多勝を獲ったんで、日本の最多勝投手を欲しかったみたいです。
(第3回へ続く)
【プロフィール】
工藤公康(くどう・きみやす)/1963年、愛知県生まれ。1982年に西武ライオンズに入団。ダイエー、巨人、横浜などに在籍し、14度のリーグ優勝、11度の日本一に輝く。2011年に引退。現役通算224勝142敗3セーブ。2015年にソフトバンク監督に就任し、7年間で日本シリーズを5度制覇した。
山本昌(やまもと・まさ)/1965年、神奈川県生まれ。日大藤沢高から1984年に中日入団。3度の最多勝を獲得した。41歳でのノーヒットノーラン、49歳での勝利など数々の最年長記録を打ち立て、2015年シーズンを最後に50歳で引退。現役通算219勝165敗5セーブ。
取材・構成/松永多佳倫(ノンフィクション作家)
※週刊ポスト2026年1月30日号
