タモリの最新ニュース/6ページ

【タモリ】に関するニュースを集めたページです。

ブラタモリが敵地ナゴヤ上陸、取材オファー時に市役所は騒然
ブラタモリが敵地ナゴヤ上陸、取材オファー時に市役所は騒然
 ついに“歴史的和解”の時が訪れた──。タモリ(71)が司会を務めるNHK『ブラタモリ』が舞台に名古屋を選んだ。6月10日に続いて、翌週17日放送でも名古屋を特集。地元では大騒ぎだ。名古屋市在住の55歳男性がいう。「タモリさんのせいで、他県民からは『エビフリャー好きなんでしょ?』なんていじられる。名古屋の人間はそんな言葉使わんがね! 名古屋市が『もっとも魅力に欠ける街』の1位に選ばれたのも、『週刊ポスト』が“名古屋ぎらい”なんて特集を始めたのも、み~んなアレが始まりだがや」 タモリと名古屋の“戦争”が始まったのは、40年以上前に遡る。1976年、デビュー直後のタモリがラジオ『オールナイトニッポン』(ニッポン放送)の「お国批判にしひがし」というコーナーで、名古屋を「見栄っ張り」と茶化したのがきっかけとされる。「1980年代、タモリさんの“名古屋いじり”はさらにエスカレート。名古屋弁模写でエビフライを“エビフリャー”といったり、『ミャーミャー』と猫のように鳴いてみたり……。親の敵のように名古屋をネタにしていた」(芸能記者) 当時、名古屋市民は激怒。タモリ宛てに脅迫状が届いたこともあったほどだ。そんな経緯があったがゆえに、地元紙・中日新聞でも〈「いじられる名古屋」の原型を作った因縁の持ち主で、地元からは驚きと歓迎の声があがる〉(5月20日付朝刊)と書いている。「横浜(2016年5月14日放送)や仙台(2015年7月11日放送)はずいぶん前に放送してるのに、三大都市の一つである名古屋を取り上げるのが遅すぎるがや」(名古屋市在住65歳男性)と、見栄っ張りの名古屋人らしい反応も一部にはあるものの、今回の放送は概ね好意的に受け取られている。名古屋市役所のナゴヤ魅力向上室・田頭泰樹室長がいう。「取材のオファーが来たときは、フロアが騒然としました(笑い)。正直なところ、名古屋人にはタモリさんからさんざんネタにされた後遺症がある。きっとようやく名古屋の魅力に気づいてくれたんでしょう。 放送前からすごい反響で、市内各地で『ブラタモリを観ましょう』というチラシを配ったところ1万枚がアッという間になくなりました。これほどいいPRはありませんよ。これも『週刊ポスト』が『名古屋ぎらい』の特集をしてくれたおかげです。我々は、あの記事が話題になったおかげで3億円の経済効果があったと試算しています」 最後まで“損得勘定”が見え隠れするのはさすが名古屋人というところ。『ブラタモリ』は名古屋の“知られざる魅力”を掘り起こせたか。※週刊ポスト2017年6月23日号
2019.03.11 15:36
永六輔とは何者だったのか? 一周忌を前に孫が足跡辿る
永六輔とは何者だったのか? 一周忌を前に孫が足跡辿る
 数々の国民的名作を遺し、昨年7月に逝去した永六輔さん(享年83)。一周忌を控え、様々な追悼イベントやテレビ番組が予定されている。ところが、「永六輔って何者!?」と疑問を唱え、その足跡を追い続けている若者がいる。永さんの孫で、東京大学在学中の永拓実さん(20歳)だ。拓実さんが語る。「祖父は著書だけでも200冊以上の作品を残しましたが、僕たち家族には、直接、何の教えも残さないまま逝ってしまいました。家庭では他愛のない話ばかりしていたうえ、僕たちは本名で『タカオ(孝雄)くん』と呼んでいた。幼い頃から『永六輔さんって、どんなところがすごいの?』とたびたび聞かれてきましたが、本当に何も答えられませんでした」 晩年は、パーキンソン病や前立腺がんなど長い闘病生活を続けていた永六輔さん。拓実さんは、亡くなる2年ほど前から漠然と、「死期が近いのではないか」と焦り始め、偉大とされる祖父のもとに足繁く通ったという。何らかの教えや学びを直接、得るためだった。「ニュース番組を一緒に見ながら様々な話題を振りました。本質的かつ哲学的な議論をするためです。しかし、何を振っても豆知識ばかり披露して、笑って終わり。心に残るようなことは何も言ってくれません。正直、疑いました。世間はすごい人だと言うけど、本当は時代の流れでたまたまうまくいっただけなんじゃないか、と」 ついには本質的な議論を諦めた拓実さん。しかし、永さんが亡くなると、世間の反応は尋常ではなかった。テレビや新聞で「戦後の日本文化をリード」「昭和を代表する偉人」などと連日報道され、通学で通る渋谷のスクランブル交差点の大型ビジョンにも、祖父の顔が映し出された。さらに、都内で開かれた「お別れの会」では衝撃的な出会いにも遭遇する。「参列者の中に激しく泣いている若い女性を発見しました。気になって聞いてみると、自殺を考え、富士山麓に行ったんだけど、永六輔の明るい声をラジオで聞いて、思いとどまったそうです。しかも、その場で番組宛に出したハガキにはすぐに祖父から返事がきて、その後も祖父のラジオを楽しみに生きてきたのだ、と」 女性は「永六輔さんから人生のすべてを学んだといっても過言ではない」と、話を締めくくった。これを聞いた拓実さんは、再度、意を決する。「永六輔はやっぱりすごい人。しかも人の命を救うほどに。祖父のことをもっと知らなくてはいけない」と。 その後、拓実さんは永さんとの記憶を辿り、100冊近くの著書と、書斎に遺されていた手帳やノート、メモなどを読み漁り、そのうえで親交の深かった人々を約30人、訪ね歩いた。 永さんの活躍は、テレビやラジオ、作詞、執筆など多岐にわたり、作詞では『上を向いて歩こう』『見上げたごらん夜の星を』『こんにちは赤ちゃん』、著書では『大往生』など、世代を超え、今も歌い、読み継がれている作品も多い。しかし、一番大切にしていたのは「言葉」だったという。「『言葉の職人』とも称されていた祖父ですが、間違いなく一番こだわっていたのは『言葉』です。取材をすればするほど、言葉に関する証言がたくさん得られましたし、親友の黒柳徹子さんも『永さんの活躍は多岐にわたるけど、常に根底にあるのは言葉だったと思う。永さんの言葉をいつまでも大事にして生きていきたい』とおっしゃっていました」 永さんの言葉によって、人生に大きな影響を受けたのは前述の若い女性だけではない。黒柳徹子、久米宏、タモリ、ピーコ、さだまさし、清水ミチコなど、多数の著名人にも影響を与えていた。実は、拓実さん自身も、永さんの言葉を実践することで、人生が激変した一人だ。「取材の中で見つけた祖父の言葉に『無駄なことは何もない。無駄にする人がいるだけだ』というのがあります。僕は高校時代、バスケットの全国大会の常連校で部活に明け暮れましたが、怪我で一線を退かざるを得なくなった。その後、半ば自暴自棄に陥り、何もしない日々を過ごしていた。しかし、何もしない自分の愚かさに気づき、その後は部活ができない鬱憤を勉強にぶつけ、東大にも合格できました」 前出の蒼々たる著名人らに突撃取材して拓実さんがまとめた著書『大遺言~祖父・永六輔の今を生きる36の言葉~』は、6月30日頃、発売される予定だ。■永拓実(えい・たくみ):1996年、東京都生まれ。東京大学在学中。國學院久我山高校時代は、名門のバスケットボール部に所属し、スポーツに明け暮れる。大学では学業に励む傍ら、国内や海外を一人旅するなどして地域文化に触れ、2016年、インドでの異文化体験をまとめた作品がJTB交流文化賞最優秀賞を受賞。母は元フジテレビアナウンサーの永麻理。
2019.03.11 15:36
指原莉乃 「自虐と毒舌」を武器にMCトップ戦線に躍り出る
指原莉乃 「自虐と毒舌」を武器にMCトップ戦線に躍り出る
 HKT48のメンバーでバラエティー番組に引っ張りだこの指原莉乃(24才)。最近はMCとしての仕事も増えてきていたが、この春、ゴールデンや新番組での起用が相次いで決まっている。MCとして飛躍の春となりそうだが、司会者・指原莉乃の実力を改めて分析してみたい。コラムニスト・テレビ解説者の木村隆志さんが解説する。 * * * この春、指原さんがMCを務める『徳井と後藤と麗しのSHELLEYと芳しの指原が今夜くらべてみました』(日本テレビ系、水曜21時、4月19日~)と『こんなところにあるあるが。土曜あるある晩餐会』(テレビ朝日系、土曜21時58分、4月15日~)がゴールデンタイムに昇格。さらに深夜でも、オール深夜ロケに挑む『真夜中』(フジテレビ系、日曜25時25分、4月16日~)、全国のアイドルをゲストに迎える『この指と~まれ!』(フジテレビ系、金曜26時、5月5日~)の新番組2本がスタートします。 指原さんはこれまでも、『HKT48のおでかけ!』(TBS系)、『さしこく~サシで告白する勇気をあなたに~』(フジテレビ系)、『指原カイワイズ』(フジテレビ系)などでMCを務めてきたものの、いずれもAKBグループのメンバーが大半を占める深夜番組でした。それだけに、前述した4つの番組は相当なステップアップと言えます。 ただ、指原さんは『ガッテン!』(NHK)、『ワイドナショー』(フジテレビ系)、『痛快TV スカッとジャパン』(フジテレビ系)、『有吉反省会』(日本テレビ系)、『くりぃむしちゅーのハナタカ!優越館』(テレビ朝日系)、『この差って何ですか?』(TBS系)と、各局で準レギュラー番組を持っているなど、女性タレントの中でも経験値と認知度はトップクラス。言わば、準備期間が終わり、満を持してゴールデンタイムでのMC挑戦ということになります。◆女性タレントに毒を放つ貴重な存在 指原さんのMCは、「考えすぎない」「無理しない」自然体スタイル。てきぱきと進行するのではなく、視聴者の延長線上にいるような立ち位置から、出演者に何気なく声をかけています。 特筆すべきは、番組のアクセントになるツッコミ。時に素朴な疑問、時に過剰気味な同意、時に確信犯的な批判など、視聴者が薄々感じていたことを代弁してくれるのです。 とりわけ笑いの要素が強い番組では、「鍋を取り分ける女はヤバイ」「空の写真をアップする女が嫌い」などの女性タレントに放つ適度な毒が出演者の持ち味を生かし、番組の盛り上がりを作っています。芸能人の発言に対する世間の目が厳しくなり、CM狙いで上品に振る舞う女性タレントが多い中、女性に適度な毒を吐ける存在は貴重なのです。 逆に指原さん自身、ルックスやスキャンダルに関するツッコミを甘んじて受けているのも好印象のポイント。むしろ、「MCなのに、他の出演者よりも立場が低い」と感じさせるシーンも目立ちます。 男性タレントにたとえると、近いのはオードリー・若林正恭さん。軽い自虐と毒舌をベースに低い立ち位置からトークを進めるほか、MCばかりではなくレギュラー出演もこなす使い勝手のよさがテレビマンたちに受けています。ただ今後は、有吉弘行さんのような強めの毒で爆笑をさらうシーンも期待できそうですし、年齢とともにトークの幅は広がっていくのではないでしょうか。◆旬の中堅芸人との相性は抜群 ベッキーさんの騒動以来、女性MCの台頭はなく、制作現場における指原さんへの期待は最高峰。これまでタモリさん、ダウンタウン、内村光良さん、加藤浩次さん、中居正広さん、池上彰さんら多彩なMCと共演してきた経験がある上に、有吉弘行さんやフットボールアワー・後藤輝基さんなど、MCとして旬の中堅芸人との相性もいいため、バラエティーの放送作家から高い評価を受けています。つまり、「共演者とスタッフの両方から受けがいい」ということになります。 指原さんは、1日に行われたライブで、昨年の総選挙1位の公約として掲げた「水着で熱湯風呂」に挑戦していました。しかし、「今年(6月17日)の総選挙が最後」と宣言したほか、「卒業後の副業を必死に考えている」と自らネタにするなど、卒業の時期を模索しているのは明白。それだけに4月からのMCは、本人にとっても、テレビマンたちにとっても、「どこまでやれるのか」、今後の試金石になるでしょう。 もちろん指原さんの魅力はバラエティー番組への出演に限りません。かつて秋元康さんや主演映画やドラマを手がけた福田雄一監督から女優としての存在感を絶賛されましたし、著書『逆転力~ピンチを待て~』(講談社)がベストセラーになったことからも、さまざまな分野で結果を出してきたマルチタレントであることが分かります。秋元さんが「怪物。誰も止められない」とコメントした底知れぬ才能の持ち主だけに、この春からはじまる“セカンド・ブレイク”に注目してみてはいかがでしょうか。【木村隆志】コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本前後のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』『独身40男の歩き方』など。
2019.03.11 15:41
フジ女子アナ採用 「役員の好みで…」と佐藤里佳部長疑義
フジ女子アナ採用 「役員の好みで…」と佐藤里佳部長疑義
 古くは河野景子、八木亜希子、有賀さつきの「花の三人娘」、近年はアヤパン(高島彩)、カトパン(加藤綾子)と、女子アナブームを牽引してきたフジテレビには、時代ごとにエースがいた。しかし“女子アナ王国”を築いてきたフジが今、“人材難”に陥っているという。そんな苦境を憂えた同局の元人気アナが、何と局のトップたちを相手に声を上げた。 昨年末、オリコンスタイルが発表した「好きな女性アナウンサーランキング」のトップ10から、フジの女子アナが消えた。この結果に、局内は屈辱的なムードに塗れている。「1位の水卜麻美アナを擁する日本テレビは、3年連続で視聴率年間三冠王に輝いています。フジが視聴率年間三冠王に君臨していた1990年代初頭は、『花の三人娘』が活躍していた。2004年に再び三冠王に返り咲いた頃は、アヤパンが『めざましテレビ』の顔として活躍し、内田恭子や中野美奈子もいた。女子アナは数字が取れる“局の顔”だけに、最近のウチの低迷は人気女子アナの不在が響いているのではないかと言われています」(フジ局員) 凋落を決定づけたのが昨年、“不動のエース”として活躍してきたカトパンの退社だった。「カトパンの後継者として2014年入社の永島優美アナを『めざましテレビ』のメインキャスターに抜擢し、局を挙げてプッシュしましたが、良くも悪くも真面目すぎていまひとつ跳ねなかった。カトパンと人気を分けたショーパン(生野陽子)も、今や同僚アナの人妻。山崎夕貴アナは“ぶっちゃけキャラ”で好感度は高いのですが、庶民的イメージがありすぎて華がない。エース不在の状況が続いています」(同前)◆幹部会での爆弾発言 そんななか、1月23日に各部署の幹部たちが集まる定例の「戦略会議」が開かれ、その席で女子アナに関する異例の発言が飛び出した。本誌は「戦略会メモ」と題された議事録を入手した。そこには〈改めて週末強化が課題〉〈やはりコンテンツ力が勝負になる〉など、当たり障りのない発言が並んでいるのだが、「アナウンス室部長」の発言だけが明らかに毛色が違った。〈2018年4月入社新人アナ内定男2女2、毎年現場で推薦した学生が役員の好みでひっくり返る。今年は誰に選ばれたか(現場は)まだ分かっていない〉 予定調和ムードの会議のなかで、この発言のインパクトは大きく、内容はすぐに局内に広まった。 発言の主は、佐藤里佳・アナウンス室部長(50)だ。平成元年に視聴率三冠王時代のフジに入社して以来、プロ野球ニュースや土曜昼のニュース『FNNスピーク』のキャスターを務めた。『笑っていいとも!』で阿吽の呼吸を見せたタモリからの信頼も厚く、『ヨルタモリ』でも再び起用された。そんなフジ女子アナの王道を歩んできた佐藤部長がなぜ、突然こんなことを言い出したのか。同年代のフジ幹部はこう説明する。「ふだんは人当たりがよく、会議でも目立った発言はしないタイプなので、驚きました。うちのアナウンサーの採用試験は、アナウンス室部長を含めたベテランアナが実技を見た上で、役員クラスによる最終面接に臨みます。 ところがここ数年、その段階で評価されていなかった女子学生が役員面接で採用と決まったケースがいくつかあったために、アナウンス室を仕切る佐藤さんとしては怪訝に思っていたそうです。その上、今年の採用試験(2018年入社)でどの学生が最終的に採用されたのかをアナウンス室にその時点で知らされていなかった。その不透明さに、苦言を呈したのでしょう」◆「よくぞ言ってくれた」 フジテレビは「アナウンサーを含む社員の採用は適切に行なっております」(企業広報部)と答えている。仮に役員面接で評価が「ひっくり返った」としても、あくまで最終面接による合否判断であり、それはそれで「適切な採用」に違いない。興味深いのは、佐藤部長の発言が局内で広まり、「よくぞ言ってくれた」という共感が広がっていることだ。「最近のフジの新人アナは、“ミス慶応”の小澤陽子アナや元読者モデルの堤礼実アナなど、ビジュアル的には申し分のない子ばかりだし、彼女たちなりに頑張っている。でも中にはアナウンス技術が低いまま努力もしない子がいて、現場スタッフから『あの子は使えない』『どんな基準で採用しているんだ』という疑問の声が上がっていたんです」(別のフジ局員) 上智大学の碓井広義教授(メディア文化論)は、「フジの女子アナ採用は時代とズレているのではないか」と言う。「人気1位の水卜アナを見ればわかるように、親しみやすい人柄と確かなアナウンス力が今は求められている。最近のフジの女子アナは、ショーケースに並べられた美しいお人形という印象で、テレビの主な視聴者の中高年にとって応援しづらくなっているのではないでしょうか」 視聴率争いの劣勢もむべなるかな。問題は役員たちの“センス”ということか。※週刊ポスト2017年4月14日号
2019.03.11 15:41
異例の夜8時生放送を自ら提案 司会者・中居正広の覚悟
異例の夜8時生放送を自ら提案 司会者・中居正広の覚悟
『中居正広のミになる図書館』(テレビ朝日系)が、4月24日から夜8時台の生放送をスタートさせる。深夜からゴールデン昇格自体がニュースだが、それが生放送とあってテレビ業界では俄然、注目を集めている。このプランを提案したのは、MCの中居正広だったという。司会者として不動の地位を確立した中居はなぜこのチャレンジを決めたのか? コラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんが解説する。 * * * 最初にこのニュースを聞いたときはビックリしました。ゴールデン昇格と、世代対抗クイズがメーンになることは聞いていたのですが、何と生放送だったのです。 現在、ゴールデンタイムで生放送されている民放の番組は、『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)だけ。演奏時間が確定し、トーク時間の少ない音楽番組だけにリスクは少ないのですが、それでもネット上では「音程を外した」「あのコメントはひどい」などの否定的なコメントが飛び交っています。 ただでさえ、このようなクレームに悩まされ、コンプライアンスに配慮しなければいけないなど表現の幅が狭くなる中、『ミになる図書館』はバラエティー番組。しかも出演者にとっては「ほぼ台本のない」クイズ形式であり、MC・中居正広さんとゲストのトークも見どころの1つにしているため、かなり挑戦的な企画と言えます。◆生放送でのコメントはハイリスク メーンの『ジェネレーションチャンプ』は、20~60代のタレントが3人ずつ計15人出演する世代対抗クイズ。現在の芸能界では、生放送に慣れているタレントが少ないため、出演者たちは「簡単な問題を間違えたらマズい」「失言したらどうしよう」などのプレッシャーにさらされることになります。 ただ、そんなリスクこそが最大の魅力になるのも事実。現在のバラエティー番組は、お決まりのキャラクターやお約束のギャグありきで、視聴者は予定調和のような笑いに飽き始めています。 実際、現在人気を集めているのは、『世界の果てまでイッテQ!』(日本テレビ系)や『家、ついて行ってイイですか?』(テレビ東京系)などの予定不調和で、素の表情やリアルなハプニングが見られる番組。その点、どう転ぶか分からない生放送は、視聴者に新鮮な驚きやドキドキ感を与える可能性を秘めています。 通常、バラエティー番組は台本をベースに収録が行われ、スタッフの編集によって仕上げられますが、『ミになる図書館』の生放送はその真逆。台本の位置づけは段取りだけで、コメントや振る舞いにスタッフの編集が施されることはありません。つまり、誰にも編集されていない、そのままの中居さんと出演者が見られるのです。◆生放送は中居からの提案だった 特筆すべきは、ゴールデン進出の話を聞いた中居さんが生放送の提案をしたこと。中居さん自身、ゴールデンタイム用の調整だけでなく、生放送用の準備も必要になるなど、これまでのやり方から大幅に変えなければいけなくなるわけです。これまでの司会スタイルを捨てなければいけないため、「番組進行を仕切り、盛り上がりを作り、出演者をフォローする」など、中居さんにかかる負担は倍増するでしょう。 しかし、それこそが中居さんの真骨頂。昨年、渦中のベッキーさんにインタビューした『中居正広の金曜日のスマイルたちへ』(TBS系)や、最近でもWBCの生中継リポートなど、中居さんは難しい状況のときほど真価を発揮します。また、生放送で思い出されるのは、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)の姿。芸人たち以上に番組を盛り上げ、タモリさんに変わってコーナーを仕切り、ゲストのフォローもするなど大活躍でした。生放送のレギュラー番組は、そのとき以来だそうですから楽しみです。 そもそも中居さんは、さまざまな場所で「少しでも面白いものを見てもらいたい」「先が予想できるものより、できないもののほうが面白い」と語ってきました。そんな姿勢はMCとしての地位を確立してからも、俳優として『ATARU』(TBS系)でサヴァン症候群の男性を、映画『私は貝になりたい』で死刑宣告される戦犯を演じたのを見ても分かります。 バラエティー番組に関しては、ひと通りのテクニックを身につけた今、慣れやマンネリを避ける上で、生放送は中居さんにとっても貴重なチャレンジの場になるでしょう。◆中居とスタッフの覚悟と信頼関係 一方、中居さんの提案に応えたスタッフサイドの覚悟も素晴らしいものがあります。生放送は、スタッフとキャストの信頼関係が深く、コミュニケーションが活発でなければ実現できないもの。『ミになる図書館』は中居さんもスタッフも、「ずっとゴールデン進出を目指していた」という共通認識を持っていたなど、リスクよりもやりがい、不安よりも希望を見ているのは間違いありません。 現在の視聴者は厳しいように見えて、本当の意味で勝負している番組には優しいところがあります。もし生放送で勝負する『ミになる図書館』に何らかのアクシデントがあったとしても、視聴者が無制限に攻撃するとは思えませんし、批判が出ても同等以上の擁護が出るでしょう。 これまで同番組は、「美文字大辞典」「美デッサン大辞典」「1週間で資格取得」「号外スクープ狙います」などのオリジナリティあふれる企画を生み出してきました。生放送を提案した中居さんがアイディアマンであることも含め、今後は世代対抗クイズだけでなく、生放送のライブ感を生かした新企画も期待できそうです。 まずは生放送のクイズ番組として楽しむもよし、中居さんの司会ぶりや多彩なゲストを楽しむもよし。同番組が成功すれば、他局も追随して生放送のバラエティー番組を手がけそうですし、「テレビ番組の今後を占う」という意味でも注目してみてはいかがでしょうか。【木村隆志】コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本前後のコラムを提供するほか、『新・週刊フジテレビ批評』『TBSレビュー』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』『独身40男の歩き方』など。
2019.03.11 15:41
【書評】「全共闘世代」の言い方は時代の代表を表していない
【書評】「全共闘世代」の言い方は時代の代表を表していない
【書評】『青年の主張─まなざしのメディア史』/佐藤卓己著/河出書房新社/本体1800円+税【著者プロフィール】佐藤卓己(さとう・たくみ)/1960年広島県生まれ。京都大学大学院文学研究科博士課程単位取得退学。京都大学大学院教育学研究科教授。『「キング」の時代』(岩波書店。日本出版学会賞、サントリー学芸賞)、『言論統制』(中公新書。吉田茂賞)など著書多数。【評者】鈴木洋史(ノンフィクションライター) かつて成人の日に放送されていた「NHK青年の主張全国コンクール全国大会」を覚えているだろうか。15歳から25歳が参加する弁論大会で、制服やスーツ姿の若者が直立不動で「私は! そのとき! 思ったのです!」と一文節ずつメリハリをつけて喋る。内容は、困難を克服した経験を披露し、明るい未来を切り開く決意を表明する、といった優等生的なものが多い。番組は見たことがなくても、タモリがやった形態模写を覚えている人は多いかもしれない。 本書は、その「青年の主張」の歴史を丹念に辿り、戦後の「青年」像の変遷を考察した論考だ。 大会は1954年度に始まっていったん1988年度に終わり、昭和から平成に変わると「青春メッセージ」と改編、改題されて2003年度まで続いた。古い時代ほど出場者には「勤労青年」「農村青年」や「勤労学生」「定時制高校生」が目立つ。象徴的なのは東大安田講堂の攻防が起こった1969年1月に開催された大会だ。第1位となった「新劇研究生」は友人と未来を語り合う喜びを語り、2位の「農業」に従事する女性は「農村婦人」の壁を打ち破るまで頑張る決意を表明し、3位の「女性会社員」は「敬老」の精神を訴えた。 それは一般のマスメディアが語る1968年、1969年とは程遠い。普通は学生運動を担った世代を全共闘世代と呼び、その姿を時代の顔と捉える。だが著者はそれを「虚像」と断じる。〈全共闘世代とは、同時になお集団就職世代〉であり、〈数において同世代人口の圧倒的多数を代表したのは、「学生の異議申し立て」より「青年の主張」の方であった〉と書くのだ。これはつい忘れがちな視点ではないか。 著者も指摘するように、学生運動に対する「勤労青年」に期待する勢力が存在し、大会を研修に活用する企業や、学校、宗教団体、警察・消防が出場に向けて組織動員していた。「青年の主張」に親和性を持つのは保守など「右」とは限らず、のちには入賞した在日韓国人の主張を社会党、共産党が国会で取り上げ、全国の朝鮮高級学校も強力に組織動員し、1990年代から2000年代にかけて5年連続入賞を果たした(応募資格に国籍による制限はなかった)。「青年の主張」の全盛期は1960年代後半で、以後、高校・大学進学率の上昇とともに若者が離れていった。さらに時代が下って社会が豊かになると、〈貧しくとも清く正しくという生き方は、社会的栄達や経済的成功に恵まれなかった大多数の人々を慰撫してきた公的な「物語」だったが、それが日本人全体として説得力を失ってきた〉。つまりは〈「青年」の解体〉である。大会と番組の終了は必然だった。 著者は可能な限り資料を掘り起こし、入賞者の主張やその後の人生まで紹介している。その一つひとつの事実が面白い。たとえば、1963年度には高校生だった重信房子が「小さな親切運動」のボランティア体験を語り、東京地区大会の3位に入賞している。もしも1位となって全国大会に出場していたら、その後の人生はどうなっていたか。重信の8年後、あさま山荘事件の直前の全国大会では、当時大学生で、後に国際政治学者、国会議員となる猪口邦子が海外体験を語って1位を獲得した。重信にそのような人生はあり得ただろうか。 本書は今までにない視点からの戦後社会史として読める。資料豊富なクロニクルとしても貴重で、労作をまとめた著者に敬意を払う。※SAPIO2017年4月号
2019.03.11 15:41
お江戸の桜の名所だった!? 遊郭の吉原に桜が咲いた理由
お江戸の桜の名所だった!? 遊郭の吉原に桜が咲いた理由
桜の開花の声を聞くころ、毎年と言っていいほど江戸の桜の名所を紹介している。今回紹介する桜の名所は、冒頭画像の浮世絵の場所だ。まっすぐに並んだ桜が満開だ。実はここ、江戸の「吉原遊郭」だ。美しく咲くのには理由がある。なぜかというと……。連載【江戸の知恵に学ぶ街と暮らし】落語・歌舞伎好きの住宅ジャーナリストが、江戸時代の知恵を参考に、現代の街や暮らしについて考えようという連載です。一夜にして桜の名所になる、吉原遊郭江戸の桜の名所と言えば、上野の寛永寺(かんえいじ)、王子の飛鳥山、向島の隅田堤などが有名で、今もなお名所として引き継がれている。ところが、今では忘れ去られた桜の名所がある。それが「吉原遊郭」だ。吉原と一口に言っても、吉原(元吉原)と新吉原がある。江戸に幕府公認の遊郭「吉原」が誕生したのは、元和3年(1617年)のこと。葦屋町東側隣接地(現在の日本橋人形町2・3丁目辺り)に開設された。当時は湿地帯だったので葦原(よしわら)と名付けられ、その後「吉原」になったといわれている。幕府が許可を出すときには「傾城(けいせい)町」という名称が使われた。遊女も傾城と呼ばれたりするが、城を傾けるほどお金を使わせるということだ。その後吉原は発展を続けるが、明暦2年(1656年)に、幕府から浅草にある浅草寺の北側の千束(せんぞく)村に移転を命じられる。その辺りは、当時は浅草田んぼと呼ばれる田園地帯で、そんなに遠くては営業にならないと反対の嘆願を出すものの、明暦3年の大火もあって移転し、「新吉原」が誕生する。以後約300年、昭和33年(1958年)に廃止されるまで、随一の遊郭として歴史を刻むことになる。【画像1】「東都名所 新吉原五丁町弥生花盛全図」一立斎(安藤)広重※再掲(画像提供/国立国会図書館ウェブサイト)新吉原は、東京ドーム2つ分ほどの広さの長方形の土地で、周囲は黒板塀で取り囲まれ、外に「お歯黒(おはぐろ)どぶ」と呼ぶ堀で囲うようになっていた。そのため、出入り口は「大門(おおもん)」と呼ばれる1カ所だけ。この大門を入ると「仲ノ町」というメインストリートが、およそ245mの長さで続いている。旧暦の3月1日(今の3月末ごろ)になると、この仲ノ町の通りの中央に、植木職人が桜の木を持ち込んで植えた。『江戸名所花暦』には、千本植えたと書かれているが、突如、美しい桜並木が出現するのだ。この時期には、江戸っ子だけでなく、地方からの観光客や参勤交代の武士などが大勢見物に訪れ、葉桜になっても見物客は絶えなかったという。花見の季節が終わると、また別の花を植え、お盆には灯籠(とうろう)を飾りと凝りに凝っていた吉原は、江戸のアミューズメントパークだったのだ。吉原の桜と言えば、歌舞伎十八番「助六由縁江戸桜(すけろくゆかりのえどざくら)」吉原の遊郭を舞台にした歌舞伎や落語は多い。それだけ関心が高かったということだ。しかし、桜といえばやはり「助六由縁江戸桜」(通称:助六)だろう。ストーリーはシンプルだ。主人公は、吉原一のモテ男だが、あちこちでケンカを売る暴れん坊「花川戸助六」と、その恋人で吉原一の人気を誇る花魁(おいらん)「揚巻(あげまき)」。その二人の恋愛ドラマと、実際に起きた、日本三大仇討ちのひとつである「曽我兄弟の仇討ち」を関連づけた物語だ。【画像2】「堀井新左衛門・花川戸の助六・三浦屋揚巻」豊国の3枚続きより助六と揚巻の2枚(画像提供/国立国会図書館ウェブサイト)所は桜満開の新吉原「三浦屋」。揚巻の花魁道中がゆったりと登場し、後から「髭の意休(ひげのいきゅう)」と呼ばれる、金と権力を持った老人が妹分の花魁とやってくる。意休は揚巻に横恋慕しているが、揚巻は全く相手にしない。花魁たちが店に入り、意休が残ったところへ、江戸紫の喧嘩鉢巻に黒ちりめんの着物、赤い襦袢(じゅばん)の助六がさっそうと登場。なぜか意休を怒らせるように絡んでいく。意休の子分たちも出てきて大騒ぎになるが、暴れる助六を残して皆店の中へ逃げていく。残ったのは白酒売りと助六。この白酒売り新兵衛は助六の兄で、実は曽我十郎祐成(すけなり)、助六は実は曽我五郎時致(ときむね)。仇討ちのために変装しているのだ。兄は弟にケンカをやめるように諭すが、紛失した源氏の宝刀「友切丸(ともきりまる)」を探すために、ケンカを売って刀を抜かせていたという話を聞いて納得し、ケンカをけしかける始末。助六の身を案じる母と揚巻が現れて、ケンカをしないように収めて母と兄は去る。そこへ、揚巻を口説こうと意休が出てくる。揚巻、助六、意休のやり取りのなかで、意休が友切丸を持っていることが分かり、いきり立つ助六。ここで芝居が終わることが多いが、最終的には、助六は意休を斬って友切丸を奪い返す。話の筋はシンプルだが、助六の胸のすくような啖呵(タンカ)もあれば、意休の子分の弱腰ぶりや通行人とのかけあいなど滑稽な場も数多くあり、舞台の華やかさもあって、見どころの多い芝居となっている。ちなみに、稲荷ずしとのり巻きを組み合わせた「助六寿司」は、この歌舞伎が由来になっている。諸説あるが、油揚げ(揚げ)とのり巻き(巻)で揚巻ということらしい。【画像3】「古代江戸繪集」より抜粋(画像提供/国立国会図書館ウェブサイト)。新吉原江戸町二丁目の佐野槌(さのづち)屋の黛という花魁の道中の様子(画:一恵斎芳幾)のようだが、佐野槌は落語の「文七元結」にも登場するさて、吉原を舞台にした落語も数多くあるのだが、満開の桜と花魁道中といった華麗なシーンが見られるのは歌舞伎ならでは。「助六」のほかには、「籠釣瓶花街酔醒(かごつるべさとのえいざめ)」(通称:籠釣瓶)も有名だ。最近では、タモリさんが「ブラタモリ」の取材時に吉原で聞いた話を、笑福亭鶴瓶さんが「山名屋浦里」という落語にして、それを聴いた中村勘九郎さんが歌舞伎にした「廓噺山名屋浦里(さとのうわさやまなやうらざと)」がある。筆者も観劇したが、ラストの浦里(中村七之助)の花魁道中と満開の桜のシーンは素晴らしかった。そうなると、歌舞伎座も現代の桜の名所と考えてよいだろうか?●「江戸の知恵に学ぶ街と暮らし」シリーズで紹介した桜の名所・落語『長屋の花見』に見る、今に続く桜の名所(江戸:上野の山(王子の飛鳥山とする場合も)、上方:桜の宮)・花見が行楽として定着したのは、江戸時代のヨシムネミクスから(王子の飛鳥山)・江戸時代もこぞって花見を楽しんだ隅田川堤 お目当ては桜もち?(向島の隅田川堤)・桜が取り持つ縁? 若旦那とお嬢様の出会いは桜の名所(上野寛永寺)●参考資料:・「落語で読み解く『お江戸』の事情」中込重明監修/青春出版社・「江戸っ子はなぜ宵越しの銭を持たないのか?」田中優子著/小学館・「日本橋」2017・3月号「東京っ子の身の丈語り 第16回」林えり子著/日本橋コミュニティセンター・「歌舞伎ハンドブック改訂版」藤田洋編/三省堂・「歌舞伎演目案内」歌舞伎 on the web●参考・『江戸名所花暦』(国立国会図書館)抜粋(山本 久美子)
2019.03.11 15:42
フジ退社の武田祐子アナはフリー女子アナの新しいカタチ
フジ退社の武田祐子アナはフリー女子アナの新しいカタチ
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、女子アナが女子アナのままでいることの難しさを考察。 * * * フジテレビの武田祐子アナが3月31日で退社。フリーに転身することが明らかになった。入社23年目、あと2か月で47才となる“アラフィフ”の決断だ。 出身は山形県山形市。山形大学の付属幼稚園からエスカレーター式で大学まで進み、同大学理学部生物学科卒という“リケジョ”の走りでもある。同期は、木佐彩子、富永美樹、男性は佐野瑞樹アナだ。『笑っていいとも!』でタモリの横でウミガメの真似を完璧にやってのけたのを始め、看板番組『めざましテレビ』のMCほか、「彼女に仕事が集中しすぎている」と社内で問題視されたこともあったのは木佐。退社後も、もっとも成功している女子アナの一人であり、人気の高さやイメージの良さからCMや雑誌のタイアップ出演の仕事も多い。 そして富永は高校時代、『夕やけニャンニャン』の「おニャン子クラブ」オーディションに参加したタレント志向の強いタイプ。木佐を始め、人気アスリートとゴールインする女子アナが圧倒的に多いフジテレビにあって、ミュージシャンと結婚し、現在は夫婦揃ってバラエティー番組のヒナ壇に座ることも少なくない。 ちなみに佐野アナは、奔放な発言がバラエティーでウケ、私生活でバツ2であることも公表している、これまた、ある意味、フジテレビらしいライトなタイプの男子アナだ。 そんな同期の中で、正反対とも言えるタイプの武田祐子を採用した当時の担当者の気持ちはとても理解できる。 木佐や富永がルックスやキャラクターで勝負していたのに対し、武田アナは、自身最大の特徴ともいうべき“声”で勝負してきた。 それは、「武田祐子」で検索すると、いちばん上に「武田祐子 声」と出て来るほど視聴者にも御馴染みで、『もしもツアーズ』『馬の王子様』、そして『ゲームセンターCX』などのナレーションは、“アニメ声”とも言われ、ファンを増やしてきたのである。「アナウンサー=美声」と言われた時代には居なかった「変わった声」「珍しい声」であり、同時に、声優のように“七色の声”を出せる稀有な女子アナ。 ドキュメンタリー番組のナレーションにも定評があり、系列局を含めた全アナウンサーのトップに輝いたこともあれば、ギャラクシー賞を受賞したこともある。 まさに、この“声”が、派手なタイプではない武田祐子アナを最後までアナウンサーで居させてくれた“財産”と言えよう。 他局でも、ベテラン女子アナが担当するストレートニュースや自己批評番組を武田アナも担当。その仕事ぶりは実に真面目で、馴染みのゲストに対しても、決して“なぁなぁ”になることはなかった。 テレビ局には「女子アナ30才定年説」はいまだに存在し、“肩たたき”にあう前に自分で決断し、30才を待たずにフリーになる女子アナは少なくない。いや年々多くなっているように感じる。 他部署への異動を言い渡されたことで退社する女子アナも昔から居て、その先駆け的存在は、武田アナの大先輩、フジテレビの岩瀬恵子アナだった。 その岩瀬アナもそうだったが、女子アナの異動先の多くは「広報部」や「宣伝部」。マスコミやタレントとの交流もある華やかな部署だし、アナウンサーでなくなっても、“司会”を任されることもある部署とも言える。 が、「なぜ私が?」「こんなことを?」と落胆する女子アナは多いのである。ちなみに、私が知る限り、宣伝部に異動してからも実に楽しそうに仕事をしていたのは、テレビ朝日の川北桃子“元”アナだけだ。 その他の女子アナは、「辞めて、どうするの?」と言いたくなるようなタイプであっても、他部署への異動を機にフリーを選ぶ者が多いのだ。 いいか悪いかは置いといて、元・日本テレビの脊山麻理子アナのように“グラビア界”に進出したり、同・宮崎宣子アナや馬場典子アナのように“自虐ネタ”がウケ、バラエティー番組からオファーされたりするタイプもいる。先のことはわからないし、決断したことで広がる可能性もあるにはある。やっぱり女子アナはみなたくましい。 武田祐子アナに話を戻そう。“声”で勝負し、“声”がウケ、他部署への異動話からも免れ、「定年説」も鮮やかにクリアしてきた武田アナ。だが、NHKやTBSとは異なり、ラジオとの兼営局ではないフジテレビにあって、アラフィフ女子アナの“居場所”はそう広くはなかったと思われる。 近年、武田アナは『直撃LIVE グッディ!』の“フィールドキャスター”を担当していた。何度か彼女の姿を見かけたのは“芸能”の現場で、ベテラン芸能リポーターらと席を並べている武田アナの姿に、私は違和感をおぼえたものである。 当初、番組知名度の低さから、『グッディ!』のフィールドキャスターの面々は番組名を連呼したり、場の空気を読まない質問をすることで他局スタッフから不評だ。『グッディ!』スタッフは武田アナにも、そのようなリクエストをしていたと思われる。つまり、かつての“サンジャポ・ジャーナリスト”のんちゃんこと小林のんのような役割と言ったらいいだろうか。武田アナの年齢やキャリアにはそぐわない内容だったのである。 局アナだから、もちろん、それも“仕事”の一つなのだけれど、見ていて気の毒に感じることが私にはあった。 退社にあたり、スポーツ紙の取材に応じた武田アナは「家族も増え、これまでとは違った時間の使い方があるのではないかと試行錯誤した結果の決断」とコメントしている。武田アナの夫はフジテレビ局員だ。制作や編成など、いわゆる“現場”には欠かせない存在で、私も仕事をしたことがあるが、地に足のついた堅実なタイプ。だが、会議中、ジョークも飛ばせば、トレンドには誰よりも前のめりになるテレビマンらしい一面もある男性で、武田アナとは「本当にお似合い」と羨む女性スタッフや後輩女子アナは多い。 入社が94年で結婚は02年。第一子出産は11年。そして退社が17年。武田アナの“転機”はいつもゆっくり訪れ、その都度、じっくり考えて行動に移してきたようにみえる。セント・フォースやフォニックスといった事務所には所属せず、文字通りのフリーアナとして、『全力!脱力タイムス』や『ザ、ノンフィクション』のナレーションは引き続き担当するという。これも、アナウンサーのままフジテレビに居られたからに他ならない。 武田祐子アナは、フリー女子アナの“新しいカタチ”を示してくれた。
2019.03.11 15:42
テレ朝番組に出ない内村光良 『内P』再開を望む現場の声
テレ朝番組に出ない内村光良 『内P』再開を望む現場の声
 内村光良(52才)のストップ高が止まらない。2月6日に発表された「新入社員が選ぶ理想の上司」では、常連の池上彰(66才)やタモリ(71才)らを抑えて堂々の1位に輝いた。デビューから30年以上が経った今も、テレビのレギュラー番組は8本に上っており、しかもどれもが超人気番組だ。「今、視聴率No.1男といえばウッチャンです。キャリアは長いけど、時の人。どの大物芸人よりお笑いにストイックで真摯だといわれますが、その一方で怒ったのを見たことがないという温厚な性格。若手タレントもウッチャンの前では物怖じしないため、自然な魅力が引き出されるようです」(芸能関係者) 理想の上司に選ばれたことについて、内村の妻もこんなコメントを寄せた。「ものすごく嬉しいです! 家ではいたって普通のおじさんなのですが、このような結果に驚きと共に感謝です。ありがとうございます!!」 内村の妻とは、元テレビ朝日アナウンサーの徳永有美(41才)。内村と徳永は2005年に結婚。それから10年以上経った今も夫婦仲は超円満で、2009年に生まれた長女、2013年に生まれた長男も含めた内村一家の仲の良さは、自宅周辺でも評判になっている。今年に入って徳永が11年ぶりにニュース番組に復帰したのも、夫の理解と支えがあってのことだ。 しかし徳永が結婚後、夫・内村について公に語るのは今回が初めてのことだった。「徳永さんが内村さんに言及するコメントを出すなんて以前なら絶対あり得ないことでしたね。しかも最近、内村さんも嫁話を解禁してるんです」(テレビ関係者) 以前は番組内で「嫁話」を一切しなかった内村だが最近は徐々に触れるように。つい先日には、ダイエット中の徳永の前で好物のインスタントラーメンを食べたら怒られたなどノロケエピソードも披露していた。 そんなふたりに対して、複雑な心境を吐露するのはテレビ朝日のあるスタッフだ。「仲がよくてうらやましい、と素直に言えない思いがありますよ。10年以上前のこととはいえまだ、うちの局内では終わっていませんからね…。 内村さんと徳永さんは略奪婚で、徳永さんの当時の夫は同じテレビ朝日局員でした。だから内村さんはまだテレ朝“出禁”のままなんですよ」 交際発覚時、徳永はレギュラー番組内で涙ながらに陳謝し、降板したという過去がある。また、それが引き金になって人気番組『内村プロデュース』(テレビ朝日系)は打ち切りになったといわれた。「視聴率男の看板番組ですから本当は今すぐにでも再開したい。もしくは新番組を内村さんにお願いしたいのに、事情が事情だけにオファーができず、歯がゆい。それなのにいつの間にかお互いタブーを解禁してあんなに幸せそうなコメントを…。勝手ですが、そんなことなら、うちの局に出てくれることがいちばんのみそぎだと思うんですよ」(前出・スタッフ)※女性セブン2017年3月16日号
2019.03.11 15:44
2019年の芸能ニュース第1位は?
ルビー・モレノさん 初写真集見た息子「かっこいいじゃん」
 名作『月はどっちに出ている』で映画賞を総ナメした翌年、ヘアヌード写真集『RUBY』(1994年・勁文社刊)を出して世間を驚かせたフィリピン人女優、ルビー・モレノさん(51歳)。彼女が同写真集の思い出を振り返る。 * * * 写真集『RUBY』の話がきたのは、1993年に崔洋一監督の映画『月はどっちに出ている』で映画賞を9つ獲った直後でした。 初めからヘアヌードでということだったけど、1991年の宮沢りえさんの『サンタフェ』に刺激されて、ワタシも若い時に綺麗な姿を残しておきたいと思っていたんです。それに、当時かなり借金もあったから、ふたつ返事で「いいよ~」って(笑い)。 撮影は翌1994年の夏、バリ島で3泊4日。泊まったのは豪華なホテルで、部屋にプールがあってビックリ。 ちょうどその時、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)のテレフォンショッキングに出ることになって、帰国したその足で新宿アルタに行ったのね。タモリさんが「焼けてるね~」って言うから、「ヘアヌード撮ってきた」って話したら大騒ぎになって。でも、いい宣伝になったよ(笑い)。 その頃本当に忙しくて、テレビのレギュラー3本にドラマや映画の撮影、合間に取材とかでギッシリ。それでもワタシ、フィリピンパブでバイトしていたのね。お店には友だちもいるし、1日3~4時間で3万~5万円。いいお小遣いだったからね(笑い)。 でも、そんな生活していたら睡眠時間もほとんどなくなって、疲れちゃって仕事のドタキャンもたくさんしたよ。崔監督のイベントの仕事をすっぽかして、そのまま成田から何も言わないでフィリピンに帰ったりとか。監督にはその後会ってないけど、会えたら土下座して謝りたい(笑い)。 あの頃は淋しくて逃げ出したけど、今は夫と高2の息子がいるからしっかりしなくちゃって思っているの。 その息子が小学5年生の時にこの写真集を見ちゃって困ったよ。いきなり写真のポーズをして、「覚えてる?」だって(笑い)。「嫌いになった?」と聞いたら、「かっこいいじゃん」と褒めてくれたよ。 息子はワタシの一番のファンなんです。「ルビーちゃん、もうちょっとテレビ出なよ」って応援してくれるし、家にいると「売れない女優みたいだなあ。がんばりなよ」って励ましてくれるんですよ、嬉しいね。 またヘアヌードを撮らないかって? なに言ってるの、ワタシ、51歳だよ。ムリ、ムリ……でも、考えてみようかな(笑い)。●ルビー・モレノ/1965年9月22日生まれ。フィリピン出身。1992年、映画『あふれる熱い涙』でいきなり主演を務め、女優デビューを飾る。同年、最高視聴率32.6%を記録したドラマ『愛という名のもとに』(フジテレビ系)で、バーに勤める出稼ぎのフィリピン女性を演じて評価され、1993年、映画『月はどっちに出ている』でブルーリボン賞最優秀主演女優賞など映画賞を総ナメにした。翌1994年、29歳でヘアヌード写真集『RUBY』を発売して話題に。度重なる仕事のドタキャンなどで“お騒がせ女優”と呼ばれ一線から遠ざかっていたが、2016年にドラマ『コールドケース 迷宮事件簿』(WOWOW)に出演するなど芸能活動を再開。※週刊ポスト2017年2月10日号
2019.03.11 15:47
共演NG少ないといわれるタモリ、例外は大物歌手の「O」
共演NG少ないといわれるタモリ、例外は大物歌手の「O」
 テレビ関係者が気を遣うのが「共演NG」のタレントを同じ番組で起用しないことである。 お笑いBIG3(ビートたけし・明石家さんま・タモリ)では「共演NGが少ない」といわれるタモリ(71)の例外は元オフコース・小田和正(69)。「かつてタモリはオフコースを名指しして『暗くて嫌い』と発言。小田が一度だけ『いいとも』(1984年)に出演した際も、『レコードお出しになった?』と話を振るタモリに対し、小田は『気に入らないと思いますけど』と応戦。 ただこれはタモリにとっては“ミュージカル嫌い”“名古屋嫌い”と並ぶ一流の冗談なんですけどね」(フジテレビ関係者)※週刊ポスト2017年2月10日号
2019.03.11 15:47
友達で見る幸福度 最も不幸なのは嫌な人に囲まれて生きる人
友達で見る幸福度 最も不幸なのは嫌な人に囲まれて生きる人
 信頼していた友人の裏切りにより引退に追い込まれた成宮寛貴(34才)のケースではないが、親友と思っていた人に裏切られ、攻撃されることほど悲しいことはない。特に昨今脚本家・橋田壽賀子さん(91才)が述べるように人生の始末をどうしようかと考えているときに、友達がいればいるほど、そういう厄介事に煩わされ、心が乱されるのは勘弁してほしいという気持ちも、よくわかる。 一度は親友と呼び合うほどに固い絆で結ばれたからこそ、壊れるときは、食事が喉に通らなくなるほど、全てを投げ捨てたくなるほどの激しい衝撃を伴うもの。正直、つらい。 これは日本に限った話ではない。世界を見渡せば、アメリカを代表する2大歌姫、テイラー・スウィフト(27才)とケイティー・ペリー(32才)は親友といわれるほど仲がよかったが、ツアースタッフの取り合いがもとで絶縁。ツイッター上でディスりあったあげく、テイラーはのちに『Bad Blood』という曲で、ケイティーへの批判まで歌った。今もテイラーは「私にはほかにも友達がいるし!」と軍団を率いて、インスタグラムを熱心に更新している。 どうしてそこまで…そう思わずにはおれないが、心理学者の植木理恵さんは「特に女性の友情は壊れやすい」と指摘する。「女性はこの人は敵なのか味方なのかというかぎ分ける力が、認知学でも男性よりずっと高いんです。男性は『こいつ、どんなやつなのかな、仕事できるのかな』と疑いながらも、うまくやっていけそうだなと思えるんです。でも女の人は、敵なの味方なの結局どっちなのって白黒つけたい。味方じゃないって思うことがすごく嫌になるんですよ」 友達を切る――本誌アンケートでは、その意見に反対する人は全体の24%で、賛成の17%を上回ったが、「どちらともいえない」と答えた人は59%にものぼった。この数字に、いかに多くの人が「味方ではない=敵」と思いつつも切るに切れない友達を持つか、悩んでいるかがみてとれるのではないだろうか。 2016年12月19日に放送された『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)で「友達を切っている」と語ったタモリ。しかし親子ほど年の離れた草なぎ剛(42才)のことは「本当の友達」とさらりと言った。 草なぎとタモリのつきあいは1995年に遡る。草なぎは『笑っていいとも!』(フジテレビ系)のレギュラーになったことがきっかけで、芸能界の父と慕うようになっていった。1997年から今までずっと、正月はタモリの家で過ごすことが恒例行事となっている。「ある年齢を超えると友達もエイジレスになる」と語るのは、夫に先立たれたという坂本美和子さん(仮名、72才)だ。「同じ世代だと、みんな病気のことだの誰かの悪口だのってなってくるんです。もう子供も独立してるし、夫もいない気楽な身だから、そういう面倒なつきあいはいいかなってやめちゃいました。 でもK-POPコンサートで知り合った40才年下の友達のことは、親友といえるんじゃないかしら。娘より若いですけどね(笑い)。ただただ好きなスターの話をして、おいしいものを一緒に食べるだけ。楽しいことを共有できる友達がいれば、それがたとえ1人だとしてもそれでもいいかなって」(坂本さん) 慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司さんが続ける。「人間は成熟してくると人を見る目が肥えてくるので、年齢や置かれている環境などは関係なしに寄り添えるようになります。自分の話を聞いてもらいたければ、相手の話を一生懸命聞く。嫌われているんじゃないかと思ったら、より相手を好きになる。そういう度量の広さで人とつきあえるようになっていくんです」 その上で前野さんは、「いちばん幸せなのは、トータルで友達の数が多い人。いちばん不幸なのは嫌な人に囲まれて生きる人」と強調する。「もし人間関係ががんじがらめになっているというのなら、“切る”という荒療治も選択肢のひとつかもしれません。けれど切ったらそのままにしないで、新しい友達を作るべき。孤独は幸せに比例しませんから。しかし“友達”という言葉に縛られなくてもいいので、つながりを意識していただければ。近所の人で挨拶する程度でもいいんです。 以前に行った調査では、大家族で暮らすのと一人暮らしとでは、幸福度に差はありませんでした。 ただ、年に1度、正月に1回挨拶をするとか年賀状のやりとりをするくらいの親戚の数が多いほど幸せだということがわかりました。だから“切る”よりも、ぎりぎり切らないで、年賀状を出しておくほうをお勧めしたいですね」(前野さん)※女性セブン2017年2月2日号
2019.03.11 15:49
タモリの「友達なんかいらない」に橋田寿賀子が共感する理由
タモリの「友達なんかいらない」に橋田寿賀子が共感する理由
「私には友達がいない」――そう話すのは、作家の橋田壽賀子さん(91才)。本誌・女性セブンでもお伝えしてきたが、夫と死に別れ、子供も親戚もいない橋田さんは安楽死を熱望している。多くの同級生はすでに鬼籍に入り、今や心を残したり、残されたりする友達もいないから、認知症になったら安楽死で逝きたいというのだ。「だからタモリさん(71才)がおっしゃることはよくわかるんです。もう友達はいりません」 橋田さんが賛同を示したのは、タモリの『SMAP×SMAP』(フジテレビ系。12月19日放送)での発言だ。「友達なんかいらないって。(だから)どんどん友達減らしていってるの。切ってくの」 メンバーを前にそう淡々と話したタモリに、「救われた」「本当にわかる。友達は少なくていい」と、共感の声が広がっている。「“友達を切る”って言葉には、ぼくなんかはドキッとしてしまうんです」 そう話すのは、慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授の前野隆司さん。前野さんは脳・ロボット学者として、認知科学や心理学を活用して人間の幸福のメカニズムを研究している。それによれば、友達の数が多い人ほど幸せということがわかっているという。「ここでいう友達は、“多様である”ことが条件。職業、年齢、性格、国籍…自分とは違う種類の友達を持っている人の方が、そうでない人よりも幸せということがわかりました。いつも同じ人とつるんで過干渉になっていくよりも、たまに会うくらいの友達がたくさんいた方がいいということですね」 女性セブンが行った男女300人緊急アンケートで、不要な友達との関係を切るかどうかについて尋ねたところ、賛成はわずか17%だった。 50才の主婦・田辺慶子さん(仮名)も、ため息交じりに「切りたくても切れない」と言う。「高校の同級生A子とは、姉妹って呼ばれるほど仲がよくて、結婚後も家族ぐるみでつきあっていたんです。それが子供の大学受験を機に変わってしまいました。わが家の長女は奇跡的に現役で第一志望の大学に合格したけど、A子の三男は優秀だったのに不合格で…。そこからですね。みんなで集まった時とか、まるで私が存在してないみたいに、聞こえないふり、見ないふりをされるようになって。でも、子供も夫も相変わらず仲がいいから、関係を絶ちたくてもそうできないんです…」 1年生になったら友達100人できるかな、と幼い頃に歌ったあの曲のように、友達は多い方がいいに決まっている--誰もが、そう思って生きて来たはずだ。友達がいないと孤独だし、そもそも友達が少ない人はどこか人間として欠陥があるかのように思われるのではないか、そんな思いにとらわれてきた人もいるかもしれない。 超高齢社会のなかで、他者とのつながりが認知症予防にもなるとの研究もあり、そうした考えは一層強固なものになっている。そんななか、なぜタモリの言葉に賛同の声が相次ぐのか。橋田さんは、タモリの言葉に共感する理由をこう明かす。「しんどいですもん。心にもないことを言わなきゃならない友達ばっかりで、ほんとの友達がいないから。みんなお義理です。これで仕事をしなくなったら誰も私のところなんか来ませんよ。裏切られるのがわかってるから、最初から深くつきあわないの」 でも、ちょっと待ってほしい。橋田さんといえば、固い絆で結ばれた泉ピン子(69才)がいるはず。『渡る世間は鬼ばかり』(TBS系)をはじめ、橋田ドラマには必ず顔を出すばかりか、プライベートでも橋田さんと同じ熱海に居を移し、世界一周の船旅に同行するほどの間柄だ。 橋田さんが89才の時に「ママはもう90なんだから」と終活をすすめたのも彼女だし、佐藤愛子さんの『九十歳。何がめでたい』をプレゼントしたのもピン子。そんな彼女でさえ友達ではない、というのだろうか。「ピン子は全くもって仕事上のおつきあいです。もしものときも、見送ってもらうつもりなんか全然ありません」 橋田さんはそうばっさり切り捨てた。しかし少しだけ寂しい表情を浮かべながら、こうも続けた。「不幸だといえば不幸かもしれませんねぇ。“あんなにいっぱい、いい友達が周りにいるのに、誰も信用してないなんて、なんて不幸で嫌な人間なんだ”と言われても仕方ありません。でも、本当にありがたいとは思いますけど、他人には全く期待はしてないんです」※女性セブン2017年2月2日号
2019.03.11 15:49
タモリ「好きな国を見せておきたい」と正月に妻とアジア旅行
タモリ「好きな国を見せておきたい」と正月に妻とアジア旅行
 32年間、平日の昼間に1時間の生放送番組を抱えていたタモリ(71才)の口癖は、「おれは香港より西に行ったことがない」だった。多忙すぎるゆえに、長年、宿泊を伴う旅行はしたくてもできなかったのだ。それは長年連れ添っている愛妻A子さん(74才)も同じ。結婚生活47年間で、国内の夫婦旅行でさえ数えるほどしか行ったことがなかったという。 だが、今ようやく、ゆったりとした夫婦の時間がとれるようになった。「妻を連れて行って見せたい景色があるんです」──。タモリとA子さんは正月早々、東アジア、そして香港を巡る約2週間の旅路についた。 昨年大晦日のNHKの紅白歌合戦には、「ふるさと審査員」としてマツコ・デラックスとともにゲスト出演したタモリ。終始、舞台裏を歩き回り、ステージ上に一度も登場しないという演出で、大晦日のお茶の間を沸かせた。 その数日後のことだ。国際線のカウンターに姿を見せたのは大きなスーツケースを抱えるタモリ。その隣にはA子さんがいた。タモリを知る関係者が打ち明ける。「実はタモさん、紅白が終わってからすぐ奥さんと一緒に海外旅行に旅立ったんです。何でも、インドネシアのバリ島、中国の香港、そして台湾あたりを回ったそうです。年齢的なこともあると思いますが、どうも奥さんの体調が思わしくないようで。海外など遠くに旅行するならば、今のうちにふたりで行きたいところに、ということだったようですよ」 1982年10月には、『笑っていいとも!』(フジテレビ系)と『タモリ倶楽部』(テレビ朝日系)の放送が始まった。30代後半になってスターダムを駆け上がる遅咲きの夫を妻は陰から支え続けた。「当時、A子さんはタモリさんの個人事務所の社長を務め、お金の管理など裏方の仕事をすべてこなしました。タモリさんが番組に集中できたのも、すべてA子さんが夫に尽くしたからです」(A子さんの知人) だが、仕事が忙しくなるほど、夫婦で過ごす時間は減っていった。「月曜から金曜まで『いいとも!』の生放送で朝10時半にスタジオアルタに“出勤”して、金曜夜も『ミュージックステーション』(テレビ朝日系)の生放送。週末も土曜日に『タモリ倶楽部』のロケがあることが多く、休日は週に1日しかない。日曜日に生放送のラジオがあり、正月以外は休みがない状況でした。夫婦でゆっくりと過ごす時間は限られましたが、A子さんは毎朝5時半に起床し、朝食を作ってタモリさんを送り出していました。『いいとも!』を皆勤できたのはA子さんのおかげですよ」(前出・A子さんの知人) 当然、夫婦での海外旅行など叶うべくもなく、タモリひとりでも、海を越えたのは数えるほどしかない。『いいとも!』の終了から2年9か月あまり。この年明け、タモリは念願のアジア旅行に出かけたが、そこには、幾重にも折り重なったタモリの思いが込められている。「実は近年、A子さんの体調がすぐれないそうです。それまでA子さんはご両親の介護のため、東京と地元の福岡を往復する暮らしを続けていましたが、数年前から彼女自身も体調を崩したんです」(前出・タモリを知る関係者) A子さんの別の知人によると、「最近、目の調子がよくなく、都内の大学病院の眼科に通って専門医に診てもらっているそうです。年を重ねるとどうしても増える症状のようで…。だんだんと視野が狭くなるそうなんです。食欲も落ちましたが、今は朝ご飯をタモリさんが作り、“朝は一日の始まりだからちゃんと朝食をとらないと”とA子さんと一緒に食べている」という。 一般的にも加齢に伴って増える眼疾患は多い。典型的なのが「老眼」だ。その他にも白内障や加齢性黄斑変性、緑内障などがある。 以前は自宅付近をタモリとA子さんが連れ立って歩く姿が見かけられたが、最近はほとんど目撃されていない。自宅近くの飲食店店員の話。「2年ほど前までは夫婦でよくいらっしゃいましたが、最近はタモリさんひとりです。大好物の骨せんべいをつまみにゆっくりと瓶ビールを飲み、その後に日本酒を一合と締めに温かい食事を召し上がります。ひとりのときは、やはりどこか寂しそうです」※女性セブン2017年2月2日号
2019.03.11 15:49
テレビを見捨てて大晦日にゲーム三昧の60代が増加中
テレビを見捨てて大晦日にゲーム三昧の60代が増加中
 女性セブンのアラカン名物記者“オバ記者”こと野原広子が、世の中の矛盾に斬り込んでいく! 今回は、平均視聴率40.2%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)となった2016年の紅白歌合戦について、物申す。 * * * 今さらだけど、やっぱり言わずにいられない紅白のこと。この視聴率を、国民的な注目を集めたとNHKは大喜び? 冗談じゃないよ。これはもう出演者がどうのという問題じゃない。マツコとタモリを会場に入れない出だしから、番組構成のたどたどしさが目立ち、つっかえつっかえの進行に「おいおい」と苦笑いしているうちはまだよかったの。 シン・ゴジラは何のために出てきた? ここで私らもいっしょに、「キャーッ、東京、危なーい」って頭抱えろってか? 松田聖子の輝くオデコと宇多田ヒカルの歌唱力に救われたものの、最後の「紅組優勝~」では、「あのなあ~っ! ×※▼◆」と、ここには書けない言葉で毒づいたわよ。 だいたいこの視聴率は、中高齢者がほかに見る番組がなくて、「紅白でもいいからつけておけ」現象だってこと、忘れないでよね。 と、ひとしきり怒ったあと、飼い猫の背中をなでながら思ったね。今回は、話題のあの5人が最後に出るかと身を乗り出したけど、終わってみれば、紅白に何かを期待したことが間違いだったと。◆夜通しの暴力映画を見せる理由は? さて、振り上げた拳をどうしよう。こんなときは、そう、名画で“茶番”を洗い流そうと、年明けの0時から始まった『ゴッドファーザー』(NHK BSプレミアム)にチャンネルを合わせた私。 もちろん、テレビで何度も見ている映画だけど、トシのせいかしら。マフィアの話で暴力シーンはつきものとわかっていても、殴る、蹴る、殺す、が見るに忍びないんだわ。 それにしても、2017年元日の午前0時から、翌朝の9時20分まで『ゴッドファーザーPART II』『ゴッドファーザーPART III』と夜通し暴力沙汰ドラマを流すかね。元日の昼間が『バック・トゥ・ザ・フューチャー』の三部作なら、暴力のないこっちを夜にしてほしかったわ。◆「テレビ? 見ないなぁ」というオバちゃんが増えている かといって、長時間の演芸番組やバラエティーは、箸が転がっても怒り出すアラカン世代には、笑うどころか、頬っぺたが引きつるばかり。 特に若手から中堅どころの芸人の、楽屋話、なれ合いエピソードが出たとたん、問答無用。「芸人なら芸で勝負せい!」とカッとしたところに、安易なかぶりものをされた日には…。 ああ、言い出したら止まらないわ。『大食い世界一決定戦』(テレビ東京)って、どう考えても体に悪いに決まっている大食いをさせて、何が面白いの! 人権委員会とやらはなぜ黙っている! そんなんなら、テレビショッピングの「あと10分で締め切ります」で、受話器を前に買うか、やめるか、じりじりと独り相撲をしていたほうがずっと体にいいって。 と、私らおばちゃんがあらん限りの罵りをしているうちがテレビ局も華。「テレビ? ほとんど見ないからわかんない。大晦日はゲーム三昧」とテレビを見捨てた50~60代が私の周囲にも増えているからね。※女性セブン2017年1月26日号
2019.03.11 15:50
業界内の信望厚い中居正広 BIG3に並ぶ日も近い?
業界内の信望厚い中居正広 BIG3に並ぶ日も近い?
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、昨年末で解散したSMAPの不動のリーダー、中居正広の実像に迫る。 * * * 10代20代の中居正広を知る記者やリポーターらは、「全く喋ってくれなかった」「怖かった」「尖っていた」という印象を少なからずもっていたと思う。「最後の最後まで、SMAPが5人揃ったときは緊張した」との感想を漏らすリポーターらも、「中居くんだけは、一人のときでも緊張した」と振り返っている。 私もそうだった。いちばん最初に取材させてもらったのは『an・an』。「好きな男」ランキングの集計途中で「今年はもしかしたら木村(拓哉)くんを中居くんが抜くかもしれない」という年で、「一人で行くのは自信がない」という若い編集者の付き添いで行ったのだ。 が、何を聞いても、うつむき加減で「そうですね」とか「そうですか?」しか言わない中居。当時、よくテレビ番組のコメントを撮りに行っていたという女性リポーターは、「これと言った話を聞けていないのに、『もういいですよね?』と、席を立たれてしまったこともある」とも言っていたっけ。 それから20年近くが経ち、『怪しい噂の集まる図書館』(テレビ朝日系)の収録後、久しぶりに取材をさせてもらった際の中居は、「中居くん…でいいですか?」と呼び方から確認するほど緊張していた私を笑顔で出迎えてくれた。 当時の番組内容にちなみ、中居にまつわるさまざまな噂を「シロかクロか」で答えてもらうというこちらの企画に、彼は多くのエピソードを挟み込みながら、タップリ答えてくれた。 なかでももっとも憶えているのは、「このあいだ森(且行)くんが夢に出てきた」という話。当時はまだ「森くん」はNGワードのような時代だったので、私を含めた取材陣に再び緊張感が走ったのだが、中居は、「森くんがまた戻って来るって言うんで、どうしよう…って色々考えているところで目が覚めた」と。 さらに中居は、現場マネジャーに「いつだっけ? 一週間ぐらい前だっけ? 俺、森くんの夢見たって言ったよね?」と確認。そこから話はさらに膨らみ、内心、「すごく面白いけど、こんな話は使えない。どうしよう」と、また冷や汗が湧き出てきたのを思い出す。 だが、その話は「書いてOK」ということになり、以降、他メディアでも「森くん」の話が出て来るようになった。 そのとき、もう一つ憶えているのは、同番組を始め、中居ともっとも共演が多かった後輩のKis-My-Ft2の北山宏光、藤ヶ谷太輔、玉森裕太に「先輩・中居の司会ぶり」について事前取材をしたことだ。 北山は「中居さんは勉強家」と言い、藤ヶ谷は「あのヌケ感がすごい」と評価。そして玉森は、「台本を覗いたことがある」と言い、「何も知らないときは、ゆるいカンジで進行しているように見えていたんですけれど、行間や余白にギッシリ書き込んでるんです」と教えてくれた。 それを中居にぶつけると、照れくさそうな顔をしつつも、「当たり前なんで」と、なぜ、そんなことに驚くのかというリアクションだった。つまり、ゲストのことを調べあげて当たり前。台本に書いてないことでも挟み込んだらいいと思うコメントを忘れないようにメモして当たり前…という表情だった。 インタビュー途中、私が「丸くなりましたよね?」と言ったときのリアクションも印象的だった。「年とって、頬っぺたが下がって来たからじゃないですか?」と言った中居。 その数年後である。中居の父が苦しい闘病生活の末、亡くなられたこと。その父の病院に中居が通い詰めていたこと。さらに、中居自身が入院していたことなどが事後報告として彼の口から明かされた。加えて、若い頃からの自分をよく知ってくれていた俳優・今井雅之さんが志半ばで亡くなるのだ。…などなど、公私にわたり、中居がさまざまな辛い経験を重ねていたことを私たちは知る。 ちょうどその頃、中居がCMイベントで「単独では初の囲み取材」を受けたことがあった。心無い質問が飛び、それを静止する関係者との小競り合いもあったなか、中居が絶妙な仕切りで和気藹々とした雰囲気で結んだことは、以前このコラムでも書かせてもらった。 そのタイミングから、業界内で「中居くんの神対応」が話題にされるようになった。 酸いも甘いも噛み分けた大人の男に成長したからなのだろうか? それとも我々マスコミが知らなかっただけで、中居正広はもともと情に厚い、気配りの男だったのか? 私はバラエティー番組の放送作家で多くの芸人と交流があるのだが、ここ数年、彼らから聞く中居の評判というのが、その「神対応」を超えたものばかりなのである。 その多くは「気遣いの人」というもので、差し入れやお見舞いを小まめに届けてもらったとか、身内が亡くなったとき「お線香をあげに来てくれた」など、「なかなかできない」と思うようなことだらけ。『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)最後の収録に、中居が『叙々苑』の高級焼肉弁当を大量に差し入れたことや、スタッフ全員に名前入りのスニーカーを贈ったこと。さらには、『世界に一つだけの花』を歌い終わった後、一人後ろに下がり、カメラに背を向け、明らかに泣いていたにもかかわらず、最後はメンバーと共に全員と写真撮影をすることを提案したこと。その際、満面の笑みを浮かべ、中居の傍らに立つスタッフの肩に手をまわした様子は、過去に関わった全員の名前が記されたエンドロールと共に、スタッフの宝物になったハズだ。 差し入れについては私も想い出がある。中居が主演映画『ATARU』のPRのため、私が構成に参加していた『ジェネレーション天国』(フジテレビ系)に出演したときのことだ。「他局(TBS)の映画なのに、申し訳ないですねぇ」と終始恐縮していた中居は、なんと翌週の『ジェネレーション天国』の収録の際、「先日はありがとうございました」というメッセージ付きで、豪華なサンドイッチを大量に差し入れてくれたのだ。「当日だけでなく、翌週まで…。こんな丁寧な御礼をしてもらったのは初めてだよ」とベテラン演出家らが口々に驚いていた。 実はそのPRの出演方法にも中居は強いこだわりを見せた。同番組内に度々入っていた街頭インタビューの中に中居がフレームインしてきてスタッフからインタビューを受け、『ATARU』のパンフレットなどをチラ見せするというもので、それは中居自身の提案だった。 その前に、『ATARU』の「チョコザイくん」のコスチュームで登場する…という案もあったと聞いていたが、結果、「フツーの通行人」としてフレームインするほうを選択した中居。 そのVTRは番組中、3チャンス流れたのだが、ちゃんと3回目にはオチも付いていて、中居の中で、構成がしっかり組み立てられていることがわかった。「なんだか、(ビート)たけしさんみたい」という感想を多くのスタッフがもったことも憶えている 数年前から、「お笑い芸人さんは、本当にすごい」と芸人へのリスペクトを折に触れて語っていた中居。たけし、明石家さんま、そしてタモリというBIG3と、もっとも多く仕事をしたアイドルとしても、自身がMCを務める番組で中堅芸人らと度々絡んできたことでも、そういう気持ちになったのだろう。 明石家さんまはよく「毎回がオーディション」と言っている。1回、1回の出演で持っている力を最大限に発揮したり、結果を出したりができなければ、「もう次はない」という意味で、それは自身にも常に言い聞かせていることだ。「毎回が真剣勝負」という芸人らの様子を目の当たりにした中居は、彼らに傾倒していくと同時に、彼らの勝負を盛り上げるべく、事前に準備をしたり、気遣ったりしている。もちろん、芸人だけでなく、レギュラーのタレントや女優、文化人らにも同様に接している。 そんな中居の人柄や言動に救われた共演者、多数。昨年で言えば、筆頭はベッキーだっただろう。中居のすごいところは、多くの言葉を使わずとも、その想いがタレントやスタッフに伝わることだろう。中居が最初に手を挙げたことで多数の同業者が後に続くケースを見ることも増えた。被災地の支援や、「パラリンピックのPは、SMAPのP」とのコメントで始まったパラリンピアンとの歩みなども同様だ。 中居に接した人たちの多くは彼を心から尊敬し、その人柄について語り合うことが去年は特に多かったように思う。 SMAPのリーダーとして、彼がどんな想いをしていたか。そのことも、実は多くのタレントやスタッフが目に、耳にしている。 だが、カメラが回っているときには、「おもろいほうを選択する」という明石家さんまのモットーを守っているかのように見える中居。 笑いの才能、芸能界での影響力、そして温かい人柄とマメ過ぎる言動で、あのBIG3と肩を並べるような存在となりつつある「中居さん」「中居くん」を「尊敬している」というタレントやスタッフが本当に増えている。
2019.03.11 15:51
随分前から楽屋も別々だったSMAP 「不仲説」への記者の見解
随分前から楽屋も別々だったSMAP 「不仲説」への記者の見解
 解散が間近に迫るSMAP。彼らを25年間、全力で追いかけ続けた「女性セブン」スタッフのリアルな証言をお届けする。長年、紅白歌合戦の現場などで彼らを取材してきた記者Sは言う。「『おれらはバラバラだ』と5人はよく言うじゃないですか。“バラバラ”というのは単独で活動できるという自負の表れでもあり、だからこそそんなパワーの5人が集まると、とてつもないオーラが出る」 本誌にとり『最後のSMAP特写』は2015年9月の写真。この日初めて5人を撮影したカメラマンは「圧倒されてほとんど覚えていない」と言いながらも振り返った。「ひとりひとりだと割と気さくな雰囲気で取材が進むのに、5人集まった時、その場の空気が一瞬で変わるんです。ああ、スターというのはこういう人たちのことをいうのかと身をもって知りました」 当時35才のカメラマンにとって、SMAPは物心ついた時からテレビで見ていた大スターだった。「中学生くらいの時に、『スマスマ』が始まって…。ドラマもガンガンにやっていて、『自分とほとんど年が変わらないのになんてかっこいいんだろう』とつねに憧れの対象でした。だからこそ、ものすごく緊張して、でもそれ以上にすごく嬉しくて。そんなふうにドキドキしながら、『ずっと5人を撮影することを目標に、カメラマンとして仕事をしてきたんです』と伝えました。今思い出しても胸がいっぱいになります」 同行した本誌スタッフはメンバーの“気づかい”を思い出す。 「草なぎくんは差し入れのカフェラテをすごく喜んでくれて。『これ、飲んでいいの!? ほんとにほんとにいいの!? みなさん(本誌スタッフ)のじゃないの!? 大丈夫?』って何度も聞いてきて。で、ほんとに差し入れだとわかったら、今度はそれを中居くんにもすすめていて(笑い)。中居くんに『オレはいいんだよ~』って、笑いながら言っていてすごく和んだのを覚えています」 撮影現場で5人でずっとしゃべっていることもないし、楽屋も随分前から別になっていた5人。それを“不仲”だと見る人ももちろんいるが、それは彼らがしっかりとした“個”をもったお互いを尊重して、本番で会ったときにそれがぶつかるエネルギーを最大限に引き出すためだったのかもしれない――今、そんなことを思ったりするのも、彼らがずっと私たちにとって特別な存在だったからなのだろう。「人生で判定なんかどうでもいいことだよ」 『ビストロスマップ』の最終回でゲストのタモリ(71才)は、冗談めかしてそんな独り言を言った。確かにそうだ。だから本誌は今心から伝えたい。 本当に25年間ありがとうございました!※女性セブン2017年1月5・12日号
2019.03.11 15:37
小野正利 紅白もレコ大も「アパート6畳間」から行っていた
小野正利 紅白もレコ大も「アパート6畳間」から行っていた
 4 オクターブの音域と、澄み切ったハイトーンヴォイスで注目を浴び、1992年8 月にリリースした 3rd シングル『You’re the Only…』が114 万枚を越える大ヒットとなった歌手の小野正利(49)。あれから24年が経ち、今だから言える『You’re the Only…』の秘話や、甘酸っぱい思い出を語ってもらった。――『You’re the Only…』のヒットで、生活は変わった?小野:あまり変わりませんでした。何も知らずに業界に入ってすぐのヒットだったので、気づけば114万枚に見合うものをもらっていなかったんです。収入としては、自分で考えていた額よりも桁ひとつ少なかったですね。 ぼくはデビューした時、築20年のコーポの、6畳ひと間のアパートに住んでいました。『You’re the Only…』のリリースが1992年8月で、年明けの2月までそこでしたから、『NHK紅白歌合戦』も『日本レコード大賞』も、西日の差す狭い部屋から行っていたわけです。――ミリオン歌手が、6畳ひと間とは。小野:住居にこだわりがなかったのですが、「世間体もあるから引っ越して」と事務所の人に言われて、会社が見つけてきた1LDKのマンションに引っ越しました。“LDK”の意味が初めてわかりました(笑い)。18万円くらいの家賃でしたけど、それは会社が払ってくれました。 いざ1LDKに住んでみたら、カーテンや家具にこだわりだしちゃったんです。その当時は1万円のものを見ても1000円くらいの感覚だったので、やっぱり、金銭感覚はおかしくなっていたんでしょうね。そんな使い方をしていたら、あっという間にお金がなくなって、預金はできませんでした(笑い)。 ――デビュー3か月でブレイクして、浮かれていた?小野:いえ、そこは冷静でしたよ。『You’re the Only…』がヒットした時に思ったのは、これはぼくが認知されたわけじゃなくて、月9ドラマの主題歌だから、みんながCDを買ってくれたんだろうと。一過性のものだから、ここで「やった!」と喜んでいると、あとで恥ずかしいだろうなって。 だから『笑っていいとも!』(フジテレビ系)に出演させていただいた時も、タモリさんに「曲、売れてるね」と言われて、「うーん…」という反応をしてしまって、「嬉しくないの?」って突っ込まれました(笑い)。――手放しで喜べなかった?小野:100万枚以上CDを売るってすごいことで、それは嬉しいんですけど、一方では「困ったな」とも思っていました。積み重ねて登った山なら少しずつ下るんだろうけど、ドンと上がったので、ドンと落ちるだろうと思ったんですよね。 ぼくはMr.Childrenや広瀬香美さんと同じ年のデビューで、ああいう売れ方をイメージしていたんです。じわじわと曲が浸透していって、人気が出ましたよね。下地があるから、変動しても底力があるんです。――現在はバラエティーなどでも活躍していますが、テレビに出ない時期もありましたね。小野:歌手を辞めていると間違われていることがあるんですよ。一昨年くらいに乗ったタクシードライバーに声をかけられて、「小野さんはとても綺麗な高い声で、すごくよかったのに、なんで辞めちゃったんですか?」って。「辞めてませんよ」って言ったら、「すみません、最近見ないから」って、なんのフォローにもなってない(笑い)。『You’re the Only…』の後もヒットと呼べる曲はあるし、ホールのライブもこなしていたんですけど、テレビに映らないと「最近見ないな」という感覚になる方もいらっしゃるんでしょうね(苦笑)。――それくらい『You’re the Only…』はインパクトがありました。小野:この曲はいける、という手ごたえは、デモテープの段階でありました。だから関係者でも「タイアップをつけてドカンと行こうぜ!」という話になり、デビュー曲になるはずだったのですが、ドラマの主題歌として3枚目のシングルになったんです。 だから『You’re the Only…』がプロになって初めての作詞だったわけですけど、ちょっとした裏話があるんです。実は社長に、「お前の高い声がポンと出ればいいから、歌詞は適当でいい」と言われたんです(苦笑)。 適当でいいなら字数だけ合わせようかなって、さらっと考えた歌詞なんです。西日の差す6畳の部屋で、「畳も日に焼けてるな」なんて思いながら書いたんですね。そうしたら、そのまま採用になったのでびっくりしました。今思うと、幼いというか、綺麗すぎるというか、ちょっと恥ずかしい歌詞だなって。――素敵な歌詞だと思うのですが、恥ずかしい?小野:当時25才だったんですけど、変にテクニカルに狙ったり、難しい言葉を使うんじゃなくて、素直に書いたらいいんじゃないかと思ったんです。周りのヒット曲を見渡したら、ベタベタな恋愛曲が多かったんです。それで、ベタでいいなと思って。――当時、思い浮かべていた人や場所はある?小野:ありますね。舞台は鎌倉の海です。若かりし、甘酸っぱい恋を思い浮かべて書きました。20才のぼくは、女性の手も握れないくらい初々しい恋愛をしていたんです。女性には男性と同じような性欲はないと思っていたんですよ。男だけだと思っていたんです、デートの時に悶々としているのは(笑い)。 今でも『You’re the Only…』は大切で好きな曲ですが、そういう意味でも、甘酸っぱい気持ちになる曲です。【小野正利(おの・まさとし)】1967年1月29日生まれ。東京都出身。1992年『ピュアになれ』でメジャーデビュー。同年8月にリリースしたセカンドシングル『You’re the Only…』が114万枚を越えるミリオンセラーに。2006年、ヴォーカルスクール開設。2009年、ヘヴィメタルバンドGALNERYUS ガルネリウス)に加入。バンド、ソロ、ヴォイストレーナーとして、精力的に活動中。撮影■浅野剛
2019.03.11 15:37
なかなかの逸材 テレ朝・竹内由恵アナの魅力を分析
なかなかの逸材 テレ朝・竹内由恵アナの魅力を分析
 放送作家でコラムニストの山田美保子氏が独自の視点で最新芸能ニュースを深掘りする連載「芸能耳年増」。今回は、テレ朝の竹内由恵アナに注目。 * * * 先日、テレビ朝日入社8年目の竹内由恵アナウンサーと食事をする機会に恵まれた。 現在、竹内アナは同局夕方の帯ニュース『スーパーJチャンネル』でメインキャスターの渡辺宜嗣氏の横に座っている。 竹内アナと言えば、あの「ミス慶応」としても有名で、入社した年の秋から『ミュージックステーション』の8代目サブ司会者に抜擢され、2013年まで5年間務めたことでも知られている。 ナインティナインの矢部浩之がメインを務める『やべっちFC〜日本サッカー応援宣言〜』にもリポーターやアシスタントとして8年も出演していることから、芸人からの人気が高い女子アナとしても有名だ。 同局で正月のスポーツ特番をレギュラーで担当しているとんねるずの石橋貴明が、彼女のことを「ヤングたけうち」、先輩の武内絵美アナのことを「オールドたけうち」と呼んでからは、名前がさらに定着したものだ。 その「オールドたけうち」こと武内絵美アナは現在、国会内や党本部などでの直撃インタビューに定評がある。「何といっても、美貌で群を抜いている。武内から呼び止められ、マイクを向けられたら、どんなスキャンダルを抱えている政治家でさえ、一瞬は立ち止まる」とは某ジャーナリストの弁だ。 スポーツにも精通し、アスリートのインタビューや朝日新聞でのコラムも評判だった「オールドたけうち」と同じ道を歩みつつあるのが「ヤングたけうち」こと竹内由恵アナなのである。 実はもう一つ共通点が。いや、“オールド&ヤング”の二人のみならず、下平さやかアナ、堂真理子アナ含め、「『ミュージックステーション』でタモリさんの傍らにいた歴代の女子アナが、みんな報道に来て、活躍している」と、局内で話題だ。 一見すると、タモリの脇で、アーティスト名や曲紹介をするだけのように見える“Mステ”のサブ司会者だが、「あれだけのアーティストに囲まれ、時間にシビアな生放送をタモリさんと共に仕切り、スペシャルでは幕張メッセのような大きな会場を飛び回らなければならないMステは、勉強になることがいっぱい」と、番組スタッフは言う。 実際、歴代のサブ司会者はみな、同番組内で爪跡を遺しているのである。 下平アナや武内アナはアーティストとロマンスのウワサがあったし、アーティストから「堂ちゃん」「どうまり」と呼ばれ、愛されていた堂アナが結婚したときには、SMAPの木村拓哉や宇多田ヒカルが祝福メッセージを送ったものである。 そんなMステで先輩アナらと同様に鍛えられた竹内由恵アナは、「下平や武内とは異なり、どちらかと言えば堂タイプ」だという。つまり、パッと見は、ふんわりしているのだが、いざ仕切らせてみると堂々としていて、すごい度胸の持ち主ということだ。 その竹内アナ、「まさか『スーパーJチャンネル』を担当させていただくことになるとは…、私がいちばん驚いた」と話す。 キュートなルックスで、スーツよりは、ブラウスやニットセーターが似合うタイプ。表情も、眉間にシワを寄せ、常に戦闘態勢で臨んでいるような古いタイプの女性ニュースキャスターとは異なり、穏やかな表情をしていることが多い。 また、同時間帯のニュースで活躍する日本テレビの鈴江奈々アナや中島芽生アナ、TBSの山内あゆアナ、フジテレビの生野陽子アナ、椿原慶子アナとも異なるタイプで、見た目だけで言うなら、報道番組にはもっともハマっていないように見える。 しかし、読みはキッチリしているし、段取りを間違えたり、とっちらかったりしているところも見たことがない。何より、渡辺宜嗣キャスターや、コメンテーターの大谷昭宏氏、萩谷順氏ら、オジサマたちのテンションが穏やかにキープされているのは竹内由恵アナのキャラによるものだとスタッフが分析していた。 かと言って、いわゆる“ジジ転がし”タイプではないし、そのテの女子アナにありがちなフェロモンが溢れ出ているタイプでもないのである。 番組の後半、とてもありがたく思える瞬間がある。それは、竹内アナが“Mステ”の先輩、堂真理子アナとツーショットの立ちでフラッシュニュースを担当する時間帯だ。 夕方のニュースのメイン視聴者であるM3(50歳以上の男性)はもちろん、F3(同、女性)にも決して嫌われないタイプの二人のキュートな美人姉妹のような女子アナが読むニュースは、視聴者の耳のサイズにも目のサイズにもハマっていているとこれまた大評判。女子アナ特有の「前へ前へ」「私が私が」という雰囲気が全くないのもいいし、そこも本当に珍しい。「オールドたけうち」に話を戻すと、彼女は、美人顔を険しくさせたり、ゆがめたりすることがしばしばあるが、「ヤングたけうち」は、常にフラット。 だが、渡辺宜嗣キャスターのおじさん的ギャグへの返しは的確かつ、少量の毒も入っているから、ここは“Mステ”で育まれたアドリブ力が発揮されているのかもしれない。 実際、話してみると、これまたフラット。そしてプライベートでもちょっと毒がある。「誰に似ているだろう?」と考えていたら、元フジテレビの中井美穂アナが浮かんだ。 決してガツガツはしていないが、おじさんウケも女子ウケもよく、“猛獣(大物タレント)使い”という一面もあり、ちょいちょい毒を吐く…。竹内アナは中井さんより小柄で、さらにかわいらしいタイプではあるが、芯は骨太とお見受けした。 30歳とはいえ、まだまだ若手。アーティストにもアスリートにも、はたまた芸人にも名前と顔を知られているので、『スーパーJチャンネル』担当にはなっているが、年末年始特番などには各方面から声がかかっていることと思う。「ヤングたけうち」こと竹内由恵アナの今後におおいに期待している。
2019.03.11 15:37
『Mステ』が初のお引越し
タモリ 反省しない、主張しない、夢は持たない3哲学
 芸能生活40周年を迎えてますます精力的に活躍するタモリ(71才)。『ブラタモリ』(NHK)をはじめレギュラー3本を抱え、年末の『SMAP×SMAP』(フジテレビ系)ではビストロスマップ最後のゲストとして登場。その他、4時間生放送の『ミュージックステーションスーパーライブ』(テレビ朝日系)の司会もこなし、『NHK紅白歌合戦』には33年ぶりにスペシャルゲストとして登場する予定だ。「紅白は2015年もオファーがありましたが、ゆっくり旅行したいという理由で断った。2016年は夏前から猛烈なプッシュを受け出演を決めた。タモリさんが登場するというだけで、SMAPの5人が紅白に出るのではないかという話になる。なにも語らないのにこれだけ影響力を持っている人もいませんよ」(テレビ局関係者) 浮き沈みの激しい芸能界で40年安定した地位を築きあげたのもタモリならでは。自身の哲学に「反省しない」「主張しない」「夢はいらない」という言葉があるという。 年末特番の『オールナイトニッポン』(12月30日放送)のパーソナリティーにも2年連続でタモリが起用。「タモリと2016年」をテーマにデビュー当時の思い出や1年の出来事を振り返ったという。「顔に特徴がないから」サングラスをかけるようになったことや、サングラスをかけたままNHKに出ることに批判を受けた際、永六輔さん(享年83)から「タモリはサングラスをかけているからいいんだ」とかばわれたエピソードなどを明かした。「2016年もっとも印象的だった芸能ニュースは?」と聞かれると、「本当に芸能ニュースに興味がなくて全然知らないんだよなぁ」と一言。SMAPに触れることはなかった。 東京・目黒にあるタモリの自宅にはいつも人が集まっている。青いタイルがちりばめられた外壁はクルーザーを思わせる豪邸。 草なぎ剛(42才)は毎年、タモリの自宅で年末年始を過ごしている。2017年のお正月もその予定。それもタモリだからこそ、なのだろう。※女性セブン2017年1月5・12日号
2019.03.11 15:37

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平手友梨奈の演技に竹内涼真が気遣い 『六本木クラス』撮影現場の和気あいあい
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「女子アナブームの時は週刊誌にすごい撮られました」と振り返る元フジテレビ・中村仁美アナ
【全6局「人気女子アナ」同窓会#3】週刊誌に撮られたときの局内反応の違い
週刊ポスト
南野陽子が20年前に撮り下ろしていた秘蔵セクシーグラビア
南野陽子、20年前の秘蔵グラビア公開 「2002年のまぶしすぎるナンノ」
週刊ポスト
紅白歌合戦に揃って出場した松田聖子と沙也加さん(2011年12月撮影)
聖子と明菜の出場あるか、打ち切り説ある紅白の目玉に? 聖子は沙也加さんと“共演”の可能性も
NEWSポストセブン
8月8日の誕生日当日にバースデーイベントを行った逢田(写真/五十嵐美弥)
声優・逢田梨香子、バースデーイベント成功で明かした「30歳の抱負」
NEWSポストセブン
高校野球中継に放映権料がない問題をどう考えるか(阪神甲子園球場)
高校野球「放映権無料」の是非 甲子園出場校は寄付金集めに四苦八苦の現実
NEWSポストセブン
初入閣したものの、Twitterでの反応が自民党内でも物議を醸している(時事通信フォト)
高市早苗氏の“入閣に不満”投稿は政調会長ポストを奪った萩生田光一氏の「統一教会問題」を痛烈意識か
NEWSポストセブン
勤務するオフィスに向かう小室圭さん
小室圭さん、すでに「年収1600万円超え」報道の背景 転職サイト給与情報の“罠”
NEWSポストセブン
中林大樹の姿を目撃
竹内結子さん三回忌 中林大樹が子供のために決断、家族3人新生活は「海辺の街」で
女性セブン