旅で仲良くなった中国人の悲しい顔
「翁徳と宝徳と御膳房のトップの〈劉永徳〉は同期で、兄弟も同然なのになぜか仲違いしているとか、皇帝と翁徳は主従以外の関係にはなれないのかとか、縦横の関係を各世代に亘って描いたのも、そうした史実ありきだったりするんですね。
資料を読み、知識が増えるほど、やはりその時代の人達の生活が見えてくるし、これは使える、あれも使えると、紫禁城にあるもので謎を構成したり、かと思うと本筋とは関係ない知識が読者サービス的に読めるのも、僕らコナン世代にとっては楽しみのひとつなので」
あの日、剛を迎えに来た宝徳の謎の死や、光緒帝の作と伝わる龍の絵に勝手に目を入れた犯人を推理する第二章「画竜点睛を願う者」。そして驚天動地の結末まで、本書は全4章の構え全体がミステリー性を孕み、かつ剛と皇帝との間に芽生えた友情の行方の物語でもある。
例えば自分を〈倭鬼〉と蔑む人に剛は思う。〈消えることのない恨み辛み〉〈日中を隔てる溝は、底が見えない。友情という種子をばら蒔いても、花が溝から顔を出すには何十年、いやおそらく何百年とかかる〉と。
「満洲国成立前夜にあたるこの頃の日中関係は本当に複雑で、それでもお互いを思う気持ちは何かしら育てられるんじゃないかという思いを、剛と溥儀の関係には込めたといいますか。
僕は大学時代に世界中を旅していた時期があって、ある時、アフリカのナミブ砂漠のツアーに中国人の3人組がいたんです。3人とも物凄く優しくて面白くて、すぐ仲良くなったんだけど、別れ際にFBを交換しようとしたら物凄く悲しい顔をして、中国でFBは禁止されているからって……。
そうやっていろんな人と接していくうちに、民族や差別の問題が一番の興味の対象になっていたというか。人種とは何かとか、国とは何かとか、特に本人よりも環境や時代のせいで複雑になっている問題に、思いが強いのかもしれません」
そう。これは思いのミステリーなのだ。誰かを失う悲しみや友情という言葉の意味を初めて知った溥儀の思いや、大連にいる官吏の父〈完雨〉への剛の愛憎半ばする思い。義和団事件で家族を失った太太の思いや、かつては西太后にも仕えた静海出身の翁徳の思いなど。多くの思いを鏤め、連作推理劇に仕立てた著者自身、取材中もこみあげる思いを偽れず、度々声を詰まらせたほど、熱くてまっすぐな期待の新人推理作家だった。
【プロフィール】
犬丸幸平(いぬまる・こうへい)/ 1994年生まれ。大阪府箕面市出身。京都産業大学英米語学科卒。在学中からバックパッカーとして中東や南米など約40か国を訪問。就活終了後に小説の執筆を開始。現在は友人とパキスタン絨毯の輸入に従事。「とにかく小説を書く時間が欲しくて、贅沢しなければ食べられる分だけ働いています」。本作で第24回『このミステリーがすごい!』大賞の大賞を受賞しデビュー(原題は「龍犬城の絶対者」)。趣味は大学時代に始めた筋トレ。165cm、70kg、B型。
構成/橋本紀子
※週刊ポスト2026年1月30日号