青木被告が事件当日に投稿した「優雅な寺朝食」(本人Instagramより。写真は一部加工しています)
検察側も、事件があった2023年の日記に齋藤受刑者関連の記述が多いことを指摘。青木被告に「2023年は齋藤さんが大きなウェイトを占めていた?」「強い思い入れや愛情があった?」「執着にもつながった?」などと尋ねていた。
青木被告はこれらの質問に「はい」と答えていたが、「経営、斎藤さんの邪魔をするAさん(住職)が憎かった?」という問いには「ありません」と否定していた。
「一方で検察側は、日記の信憑性を疑うような指摘をしていました。
住職は2023年7月23日の朝、一酸化炭素が充満した納骨堂へ入って死亡しましたが、青木被告は前日の夜に齋藤受刑者とともに寺院を訪れていて、そのことは公判で被告も認めています。
しかし、その2023年7月22日の日記には、寺院に訪れたことは記載されていない。検察側は『手帳のほかの部分も事実と異なる記載がされているのではないか』と疑っていました」(同前)
