山本昌一覧

【山本昌】に関するニュースを集めたページです。

落合博満監督(当時)はさまざまな采配を見せてきた(時事通信フォト)
開幕投手で相手チームを幻惑し続けた中日・落合監督
 6月19日、いよいよプロ野球が始まる。気になる開幕投手の顔ぶれは各チームの監督の公表によって、以下のように明らかになっている。 セ・リーグは、巨人・菅野智之(3年連続6回目)vs阪神・西勇輝(2年ぶり2回目)、ヤクルト・石川雅規(3年ぶり9回目)vs中日・大野雄大(3年ぶり3回目)、DeNA・今永昇太(2年連続2回目)vs広島:大瀬良大地(2年連続2回目)。パ・リーグは、楽天・則本昂大(2年ぶり6回目)vsオリックス:山岡泰輔(2年連続2回目)、西武・ザック・ニール(初)vs日本ハム・有原航平(3年ぶり2回目)、ソフトバンク・東浜巨(初)vsロッテ:石川歩(2年連続2回目)。 直前の怪我などがなければ、まずこの顔触れになりそうだ。現役で最も多く開幕投手を務めたのは、涌井秀章(西武→ロッテ→楽天)の9回。順当に行けば、ヤクルトの石川はトップに並ぶことになる。3位は、7回の岩隈久志(近鉄→楽天→メジャー→巨人)。4位タイは、6回の松坂大輔(西武→メジャー→ソフトバンク→中日→西武)、金子千尋(オリックス→日本ハム)になる。 歴代の開幕投手回数ベスト5を挙げると、1位タイは14回の金田正一(国鉄→巨人)、鈴木啓示(近鉄)、3位は13回の村田兆治(ロッテ)、4位は12回の山田久志(阪急)、5位は10回の東尾修(西武)となっている(記録は2リーグ分裂以降。以下同)。いずれも通算200勝以上の大投手だ。昨今はメジャーリーグへの移籍、3月にWBCが行われる事情もあり、金田や鈴木の14回を抜くのは困難かもしれない。 昭和の頃から開幕戦はエースに託すというイメージが強い。しかし、過去には奇策を打って出るチームもあった。最近では、2004年から中日で指揮を執った落合博満監督が3度も意外な手で相手を幻惑した。野球担当記者が話す。「最も有名なのは、就任1年目に3年間登板ゼロの川崎憲次郎を開幕投手に持ってきたことでしょう。当時の中日は山本昌、野口茂樹、川上憲伸というエース級が揃っており、誰も予想できなかった。チームメイトも、当日のロッカーで知って驚いたという逸話まであります。落合監督は正月には川崎の開幕投手を決めていたようですが、それが情報漏れしなかったことも見事です」(以下同) 川崎は2回途中5失点で降板したものの、打線が奮起し、広島のエース・黒田博樹を攻略。8対6で逆転勝ちを収めた。ルーキーや新外国人、メジャーから復帰した2003年のオリックス・吉井理人を除けば、前年登板なし投手の開幕先発は初めてだった。この奇策は他球団に落合采配を警戒させるのに十分なインパクトを与え、同年中日は5年ぶりのリーグ優勝を果たした。 翌年から2008年までの開幕投手はエースの川上憲伸と正攻法だった。その川上がアトランタ・ブレーブスへ移籍した2009年、落合監督は3年目の浅尾拓也を抜擢した。前年は全てリリーフでの登板で、先発は1年目の8月17日以来だった浅尾は8回1失点と期待に応え、チームは4対1で横浜を破った。「川上は去りましたが、吉見一起は前年に初の2桁勝利を挙げていました。先発にはチェンや中田賢一もいた。その中で、前年のセットアッパーである浅尾の起用は驚きました。浅尾は5月13日を最後にリリーフに回り、引退まで先発することはありませんでしたから、周囲には奇策に見えたでしょう」◆前年4勝以下の投手を3度開幕投手に選出 2011年には、前年4勝のネルソンに開幕を任せた。この年は春季キャンプでチェン、吉見、山本昌と投手陣に故障者が続出。誰が来るのか予想しづらい中、落合監督は開幕戦の出場選手登録に朝倉健太、岩田慎司、小笠原孝、中田賢一、ネルソン、山内壮馬というローテーション投手を全て入れた。通常、先発投手の登録は数名に絞り、リリーフや野手を補充するが、相手の横浜を幻惑する作戦を取ったのだ。開幕戦は敗れたものの、その年、中日は首位・ヤクルトとの最大10ゲーム差を逆転し、連覇を果たした。 落合監督は中日で指揮を執った2004年から8年間で、前年4勝以下の投手を3度も開幕に選んだことになる。同期間の12球団では、2008年のヤクルト・石川雅規(前年4勝)と阪神・安藤優也(前年2勝)の2人だけ。石川は前年不調に陥り、チームの最下位もあって勝ち星が伸びなかったが、2006年まで5年連続2桁勝利。安藤は前年故障で8試合の登板に終わっていたが、2005年から2年連続2桁勝利という実績があった。「落合監督は、その時々のベストを選択していく監督でした。浅尾を抜擢した2009年も、『普通に考えればそうなる。みんなキャンプ、オープン戦を見てないからな』と報道陣に話していた。つまり、“開幕戦はエースでなければならない”という固定観念を持たなかった。先入観に縛られる世間から見ると奇策のように映りますが、落合監督の中では当たり前のことなんです。 2007年、巨人とのクライマックスシリーズ初戦、レギュラーシーズンの後半戦0勝5敗だった左腕の小笠原孝を起用した時も、『奇襲でも何でもない。普通の選択』と答えています。この年の巨人は1番・高橋由伸を筆頭に、小笠原道大、李承燁、阿部慎之助と左の強打者が並んでいました」 試合中の采配はオーソドックスな印象だった落合監督だが、開幕戦での先発起用では相手を幻惑し、その試合のみならず、シーズンを通して主導権を握っていった。そして2010年、2011年と連覇した落合監督が解任された翌年、セ・リーグは予告先発制度が導入された。「予告先発はお互いにミーティングの時間も減りますし、正々堂々と戦うという大義名分もある。しかし、いかに相手の裏をかくかという心理戦は野球の醍醐味のひとつですし、そこからドラマも生まれる。最近は読み合いの風潮が薄れており、ソフトバンクのように強いチームが予想通りに日本一になる。野球は意外性のスポーツであり、想像しなかったことが起こるから面白いという面がある。今のプロ野球界では、なかなか奇策が打てませんね」 時代によってルールは変わる。これは仕方ないことかもしれないが、落合監督の作戦が今もファンの記憶に残っていることも忘れてはならない。
2020.06.16 16:00
NEWSポストセブン
最年長の福留孝介は43歳に(阪神タイガース提供。時事通信フォト)
今や40代が11人に プロ野球選手の寿命が伸びた背景
 4月26日、日本プロ野球界最年長の阪神・福留孝介が43歳の誕生日を迎えた。今年終了時点での満年齢で福留に続くのは、42歳の中日・山井大介、41歳のヤクルト・五十嵐亮太、阪神・能見篤史、広島・石原慶幸、40歳のヤクルト・石川雅規、西武・松坂大輔、楽天・久保裕也、渡辺直人、ロッテ・細川亨、阪神・藤川球児の計11人が40代となる。 野球担当記者は次のように話す。「20年前くらいまでは30歳になればベテランと呼ばれていましたし、30代後半で不調になれば、すぐに『引退』という文字がスポーツ紙に踊った。最近は1年活躍しなくても、まだチャンスが与えられますし、随分と40歳前後の選手が生きやすい時代になったと感じます」(以下同) 昭和の名選手は30代後半になって1年成績が落ちると即引退するケースが多く、中には例年と変わらない成績を残していてもユニフォームを脱ぐこともあった。 巨人V9戦士を例に挙げてみよう。土井正三は36歳の1978年にレギュラーでダイヤモンドグラブ賞を獲得し、リーグ最多犠打を記録。打率も2割8分5厘と自身3番目の数字を残したにもかかわらず、球団の説得もあってコーチに転身した。高田繁も35歳の1980年、打撃は不調で1割台に落ち込んだが、リーグ最多犠打に輝くなど、まだまだチームに必要な存在だったが、身を引いた。 同じ年、40歳の王貞治も後半不調に陥り、打率は2割3分6厘まで下がったものの、ホームラン30本を放っており、来季も4番として期待されながらも、現役を退いた。 他チームの主力にも同じような選手はいた。1986年、同じく40歳の広島・山本浩二は4番として打率2割7分6厘、27本塁打、78打点でチームを優勝に導き、日本シリーズも全試合4番で出場しながら引退。1990年、40歳のロッテ・村田兆治はBクラスのチームで10勝を挙げながら、こだわり続けてきた先発完投ができなくなったため、現役生活にピリオドを打った。 2000年の球界最年長投手は39歳のダイエー・長冨浩志、野手は38歳の横浜・駒田徳広だった。駒田は6月に代打を送られ、試合中に帰宅し、首脳陣批判もしたため2軍落ち。9月に2000本安打を達成するも、球団から戦力外通告を受ける。所属チームを探したが、手を上げる球団がなく、引退した。長冨は中継ぎとして38試合に登板し、防御率2.00でダイエーの2連覇に貢献。現役続行となり、翌年も26試合に投げて1軍の戦力となった。41歳の翌々年、1軍登板なしで引退となった。 それが21世紀に入ると、30代後半に1年不調になっても引退せず、現役を続ける選手が増えた。2015年には、中日の山本昌が歴代最年長の50歳で登板して話題を呼んだ。「2000年代以降、複数年契約が当たり前になったことが大きな要因でしょう。その先駆けは落合博満です。45歳になる1998年までプレーしましたが、40歳になってからは巨人や日本ハムで複数年契約を結んでいた。昭和のような1年契約だったら、そこまで現役で居続けられたかはわかりません」 今年40代以上の選手のほとんどは、過去に複数年契約をした経歴を持っている。2013年から福留は阪神、2015年から山井は中日、能見は阪神、2014年から石原は広島、石川はヤクルト、松坂はソフトバンクと3年契約。2016年から五十嵐はソフトバンク、藤川は阪神、2015年から細川はソフトバンクと2年契約している。 また、こんな理由も考えられるという。「昭和の頃は『先発=完投』、『主力=全試合出場』が美学とされていたため、それができないなら引退すべきという風潮もありました。現代では、投手は先発、中継ぎ、抑えの役割がより明確になっていますし、野手もメジャーを倣って休養日を設けるようになりました。それに加え、科学的トレーニングも日進月歩しています。これらによって、選手寿命が延びた面は間違いなくあるでしょう。 阪神の能見は2年前から先発から中継ぎに転向して、新たな居場所を見つけています。昔ならこうは行かなかった。名選手を1年でも長く見られますし、ファンにとっても嬉しいことではないでしょうか」 その一方で、プロ野球界にも新型コロナウイルスの感染拡大の影響は及んでおり、開幕は不透明になっている。ベテランにとって、この時期にどう体力を維持するかが大きな課題だろう。試合がない今も、彼らの戦いは続いている。
2020.04.29 16:00
NEWSポストセブン
名監督・落合博満氏、優勝してもナゴヤDの空席目立った事情
名監督・落合博満氏、優勝してもナゴヤDの空席目立った事情
 在任8年間、すべてAクラス入りし、リーグ優勝4回。数字だけでいえば、中日の落合博満監督は「平成の名監督」だ。にもかかわらず、リーグ優勝した2011年のシーズン途中に、同年オフでの退任が発表された。「的確なベンチの采配があり、失策が少なくて、送りバントや盗塁の成功率が群を抜いていた。堅実な守備と足を絡めた機動力野球で白星を重ねていました」(中日担当記者) にもかかわらず“解任”された最大の理由は観客動員数だとされている。就任1年目の2004年は優勝したのに年間動員数233万人と前年から減少。最終年には214万人まで減らした。中日が強くても、ファンはナゴヤドームに足を運ばなかったのだ。 落合監督のもとで5年間打撃コーチを務めた宇野勝氏が振り返る。「落合監督は“強くなるとファンがついてくる”と話していたが、優勝争いをしてもスタンドは空席が目立つ。不思議でしたね。監督の考えは間違ってはいなかったんでしょうが、強いていえばマスコミ対応が原因かもしれない」 就任以来、落合監督は担当記者にほとんどコメントを出さなかった。情報漏洩を防ぐためだったが、親会社の中日スポーツが先発投手予想を外すという“失態”が続いた。「投手が中心のディフェンス重視の野球でした。選手は勝つために練習し、チーム野球に徹した。ファンから見れば手堅い野球で、派手さがなかったのは事実です」(宇野氏) 2007年の日本シリーズ第5戦、勝てば日本一の場面で山井大介が8回まで完全試合を続けていたが、落合監督は9回のマウンドにストッパーの岩瀬仁紀を送り出した。「前年に山本昌を温情で続投させて日本一を逃した反省だった。チームは日本一を達成したが、中日ファンからは非情采配への批判も多かった」(前出・担当記者) ファンに反発されてもオレ流を貫いた落合監督。宇野氏は「強ければファンはついてくる。ただ、プロなので言葉は悪いが、マスコミを利用してチームの宣伝もしないといけなかった」と締めくくった。※週刊ポスト2020年4月3日号
2020.03.27 07:00
週刊ポスト
高木守道氏、10.8決戦で監督辞めたら格好良かったのにと回顧
高木守道氏、10.8決戦で監督辞めたら格好良かったのにと回顧
 中日一筋21年で通算2274安打、ベストナイン7回、ゴールデングラブ賞3回などの成績を残した名二塁手・高木守道氏(78)。現役引退後もコーチ、監督として中日に献身した高木氏の実績で印象に残るのは、監督3年目の1994年に巨人と同率首位で迎えた「10.8決戦」だ。あの試合をやり直すことができたらと考えたことはあるのか、高木氏に聞いた。 * * * あの試合をもう一度やり直したら? 秘策があるならやり直しもしてみたいけど、秘策がないんだもの。恥の上塗りですわ(苦笑)。 私は3年契約の最終年で、7月に解任報道も出ていたので、最後まで戦い抜こうという気持ちでした。そこで最終戦では、ナゴヤ球場での巨人戦に11連勝中の今中慎二にすべてを託すつもりでマウンドに送り出した。巨人キラーの今中なら、と中日有利の事前予想が多かった。 しかし、蓋を開けてみると巨人は斎藤雅樹、槙原寛己、桑田真澄とオールスターゲームのような継投をしてきた。仮に中日が今中、山本昌、小松辰雄、郭源治と継投しても、勝てなかったんじゃないか。 あの年は立浪(和義)や種田仁など、若い選手が頑張ってくれました。しかし、勝ったら優勝が決まるという天下分け目の大勝負で、若い選手がガチガチになって当たり前。彼らが普段通りの実力を発揮できなかった。優勝が決まる最終戦が「130試合分の1」ではないという認識に欠けていた。私の経験のなさですね。 だからあの1試合をやり直すのではなく、1994年シーズンの開幕からやり直してみたい。あの年は序盤に巨人に大きく離されましたが、後半に猛追して10.8を迎えた。その過程で、最終決戦に匹敵するほど緊張感のある試合があった。そういった場面で若手の意識の持ち方を変えさせるような指導をしたら、結果は違ったかもしれない。振り返ると反省ばかりです。 この試合で負けたら私は監督を辞めるつもりでしたが、球団はシーズン後半の成績を評価してくれて、続投を表明してしまった。選手からも“もう1年”という声がありました。私も野球が好きだから、もう1年ユニフォームを着てしまいましたが、翌年は成績が振るわず6月に途中解任された。今では、10.8を最後に辞めておいたら格好よかったのに、と反省しています。戻るとしたら、そっちの決断かなァ(笑い)。●たかぎ・もりみち/二塁守備の名手として7度のベストナインに輝くなど活躍。2代目「ミスタードラゴンズ」と呼ばれ、監督・コーチやOB会会長も歴任した。※週刊ポスト2020年1月3・10日号
2020.01.06 07:00
週刊ポスト
身長156cm 金田正一氏も一目置いたプロ野球史上最小兵選手
身長156cm 金田正一氏も一目置いたプロ野球史上最小兵選手
 5尺2寸(156cm)の小さな体で、巨漢のベーブ・ルースに立ち向かっていった──。昭和9年の日米野球では32歳ながら、17歳の沢村栄治を凌ぐチーム最多の7試合に登板。無尽蔵のスタミナを見せて観衆を驚かせたのが、プロ野球史上“最小兵選手”浜崎真二だった。「緩急をつけたり、相手打者との間を外したりするなどして、いかにボールを速く見せるかを考える頭脳派で、バネを生かした躍動感溢れる投球フォームだったそうです」(巨人時代に指導を受けた中村稔氏) 明治34年、広島県生まれの浜崎は大正11年の第8回全国中等学校優勝野球大会(夏の甲子園)で準優勝投手になる。その後慶應大学に進学し、大正14年の復活早慶戦で先発するなど主戦を張った。卒業後、日本の租借地である大連に渡り、大連満州倶楽部に入った。「満州では、3人の若手選手が住む家を見つけられるまで自宅に下宿させていました。チームの選手たちを大勢呼んでバーベキューをするなど面倒見のいい人でした」(次女の貞子さん) 終戦後の昭和22年、日本へ引き揚げた浜崎は45歳で阪急に選手兼総監督として、プロ野球史上最年長の入団を果たす。この年には、同じ身長だった弟の忠治も中部日本でプレーしている。 浜崎の出場試合や勝利投手の最年長記録は5年前に山本昌(中日)に抜かれたが、現在も48歳9か月での安打、48歳4か月での打点、45歳10か月での盗塁などの最年長記録は保持している。◆カネやんも一目置いた 昭和28年、167cmで立命館大1年の吉田義男が阪神に入団。昭和25年に現役を引退した後も、阪急の監督を務めていた浜崎が高校時代の吉田を「こまいヤツはいらん」と獲得を見送ったと言われていたが、のちに吉田自身が「自分から、小柄なので自信がないと断わった」と否定。そんな噂がまかり通ったのは、浜崎が毒舌で鳴らしていたことも無縁ではなかった。 昭和35年、巨人の投手コーチに就任した際には、オーナーの正力松太郎から麻雀禁止令を出されると、「正力に会わせろ」と言い放ったという逸話まである。「実際は物腰の柔らかい人で、選手から“おじいちゃん”と慕われていました。ナイターのある日の午前中、水原茂監督とおじいちゃん、堀本(律雄)でよく麻雀をしました(笑い)」(中村氏) 日本人男性の平均寿命が67.21歳だった昭和38年、61歳で国鉄の監督に就任。主軸を任されていた徳武定祐氏が語る。「あの金田正一さんも一目を置いていました。おしゃれで品が良く、威厳のある人。試合後、風呂で一緒になると、タオルで股間を隠さずに堂々と歩いていたことをよく覚えています」 この年限りで指導者としても身を引いた浜崎は昭和40年代後半、銀座で宝石商に従事する。その頃、戦後生まれの小兵が球界を賑わせる。“小さな大打者”と呼ばれた168cmの若松勉(ヤクルト)は2年目の昭和47年に首位打者を獲得。浜崎が野球殿堂入りを果たした昭和53年にはチームを初の日本一に導き、MVPに輝いた。169cmの福本豊(阪急)は昭和45年から13年連続盗塁王に。その記録をストップしたのは、浜崎が逝去した昭和56年に入団した166cmの大石大二郎(近鉄)だった。 どの時代も小兵はプロ野球を盛り上げてきた。しかし、浜崎を超える鉄人は今後も現われそうにない。※週刊ポスト2019年12月13日号
2019.12.05 11:00
週刊ポスト
爆笑した場面もあったという
ナイツ、80~90年代のプロ野球語る番組開始 腹抱えて笑う
 お笑いコンビ・ナイツ(塙宣之、土屋伸之)がメインMCを務め、フリーアナウンサーの吉田明世が進行役となるAmazon Prime Videoの新番組『プロ野球 そこそこ昔ばなし』が10月18日に配信スタートとなることをうけ、初回の公開収録と囲み取材が行われた。 同番組は1980年代から1990年代のプロ野球の思い出や試合の裏側について、元プロ野球選手や野球に詳しいタレントとともに語るトークバラエティー番組。レギュラーゲストとして、金村義明氏が登場する。 番組から発表されたプロ野球OBゲスト候補としては、山崎武司氏、山本昌氏、里崎智也氏、岩本勉氏、亀山つとむ氏、藪恵壹氏、金石昭人氏、パンチ佐藤氏ら。タレントゲスト候補としては森脇健児、松村邦洋、サンプラザ中野くん、かみじょうたけし、金丸義信、内藤哲也(新日本プロレス)らが登場する。 ファンのヤジ合戦や厳しかった練習、上下関係、FAの裏側、個性が強い外国人選手や監督など、マニアックな視点も含めて、当時のプロ野球を掘り下げるという。 この日の初回収録では、金石氏と岩本氏が登場。塙はこの日の話に腹を抱えて笑ったようで、ナイツが活動をする演芸場「浅草東洋館」と重なる部分があると語った。同番組は毎週金曜日に配信され、1話30分、全15話。撮影/浅野剛
2019.09.29 16:00
NEWSポストセブン
矢野阪神キャンプ“臨時コーチ”が中日OBばかりで大混乱
矢野阪神キャンプ“臨時コーチ”が中日OBばかりで大混乱
 昨年最下位の屈辱を晴らすべく、矢野燿大・新監督のもとキャンプに励むタイガース。とりわけ若手選手の成長が急務といわれるが、キャンプ地に現われた“臨時コーチ”をめぐって、ギクシャクした空気が漂っている──。 2月5日、阪神キャンプ地の沖縄・宜野座で、若手投手たちが“臨時コーチ”の指導に目を輝かせていた。矢野監督が先発ローテーションとして期待を寄せる3年目右腕・浜地真澄(20)が指導を求めたのは中日のエースとして2度の最多勝を獲得した川上憲伸氏。川上氏の決め球だったカットボールの投げ方を教わったのだ。「浜地は『リリースの感覚が全然違いました。無理に曲げなくていい、と教えてもらいました』と嬉々として語っていた」(番記者)◆“聖域”に中日OBが“進駐” 同日、川上氏のほかにも通算219勝の山本昌氏、通算403本塁打の山崎武司氏もキャンプを訪れた。2人とも川上氏とともに中日の全盛期を支えた“ドラゴンズの元看板選手”だ。 山本氏は左腕の飯田優也(28)に、自身の代名詞・スクリューボールを伝授。3年目の才木浩人(20)や小野泰己(24)をはじめ、長くスランプにあえぐ藤浪晋太郎(24)にもアドバイスし、ブルペン滞在時間は2時間以上に及んだ。山崎氏は、本塁打王を2度獲得した打撃理論を主砲候補の大山悠輔(24)に授けた。 その様子が報じられると、「なんで中日のOBばかり?」と疑問に感じた虎党も多かったようだ。熱狂的な阪神ファンで知られる関西大学名誉教授・宮本勝浩氏もその一人だ。「阪神は、巨人と並んで生え抜き意識が高い球団です。優れた成績を残したOBも多いだけに、他球団OBに頼らないといけないとすれば複雑な気持ちです。確かに野村克也さん、星野仙一さんと“外部の血”を入れて強くなった過去もあるのですが……」 在阪スポーツ紙のベテラン記者が語る。「阪神で他球団のOBがこれほど積極的に指導するのは初めてではないか。ブルペンの捕手側のネット裏は、基本的に評論家か関係者以外は立ち入り禁止で、どこのキャンプもその球団のOBが多い。阪神OB陣も連日視察に訪れますが、監督や選手と談笑はするものの、練習中のブルペンやグラウンドで直接指導することは滅多にない。そんな“聖域”にライバル球団の元看板選手たちが入ってくるわけですから、戸惑いを感じたベテラン選手も少なからずいたようです。 異例の臨時コーチは、現役時代、中日に7年間所属した矢野監督の“古巣人脈”で実現した。キャンプを訪れた旧知の3人に指導をお願いしたそうです」◆「コーチを信用できなくなる」 1週間後の2月12日、阪神OB会による陣中見舞い贈呈式が催され、OB会長の川藤幸三氏が「優勝して、いい酒を飲まんかい!」とハッパをかけた。今キャンプは吉田義男、掛布雅之、岡田彰布、真弓明信、江夏豊といったOBたちが視察したが、金本知憲・前監督は一度も姿を見せていない。「金本氏が顔を出さないのは、矢野監督への配慮があってのことでしょう。矢野監督が今年のキャンプテーマに掲げたのは、『自主性と競争』。“やらされる練習に意味はない”と考え、昨年までの金本氏の厳しい指導を反面教師にしている側面がある。ただ、矢野監督のこの方針には、OBから“練習が緩すぎる”という批判的な声もあがっている」(前出・番記者) そんな中での矢野監督による“臨時コーチ”招聘は、阪神OBの目にどう映っているのか。生え抜きとして球団初の2000本安打を放った藤田平氏はこう語る。「他球団のOBが教えるのは善し悪しだと思うな。1日で教えられるもんやないし、それができるならコーチが不要になってしまう。ワンポイントアドバイスだからこそ、選手がどう受けとめているかが問題。シーズンが始まって“もっと教えてくれ”と頼める相手ではないからね。 今季から加入した西勇輝(28)とガルシア(29)で20勝の上積みが期待できる。今年の阪神は面白いだけに、雑音はできるだけ少ないほうがいい」 阪神に選手、コーチとして在籍経験のある通算350勝投手・米田哲也氏の指摘は手厳しい。「ライバル球団の中日OBが阪神で教える。絶対にやっちゃいかんことです。たとえワンポイントでも直接選手にアドバイスすると、本人だけでなく現場のコーチが混乱する。私もキャンプで監督から選手を見てくれとよく言われるが、見たこと、気づいたことは監督やコーチに伝えればいいんです。不用意な助言で、選手がコーチを信用しなくなるのが怖い。そういった不安を、新人監督の矢野監督はわかっていないようだ」 矢野監督が乗り出した“開国政策”は吉と出るか、凶と出るか。※週刊ポスト2019年3月8日号
2019.02.25 16:00
週刊ポスト
本塁打数歴代4位の「ミスター赤ヘル」こと山本浩二もランクインせず(写真:時事通信フォト)
歴代プロ野球選手の人気投票、あの選手が上位に入らない理由
 12月24日、『プロ野球総選挙~レジェンド選手編~』(テレビ朝日系)が放送された。今回は、既に引退した選手のみで一番すごい選手を決めるという企画。球場に訪れていた野球ファンのみならず、プロ野球OBや監督、コーチ、現役選手にもアンケートを実施し、1万人の投票でランキング上位30人を決めた。 同番組に関して、野球担当記者はこう語る。「このような投票をすると、必ず『なぜあの選手は入ってないんだ』『恣意的に選んでいるのではないか』という意見が出てきますが、それはプロ野球が人気ある証拠です。ある程度の偏りは仕方ないですし、数十年前に活躍した選手よりも、どうしても記憶に新しい最近の選手を選んでしまう傾向がある」(以下同) 今回のベスト30のなかで、投手は10人。ベスト10に絞ると4名になる。4位の沢村栄治(巨人)、5位の野茂英雄(近鉄、ドジャースなど)、6位の金田正一(国鉄、巨人)、10位の黒田博樹(広島、ヤンキースなど)がランクインした。「日本人メジャーリーガーのパイオニアとなった野茂、空前絶後の400勝を挙げた金田は別格。黒田は日米通算勝利数では野茂を上回り、歴代1位の203勝。年俸20億円のメジャーよりも、5分の1の4億円で広島に復帰し、優勝を果たしたというストーリーが記憶に新しい。そのことも、加味されたのでしょう。沢村栄治は野球史を紐解くと、必ず出てくる名前なのでファンの記憶に残っている」 歴代勝利数ベスト20のなかで、今回の企画でランクインしたのは金田、山本昌(中日)、村田兆治(ロッテ)だけ。歴代2位の米田哲也(350勝)、3位の小山正明(320勝)などは選ばれなかった。「江夏豊(16位)、稲尾和久(14位)より星野仙一(12位)の順位が上だったのも意外でした。あくまで現役時代を対象に聞いているはずですが、アンケートの回答者の中には監督時代のイメージが強く残っている人もいたのでは。現役時代の成績は、星野146勝34セーブ、江夏206勝193セーブ、稲尾276勝です。逆に言えば、星野のインパクトはそれほど強かったという証明ですし、良い意味でメディア操縦術に長けていたとも言える」 ベスト30のうち野手が20名を数えた。ファンの記憶に残りやすいのは、毎試合出場する野手のようだ。「30名中13名が巨人在籍経験のある選手だった点も注目です。その中で投手は金田、桑田真澄(20位)、江川卓(21位)の3名だけ。毎試合のようにゴールデンタイムで視聴率20%を獲っていた時代の巨人のレギュラー野手の知名度、印象度が高い証拠でしょう」 ベスト3は1位・王貞治、2位・長嶋茂雄、3位・松井秀喜と、巨人の生え抜きが独占した。「この番組を通して、人は記憶、印象で物事を判断しがちだということも分かりました。当たり前のことですが、自分の知っている範囲でしか何かを語れない。今回のベスト30には、1960年代以前に引退した選手は沢村栄治、金田正一、川上哲治、稲尾和久の4名しか入りませんでした。当時のことを知る人が少なくなってきていますから、ある程度仕方のないことかもしれません。今回のような人気投票はあくまで主観にすぎないなのです。 しかし、プロ野球には記録という客観的なデータが残っている。これが素晴らしいところ。安打数歴代4位、本塁打数歴代3位の門田博光(2566安打、567本)、本塁打数歴代4位の山本浩二(536本)などは今回、ベスト30に入りませんでしたが、功績は決して色褪せない。逆説的になりますが、この番組によって、客観的な数字を残しておくことが、いかに大切かも分かりました。歴代のプロ野球記録員の功績といっていいでしょう」 思い入れのある選手は人それぞれ。84年に及ぶ歴史を誇るプロ野球の中で、人気投票をすれば順位に批判はつきもの。その中で、放送を決断したテレビ朝日にも拍手を送るべきだろう。
2018.12.27 16:00
NEWSポストセブン
置きに行く、1球遊ぶ… 野球談義に入っていくため覚えておきたい表現【投手編】
置きに行く、1球遊ぶ… 野球談義に入っていくため覚えておきたい表現【投手編】
 サッカー、バスケットボール、ラグビー、バレーボール……日本には、リーグが存在するスポーツがたくさんありますが、ドラフト会議や日本シリーズの盛り上がりを見る限り、やはり野球が日本のスポーツ界の主役のひとつであることは間違いないでしょう。しかし野球は専門的な用語や言い回しが多く、職場などで会話の輪に入れなくて悩んでいる人もいるはず。そこで、「こいつ野球分かってるな」と思わせるための表現をいくつか紹介しましょう。今回は投手編です。【腕が振れてない】 投手は当然、腕を振って球を投げるわけですが、思うように腕を振れないこともあります。腕が振れる・振れないの基準は明白で、打たれた時のみこの表現が使われるようです。「調子が悪い」とほぼ同じ意味と考えて良いかもしれません。様々なバリエーションがあり、調子が良い投手には「腕が振れてる」「腕の振りが良い」、ピリッとしないピッチングをしている投手に「もっと腕を振れ」と叱咤する言い方もあります。例文:「今日の涌井は3回で7失点か。全然腕が振れてないよ」【球を置きに行く】 ピンチの時にボールが先行して不利になると、どうしてもストライクが欲しくなるもの。そんな時に、コントロール重視で8割ぐらいの力で投げたような球を投げてしまった時に使います。「置きに行ってる」「置きに行った球」といった表現もあります。例文:「バレンティンに打たれたのは、完全に置きに行った球だったね」【球が荒れる】 キャッチャーが構えたところと全然違うところに球が行く状態が続いていること。この表現が難しいのは、100%ネガティブな意味ではなく、時にポジティブに用いられることもある点。結果的に抑えている場合、「適度に荒れてる」などということもあります。例文:「今日の藤浪は球が荒れてるね。もうフォアボールは5個目だよ」【球が高い】 これは言葉通り、投手の投げる球が高めにばかり行っている状態です。「球がうわずる」とも言います。基本的に「投手=低めに投げるのが正解」と覚えておいて良いでしょう。ただ不思議なのは、投手が高めの球を投げ、打者がそれに手を出して空振りや凡退をすると、それはそれでけなされること。「高めの球に手を出してはいけません」という解説もしばしば聞きます。どっちが正しいの???例文:「交代は仕方ないかな。今日は初回から全体的に球が高かったもん」【球持ちが良い】 野球界では「少しでも長く球を持っていられる投手」が良いとされています。球を離すポイントが遅ければ遅いほど良いのです。ハッキリ言って、素人が球場やテレビ画面で見て分かるものではないと思いますが、1つの判断基準としては、球速が遅いのに三振や空振りを取れる投手は「球持ちが良い」と言って良いでしょう。例文:「上原は球持ちが良いから、あの球速でも抑えられるんだろうね」【球の出どころが見にくい】 球持ちの話しと少し似ていますが、投手の中には、球を離す瞬間が見にくいタイプの選手がいます。腕の動きを体で隠し、球を離すポイントを見えにくくするのです。スローボールで三振の山を築き上げた星野伸之(オリックス~阪神)、名球会入りを果たした山本昌(中日)、現役ではソフトバンクの和田毅などが有名です。多くの投手に使われる表現ではないので、とりあえずソフトバンクの和田が出てきたら使いましょう。例文:「球の出どころ見にくいから、バッターもタイミングが合わせにくいのかな」【手元で伸びる】 バッターが、球速より速く感じるタイプの投手に使われる表現です。「キレがある」という言い方も似たような意味と思って良いでしょう。打席に立つバッター以外には分かり得ない感覚なので、基本的には投手が抑えている時に使えばOK。ただ、大谷翔平のように本当にメチャクチャ球が速い投手にはあまり使わない表現です。例文:「ストレートが130km台でも抑えられるのは、手元でボールが伸びてるんでしょう」【クイック】 投手は、ランナーがいない時は、ゆっくりと自分のペースで投げれば良いですが、ランナーが出た時にゆっくり投げていたら盗塁されてしまいます。そこで投手は、ランナーが出ると早い投げ方(=クイック)に変えるわけですが、様々な影響が出ます。球速が極端に落ちる人、早く投げるのが下手ですぐ盗塁されてしまう人、イライラする人……。とりあえずランナーが出たら、「クイックが……」と言っておけばOK。さらに「ワインドアップ」「セットポジション」「牽制が……」といった単語と絡めれば、完全に野球通の出来上がりです。例文:「今日は相手に盗塁されすぎ。外国人ピッチャーはクイックが下手だよね」【2段モーション】 ものすごくざっくり言うと、投手は投球動作に入ったらスムーズに投げなくてはいけないのですが、足を2度上げ下げしたり、一旦途中で止まるようなフォームの投手がいます。ルールがコロコロ変わっており、成績が急降下・急上昇する選手も現れています。ちょっとクセのある投げ方をする投手を見たら、この単語を使っておけば「こいつ、出来る」と思ってもらえるでしょう。例文:「今年の大瀬良の活躍は、やっぱり2段モーションがOKになった影響もあるんじゃないかな」【1球遊ぶ】 2ストライクを取った後、すぐに勝負せずに1球外角に大きく外すこと。打者の目を一旦外にやった後、内角で勝負する時などに使う作戦です。例文:「何で菅野は2ストライクに追い込んでから打たれたんだよ。1球遊んでも良かったのに」 もちろん上手に使えなければ、馬脚を表してしまうかもしれませんが、野球ファンの多くは野球ネタで会話できる人が増えるのを歓迎しています。ぜひともこれを参考に、野球ファンの会話に参加してみて下さい。
2018.10.29 16:00
マネーポストWEB
ゴールデンルーキーをどう育てる?
中日次期監督 立浪待望論強いもオーナーは落合氏を信頼
 今季のセ・リーグは序盤戦から広島の独走で1強5弱の様相。それゆえ、ここにきて、“広島以外はどの監督のクビも危ない”との情報が漏れてくるようになった。続投は既定路線と見られてきた中日・森繁和監督(63)もそうだ。 チームの再建を託され就任して2年目。7月に行なわれたオーナー会議に出席した白井文吾オーナー(90)も報道陣に「森監督の手腕は信頼している。外国人補強にも無駄がないし、進退に関する話もあがってこない」と太鼓判を押していた。 それが9月3日に突然、スポーツ報知が「森監督 今季限りで退任も」とスッパ抜き、昨年の就任時に3年契約を結んでいたと思われていたのが「初年度から単年契約だったことが判明した」と報じたのだ。「チームは53勝69敗2分けでリーグ最下位(9月5日終了時点、以下同)。CSへの出場も難しくなり、球団や中日新聞本社へのクレーム電話が急増した。中日新聞は販売店の発言力が強く、販売現場からもチームの低迷への反発の声があがっている。 そうしたなかで、特に岐阜で中日新聞との販売競争を激化させている読売新聞の系列であるスポーツ報知が“森監督解任”と書き立て、ライバル社内の騒動を煽り立てる構図になっているのです」(放送関係者) すでに複数の“次期監督候補”の名前が関係者の間で取り沙汰されている。「中日OBの間には生え抜きを望む声は大きく、名球会メンバーでもある立浪和義(49)待望論が根強い。ただ、白井オーナーの考えは違うようだ」(球団関係者) 白井オーナーは、監督としての8年間ですべてAクラス、リーグ優勝4回、日本一1回の手腕を発揮した落合博満氏(64)に絶大の信頼を寄せている。「昨年1月に落合氏が不振の責任を取ってGMを退任した時も、オーナーは最後まで無念の表情を浮かべていた。編成能力に長けた森監督をGMに昇格させたうえで落合氏を監督に返り咲かせるという仰天プランも浮上している」(同前) この案なら森監督も受け入れやすいという見立てだ。一方で、落合氏の“オレ流采配”はファン目線が欠けているのがネックとなる。「松坂大輔(37)の加入で、今季観客動員数が昨年比約7%増といくらか改善されたものの、営業サイドは落合復帰には反発するでしょう。OBから推す声のある山本昌氏(53)、山崎武司氏(49)、二軍監督の小笠原道大氏(44)の昇格などもあり得る」(別の球団関係者) 森監督の胸中は最下位脱出どころではなさそうだ。 白井オーナーに真意を聞くべき直撃すると、「みんな憶測ばっかりなんだよ。何も決まっていないんだから……」といいつつも、「記者会見をするから待っててくれよ」といい残して去って行った。含みのある言い方だ。※週刊ポスト2018年9月21・28日号
2018.09.11 16:00
週刊ポスト
星野仙一監督 鉄拳制裁の裏にあった選手への愛情
星野仙一監督 鉄拳制裁の裏にあった選手への愛情
 1月4日に楽天の星野仙一球団副会長がすい臓がんで亡くなったことがわかった。70歳だった。星野氏は1968年秋のドラフトで中日から1位指名を受け、入団1年目から8勝を挙げた。1973年からは5年連続2ケタ勝利をマークするなど中日のエースとして活躍。通算146勝は山本昌広(後に山本昌)、杉下茂に次ぐ球団3位の記録である。 1982年限りで現役を退くと、NHK解説者を経て1986年オフに中日の監督に就任。その直後にパ・リーグで2年連続三冠王に輝いた落合博満を1対4の交換トレードで獲得。2年連続Bクラスに終わっていたチームに喝を入れ、就任2年目の1988年には悲願のリーグ優勝を果たした。星野監督は若手を育てることに長けており、この年はPL学園から入団した高卒ルーキーの立浪和義をショートに抜擢。21歳の中村武志を正捕手に登用した。野球担当記者が話す。「当時がそういう時代だったということもありますが、星野氏の中日監督時代といえば、“鉄拳制裁”が思い浮かびます。特に中村は何度となく鉄拳を食らっていたし、他の選手も文字通り痛い目に頻繁に遭っています。それなのに、星野監督の悪口を言う選手は聞いたことがない。それどころか、未だに慕っている選手ばかりなんです」 優勝した1988年のシーズン終盤、スクリューボールを武器にチームの救世主となった山本昌広は自著『133キロ快速球』でこう語っている。〈星野監督は僕を怒って一人前にしてくれた。どれだけ怒っても、最後は使ってくれた(中略)野球選手にとって、これに勝るフォローは存在しないのだ〉 1年目から起用され、1994年には本塁打王と打点王を獲得した大豊泰昭も自著『大豊』こう記している。〈星野監督は言ったことを守る人だ。選手を叱っても必ずそのあとにチャンスをくれる〉 高卒2年目の1990年にローテーション入りし、以降、中日のエースとして活躍した今中慎二も同じことを感じていた。自著の中でこう記している。〈当時の若い選手が星野監督の厳しい指導についていけたのは、どんなに怒鳴られてもまた試合に出してもらえるという期待感があったから、といえます〉(『中日ドラゴンズ論』より) どんなに厳しくされても、愛情があったからこそ、選手はついてきた。数々の名選手を育てた闘将の死はあまりに早過ぎる。
2018.01.06 16:00
NEWSポストセブン
プロ野球の成功背番号、打者は奇数番号で投手は18や11
プロ野球の成功背番号、打者は奇数番号で投手は18や11
 プロ野球の背番号といえば、大型新人なら1ケタ番号を身につける。そんな法則が最近、崩れようとしている。たとえば、今オフ最も注目されていた、日本ハム入りが決まった清宮幸太郞の背番号は「21」という拍子抜けする番号だった。データ上、「大成する背番号」はあるのだろうか。『プロ野球なんでもランキング』などの著書があり、野球のデータに詳しいジャーナリスト・広尾晃氏の協力のもと、過去のタイトルホルダーの背番号を調べると、興味深い結果が出た。「本塁打王を獲得した選手の背番号で一番多かったのは『1』(17回)、次点が『3』(16回)、3番目が『5』と『6』(いずれも10回)で、奇数の背番号のほうが圧倒的に多かった。首位打者は『3』と『6』が1位(いずれも14回)と差はついていないが、打点王も1位は『3』(23回)など奇数が優勢で、打者は奇数の背番号のほうが総じて結果を残しているといえます。清宮選手がつける『21』はこれまで打撃タイトルを獲得した選手は1人もいませんが、奇数番号。新しい歴史をつくる可能性は十分ある」 投手についても、最多勝、最優秀防御率、最多奪三振の歴代タイトル保持者がつけていた背番号を調べた。「3部門とも1番多かった背番号は『18』。藤田元司、堀内恒夫、桑田真澄といった巨人の歴代エースに加え、近年では松坂大輔、前田健太、田中将大といった面々が並ぶ。いずれも2位は斎藤雅樹、村山実、ダルビッシュ有や大谷翔平がつけた『11』。3部門で30番以上の背番号が5位以内にランクインしたのは奪三振3位の『34』(金田正一、山本昌など)だけ。投手は10~20番台の『エースナンバー』をつけた選手が今でも強い傾向がうかがえる」(同前)※週刊ポスト2017年12月15日号
2017.12.07 07:00
週刊ポスト
嗚呼… 日テレが巨人をスルーしテレ東と巨人が蜜月に
嗚呼… 日テレが巨人をスルーしテレ東と巨人が蜜月に
 今季4位に沈んだ巨人は、オフシーズンも“Bクラス”だった。11月1日から19日まで行なわれていた宮崎秋季キャンプを取材したスポーツ紙記者が言う。「秋季キャンプは各球団ともテレビ局の取材は少ないのですが、巨人だけは別。例年、各局が夜のスポーツニュースなどで初日と最終日はもちろん、それ以外でも取り上げていた。ところが、今年はほとんど取り上げなかったのです」 キャンプ期間中のキー各局の主なスポーツニュース番組を確認すると、テレビ朝日とTBSは完全にスルー。フジテレビは19日のみ。 読売グループの日本テレビも、『ズームイン!!サタデー』(18日放送)の1回だけだった。昨年は『NEWS ZERO』で野球解説者を務める山本昌(元中日)が、現地で高橋由伸監督に独占インタビューをするなど気合いが入っていたのだが……。「この11月は初旬から日本シリーズ、大谷のメジャー移籍、侍ジャパンなど野球関連のニュースが目白押しで、スポーツ番組の“野球枠”が埋まっていた。しかも今回のキャンプには坂本勇人や菅野智之といった主力選手は参加せず、レギュラークラスが小林誠司のみでは“数字”も期待できない」(日テレ関係者) あの日テレですら“巨人離れ”が強まる中で、球場に足繁く通ったのが“独自路線”でお馴染みのテレビ東京だ。 7日の『追跡LIVE!SPORTSウォッチャー』では期待の若手捕手・宇佐見真吾をクローズアップ。翌8日はキャンプの話題ではないが、巨人がドラフトで1位指名した鍬原拓也投手(中央大)を特集し、18日には戦力外になった川相昌弘氏の息子・拓也のトライアウトを取り上げるなど、巨人関連のニュースが目立っていた。「キャンプでもテレ東だけ取材クルーが何日間も滞在していた。最近、巨人とテレ東の蜜月が目立っている」(前出・スポーツ紙記者) 日テレは、「個別の取材過程についてはお答えしておりません」(広報部)というのみだったが、テレ東は、「視聴者の皆様のニーズを考えながら取材と報道をしております」(広報部)と回答した。 視聴率低迷の窮地をテレビ業界ではかつて「振り向けばテレ東」などと揶揄していたが、今の巨人にも当てはまる言葉かもしれない。※週刊ポスト2017年12月8日号
2017.11.29 07:00
週刊ポスト
SKE須田亜香里 地元愛知で完璧なコメンテーターデビュー
SKE須田亜香里 地元愛知で完璧なコメンテーターデビュー
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、SKE48の須田亜香里のコメンテーターデビューに注目。 * * * 嵐の櫻井翔、NEWSの小山慶一郎、TOKIOの城島茂、国分太一、そして少年隊の東山紀之がキャスター。KAT-TUNの中丸雄一、Hey! Say! JUMPの伊野尾慧がコメンテーター…と、報道局が制作するニュースショーにアーティストが続々進出しているのはジャニーズ事務所だが、AKB48グループからもコメンテーターが誕生した。SKE48、チームEリーダーの須田亜香里だ。「生まれも育ちも愛知県で、26才になったばかりの私で、未熟なところがあると思いますが、これから御世話になります。よろしくお願いします」 11月9日(木)朝6時、彼女がそう言って挨拶したのは、テレビ朝日系列のメ~テレ『ドデスカ!』。向かって右隣には『ミヤネ屋』(日本テレビ系)や『グッド!モーニング』(テレビ朝日系)でもおなじみの元・経産官僚、岸博幸氏が、左隣に居たのは筆者である。 東海地方の朝、唯一、自局制作の『ドデスカ!』を放送しているメ~テレには、件の岸氏の他、森永卓郎氏、森田豊氏、湯山玲子氏、本村健太郎氏ら在京局とほとんど変わらないコメンテーター陣が揃う。 だが、彼らより数字を持っていると思われるのが、地元・東海3県(愛知・三重・岐阜)出身のタレントなのである。 たとえば三重県鈴鹿市出身の浅尾美和に三重郡出身の小椋久美子、愛知県小牧市出身のスピードワゴン井戸田潤らだ。過去には愛知県名古屋市出身の浅田舞も出ていた。 芸能コーナーでも「名古屋市出身の武井咲さん」は、デビューの頃から何かにつけて長尺VTRで紹介されていたうえ、実際、前クールの主演ドラマ『黒革の手帖』は、テレビ朝日(関東)の視聴率より4~5%も良かったほど。 スポーツコーナーでもレスリングの吉田沙保里やフィギュアスケートの浅田真央らに異常なほどの数字がある。ちなみに先日、『女性セブン』にて報じられた、「ピンクのPRADA(のバッグ)」で合コンらしき集まりをしていた吉田のことを『ドデスカ!』が扱った際の毎分グラフは、同時間帯トップになるほど“山”ができていた。もちろん、ドラゴンズ情報は欠かせない。 そんな“下地”がある番組に、「名古屋市出身」の須田亜香里がコメンテーターとして投入されたのだから、ファンの皆さんはもちろん、多くの地元視聴者が大歓迎。地元新聞社からもいきなり取材が入った。 5才からクラシックバレエを習っていて、金城学院中学校、同高等学校、同大学とエスカレーター式に進んだ、地元で言うところの“純金”育ち。 つい先日も、地元「豊橋署」の一日警察署長をしたことが東海地方の全局のニュース番組で取り上げられたかと思えば、日本新聞協会の「HAPPY NEWS」の審査員メンバーだったり、国際日本文化研究センター教授の井上章一氏とのトークショーがあったり…と、文化人的な仕事も増えている矢先の『ドデスカ!』コメンテーターのオファーだったと聞く。 もちろん、ドラゴンズファンであり、「山本昌さんのファン」と好みは渋い。『ドデスカ!』初日、『中日スポーツ』の紙面から、ドラゴンズの京田陽太内野手と又吉克樹投手が“侍ジャパン”のメンバーとしてキャンプ入りしたというニュースで初の“コメント”を求められた須田亜香里。プロで初めて日の丸を背負う京田選手が、作戦やサイン、連係プレーなどを記録する「侍ノート」を持参することを受け、「私もノートを書いている」と言い、「人は自分の手で書くことで身につく」と岸氏から絶賛されていた。 だが、長年のファンの中には違った見方をしている人が居たらしい。「恐らく、以前はコメントをノートに書いて、それを丸暗記して喋っていたのではないか」とは、地元マスコミの記者氏。「だから、切れ目がないロングセンテンスになってしまって、大勢の観客を前に、途中で何を言っているのかわからなくなって、総選挙で司会の徳光和夫さんを困らせたことがある」と…。 確かに私も、その“迷場面”は憶えている。そうか、その背景には「須田ノート」の存在があったのか。 しかし、あれから3年。ノートにはたくさんの反省や目標、そして、どういう言葉を選び、どう並べれば、多くのファンに気持ちが伝わるのか、須田亜香里は勉強し続けたのだと思う。 実は『ドデスカ!』初日、スタジオでは須田のために、彼女が担当するVTR振りや、外のお天気中継への呼びかけコメントが“カンペ”に記され、カメラの前に出されていたのである。 だが、彼女は自分なりに単語や言い回しをアレンジし、見事に須田亜香里のボキャブラリーで、しかも一度も噛むことなく、決まりコメントを言い切った。 また、視聴者がリモコンのdボタンで参加する「ソラをライブ」という4択のコーナーでも、もっとも数が多かった項目を「選ぼうと思ったけれど」違う答えに1票を投じた須田。なぜ多数の票が入った項目を選ぼうと思ったかの理由は「いちばん数が多かったので、多くの皆さんに寄り添いたかったので」と。局アナ陣からは「さすがは神対応の須田さん」と絶賛の声があがった。 共にロケに出た同局の徳重杏奈アナからは「私、もう須田さんにメロメロです」という感想もあった。全ての現場で、自分がどう動いて、どうコメントすればいいかを即座に判断し、珍しいマシンが並ぶジムでは「どこまでいって(=開いて)いいですか?」と言いながら軟体動物のように足を開脚したり、インスタ映えするスイーツの色を「ピンクい」(地元弁らしい)と言ったり。名古屋港水族館のシロイルカとハグをした後には「現実の世界に戻れない」と、とろけるような目で訴えたり…と、100点満点! もちろん、カメラの前で、どういうポーズをしたり表情をしたりすれば映えるのかも熟知。必ずしもカメラ目線ではなく、あえて目線を外すワザには、また徳重アナが感心しきりだった。 番組エンディングでも「皆さんに助けていただきながら、やっと2時間、迎えられたなって思うんですけど、ちょっとでも頼れる存在になれるよう頑張ります」と、見事に感想を言い切った須田。 17年8月度調査におけるAKB48グループメンバーの認知度上昇率では1位になっている彼女は、ネットとの親和性もひじょうに高く、それを意識しているのか、番組終了直後にスタジオ内の画像をTwitterに多数アップ。完璧なコメンテーターデビューを飾ったのだった。 須田亜香里のコメント力は一日にしてならず。「努力の人」須田が出演した初日は、9.1%(ビデオリサーチ・東海地区)と高視聴率だった。
2017.11.11 07:00
NEWSポストセブン
巨人と中日 ファンが期待する来季の監督人事は?
巨人と中日 ファンが期待する来季の監督人事は?
 クライマックスシリーズまで1か月というこの季節、いまひとつの成績にとどまっているチームのファンは、どんな話題で盛り上がっているのか。巨人ファンのヨネスケ氏は1年目の高橋由伸監督には同情的。「あれだけみんな打てなくて、投げる方も活躍しないんだから、監督采配以前の問題でしょう。長嶋(茂雄)さんだって1年目は最下位ですからね。でも次の年は優勝している。だから来年のヨシノブも優勝ですよ」 しかし、自慢の戦力が看板倒れに終わっているだけに、「ヨシノブはベンチで腕組みだけして何もやってない」(40代会社員)と監督のキャラへの不満も多い。「どうせなら江川(卓)や桑田(真澄)あたりの理論派指揮官も見たいね。まぁ、2人とも最後は自分の手柄にするタイプだから、不協和音を生むかもしれないけど、ヨシノブよりは退屈しなそう。お坊ちゃんのヨシノブじゃ、文句いっても張り合いがないから今度はヒールがいいよ」(同前) 一方、8月9日に谷繁元信監督が“休養”に追い込まれた中日は、次の監督選びが本当に急務だ。「二軍監督の小笠原(道大)が上がるんだろうが、立浪(和義)にやらせたい。あとは地元の愛工大名電出身の(山崎)武司。小笠原はやっぱりハム(日本ハム)の人だしね」(40代自営業)「本音は立浪やね。山本昌・投手コーチで、山崎・打撃コーチ。オールドラゴンズで負けたらファンも納得するがね」(50代会社員) と、地元カラーの濃い指揮官を望むファンが少なくない。「名古屋では地元の財界に好かれる人でないとダメ。だからいまだに星野仙一の待望論もあるよ」(同前)との声まで。中日ファンの漫画家・高信太郎氏は「もう1回、谷繁にチャンスを」と訴える。「去年まで選手兼任監督で今年いきなり結果なんて出せないでしょ。責任を取るべきは落合(博満)GMのほうじゃないですか。谷繁も(休養)会見で“じゃあ落合GMが監督やってみてくださいよ”といってやればよかったんです。まあ、本当に落合監督にするのも面白い。優勝すればそれはそれでいいけど、間違ってもそんなことないでしょう。ダメだったら谷繁に頭を下げて、名古屋から去ってもらいましょう(笑い)」※週刊ポスト2016年9月16・23日号
2016.09.08 07:00
週刊ポスト

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