渡哲也一覧/3ページ

【渡哲也】に関するニュースを集めたページです。

『大都会』ロケ中の1コマ(共同通信社)
石原軍団 裕次郎と渡哲也の人間性が男たちを引き寄せた
「株式会社石原プロモーションの商号を石原裕次郎の仏前に返還する」──そんな宣言とともに、2021年1月16日をもって58年の歴史に幕を閉じると発表した石原プロ。石原プロは、そもそも日活のスターだった石原裕次郎が1963年に設立したものだ。 1960年代には浅丘ルリ子や黛ジュンなど女性スターも所属していたが、映画の自主制作による負債が膨らみ、経営は窮地に陥っていた。 しかし1971年、裕次郎に心酔する渡哲也が加入。1972年に『太陽にほえろ!』(日本テレビ系、1972~1986年)で裕次郎がテレビドラマに進出したことで一気に流れが変わる。 高視聴率を叩き出した『太陽にほえろ!』でテレビの影響力を思い知った裕次郎は、活動の軸足を映画からテレビに移していくことになる。そしてこの頃から、寺尾聰、神田正輝、舘ひろし、峰竜太など続々と若い俳優たちが裕次郎、渡のもとに集まり「石原軍団」が形成されていく。 ビジネスライクな芸能事務所も多いなか、石原プロは「男気」でつながっていたと、芸能レポーターの石川敏男氏は言う。「石原軍団は裕次郎さんに惚れた人間の集まり。さらに裕次郎さんを支える渡さんの背中を見て、また惚れる者が生まれた。舘ひろしさんは出会いから今に至るまで渡さんを『親方』と慕っている。 私が女性誌記者をしていた頃、渡さんが温泉に入っているところをグラビア撮影する仕事があったんですが、いきなり裕次郎さんが『哲ひとりじゃつまんないだろ』と裸で入ってきた。本当にサービス精神旺盛なんです。裕次郎さんに一度会うと、みんな好きになってしまう魅力があった」 1973年入社の神田正輝は、レストランで裕次郎にスカウトされたと伝えられている。『太陽にほえろ!』のプロデューサーだった岡田晋吉氏が言う。「裕次郎さんは『あいつを何とかスターにしたい』と、神田さんに目をかけていた。彼の軽さやコメディタッチのセンスは『太陽にほえろ!』に新しい風を吹き込んだ」 裕次郎と神田の絆は深かったようだ。『太陽にほえろ!』で新人刑事“ロッキー”を演じた木之元亮も証言する。「当時、神田さんと飲む機会がありました。印象に残っているのは『僕は最後まで社長についていく、何があっても社長についていく』と言っていたこと。裕次郎さんとの深い信頼関係を感じました。 裕次郎さんは軍団ではない我々にも優しかった。『太陽にほえろ!』では、七曲署のセットの前にいつもマイクロバスを改造したボス用の控室が停まっていて、出演者はそこに挨拶行く。ある日『ロッキー入れよ』と中に呼ばれたんですが、いつも緊張しっぱなしなのが伝わったのか、『これでも飲めよ』と缶ビールを開けて僕に渡すんです。朝の8時頃ですよ(笑い)。今の現場じゃ考えられないけど、男としてのスケールの大きさに感動しましたね。他の出演者たちも同じような経験をしているはずです」 石原軍団は餅つき大会や忘年会で、スタッフやメディアを盛大にもてなしたことでも知られる。裕次郎と渡の人間性が男たちを引き寄せたのだ。※週刊ポスト2020年8月14・21日号
2020.08.07 16:00
週刊ポスト
松竹梅の新CMで石原裕次郎さんと渡哲也のコラボが実現
石原裕次郎さんと渡哲也がCMで“共演” 松竹梅が記念商品も発売
 故・石原裕次郎さんと俳優の渡哲也(78)が、宝酒造「清酒 松竹梅」の新CMで“共演”していることが話題となっている。7月29日から全国でオンエアされているもので、2人の過去のCMを合成したことで実現した。裕次郎さんが出演した、同商品のCM第1弾が流れたのは1970年のこと。それから50周年を記念して作成されたものだ。 裕次郎さんは、亡くなる1987年までCMに出演。その後、渡が引き継ぐ形でCMに出ていたが、今回がラスト出演となる。 宝酒造では、CM50周年を記念した期間限定の予約注文商品も発売する。 1つは、『松竹梅「幻の共演~石原裕次郎&渡哲也~」特別限定品』。数ある酒米の中でも旨みがあるとして知られる兵庫県産の「山田錦」を全量使用し、精米歩合35%まで磨き上げた大吟醸だ。アンティークボトルに、“幻の共演”ラベルを採用している。 もう1つは2本入りの『松竹梅「幻の共演~石原裕次郎&渡哲也~」特別限定日本酒セット』だ。純米大吟醸の“石原裕次郎ラベル”と、大吟醸の“渡哲也ラベル”がセットになっている。 8月31日までの期間限定で予約注文を行い、予約分のみの限定生産で11月24日から発売する。詳細はhttps://www.takarashuzo.co.jp/shochikubai_cm50th/に掲載している。
2020.07.30 16:00
NEWSポストセブン
みのもんた、銀座超有名クラブの「閉店トラブル」に嘆き節
みのもんた、銀座超有名クラブの「閉店トラブル」に嘆き節
 新型コロナウイルス感染拡大に伴う「接待を伴う飲食店」への逆風は、銀座のネオン街にも吹き荒れている。銀座の高級クラブ関係者が言う。「『3密』の代名詞にされて営業再開もままならない。休業中も賃料や従業員の給料がのしかかって火の車です。たとえ無理して店を開けても、お客が激減するのは明らか。廃業する店が出始めています」 そんな中、銀座随一の名門クラブに閉店情報が駆け巡った。 その店の名は「グレ」。1976年開店の老舗で、かつては王貞治氏や石原裕次郎氏ら各界の大物が足繁く通ったことで知られる。すでに店のホームページは閉鎖されており、営業再開のメドも立っていないという。 銀座の名店もコロナには勝てなかったのか──そう思いきや、どうやら事情は異なるようだ。同店のオーナーとして知られる山口さゆりママが、インスタグラムにこんな投稿をした。〈実は私が経営しておりましたクラブグレが不徳の致すところで経理の女性の背任行為が発生してしまい結果的にお店を取られてしまう事態に至りました〉 店を「乗っ取られた」との主張である。一体何が起きているのか。さゆりママに訊ねた。「一時的に経理の女性を店の代表取締役にしていたんですが、今回の新型コロナで助成金や融資を受けるために私が代表に戻ろうとしたんです。代表者が連帯保証人になると金利が優遇されるものもあるのですが、彼女にその負担を強いるわけにはいかないと思って……。しかし彼女は“代表を降りるなら店を辞める”と2500万円という高額な退職金を要求してきた。金銭面で揉めてしまった結果、私と専務の女性が追い出されてしまったのです。 このままでは『グレ』を続けていくのは難しい。経理の女性との裁判の準備をするとともに、新店をオープンさせようと動いています」 一方、経理の女性は「お話は一切控えさせて下さい。弁護士から説明します」とのこと。しかし締切までに弁護士からの回答は得られなかった。 このトラブルにグレの常連であるみのもんた氏(75)も嘆く。「私も閉店の噂は聞いていました。グレは“さすが銀座”と思わせる素晴らしい店。普通のクラブとは質が全然違います。まさにオトナの社交場で、ホステスもお客も洗練されていたね。昔は渡哲也さんに“アニキ!”と声をかけて、グレで合流してよく一緒に飲んだものです。 この3か月はコロナで全く銀座に出かけませんでしたけど、天の川が見える7月頃になったらまた飲みたいなァ。このまま閉めるとしたら残念で仕方ないですよ」“高嶺の花”もコロナの時代に咲き誇るのは難しいようだ。※週刊ポスト2020年6月26日号
2020.06.12 07:00
週刊ポスト
『家なき子』『聖者の行進』…名作ドラマを再放送できぬ事情
『家なき子』『聖者の行進』…名作ドラマを再放送できぬ事情
 4月に再放送されたドラマが、軒並み高視聴率を記録している。『ハケンの品格 2007特別編』(日本テレビ系)は平均視聴率10.6%、『BG~身辺警護人~傑作選』(テレビ朝日系)は同10.8%、『JIN-仁-レジェンド』(TBS系)は同11.2%と、2桁超を連発。テレビ東京は5月2日、公式アカウントで、「もう一度見たいテレ東深夜ドラマ」のアンケートを開始した。 製作費は事実上“ゼロ”。濡れ手で粟のテレビ局は大喜びかと思いきや、「再放送作品を選ぶのが大変なんです……」と嘆息するのは、あるキー局編成スタッフだ。“様々な理由”から「視聴率を稼げるのに再放送できない人気ドラマ」が多いのだという。 例えば安達祐実主演の『家なき子』(1994年・日テレ系 最高視聴率37.2%)。「同情するなら金をくれ!」のセリフは社会現象にもなったが、地上波での再放送は一度もない。「不幸な境遇の安達がけなげに生きる姿が共感を呼びましたが、いまの時代では、安達へのいじめ描写が貧困家庭への差別を助長しかねないとして、再放送には慎重になっている」(日テレ関係者)『家なき子』と同じ野島伸司氏の脚本作品『聖者の行進』(1998年・TBS系 最高視聴率22.1%)も同様だ。知的障害者をテーマにした意欲作だったが、暴力やレイプシーンが頻出し、放送途中でスポンサーが降板する事態に発展した。「DVD化はされたものの、再放送は一度もなし。主役のいしだ壱成、相手役の酒井法子がともにその後、不祥事を起こしたこともあり、再び地上波で流れる可能性はほぼないでしょう」(TBS関係者) 1980年代の人気作品も局側を悩ませている。斉藤由貴主演の『はいすくーる落書』(1989年・TBS系 最高視聴率19.9%)は、当時人気絶頂の斉藤が新米教師役を務め、主題歌(ザ・ブルーハーツ『TRAIN-TRAIN』)が大ヒットするなど話題を呼んだ作品だが、ドラマの設定が再放送のネックになっているという。「赴任先の工業高校で不良生徒とぶつかり合いながらも互いに成長していく青春ドラマだったのですが、この工業高校を劣悪な環境として描いたことで、全国工業高等学校長協会から抗議があったんです。続編のパート2は工業高校から普通高校に設定を変更しましたが、再放送はされていません」(ドラマ評論家の成馬零一氏) 長渕剛主演の『とんぼ』(1988年・TBS系 最高視聴率21.8%)は、同名主題歌が100万枚を超えるヒットとなるなど、「役者・長渕」の代表作といえるドラマだが、これまで再放送はされていない。「ヤクザが主人公という設定が問題視されている。根底に流れるのは人間愛ですが、ヤクザを美化しかねない内容が暴力団排除条例を重んじる今の時代にそぐわない」(前出・TBS関係者) 一方、ヤクザと対極にいる警察ドラマでも再放送しにくい作品があるという。「『西部警察』(1979年・テレ朝系)を始めとする石原プロ作品は、いまも根強い人気を誇りますが、派手な銃撃戦や暴力シーンを地上波で流すのは難しい。とくに渡哲也の『大都会』(1976年・日テレ系 最高視聴率25.0%)は、刑事役の渡率いる『黒岩軍団』の犯人への暴力描写が激しく、再放送は至難だとされている」(テレビ誌記者) テレビ解説者の木村隆志氏が語る。「近年は作品のテーマや本質、前後の文脈を無視して、シーン一つを切り取ってスポンサーにまでクレームを付ける視聴者が増えた。いじめ、暴力、酒、タバコなど、作品に必要なシーンであっても何がやり玉に挙げられるか分からない時代なので、局側はトラブルを避けるべく自主規制している部分も大きい」※週刊ポスト2020年5月22・29日号
2020.05.11 16:00
週刊ポスト
いま観たい名作ドラマ『35歳の高校生』 主演クラス生徒役で勢揃い
いま観たい名作ドラマ『35歳の高校生』 主演クラス生徒役で勢揃い
 新型コロナの影響で、楽しみにしていた新ドラマの放送も延期となり、悶々とする日々──。そんなあなたの心を満たすため、放送作家の山田美保子さんが「昔といまを見比べる」をテーマに過去の名作ドラマをセレクト。今回は、現在の主演クラスが生徒役で総出演している『35歳の高校生』を紹介します。【『35歳の高校生』】・日本テレビ 2013年4月~・出演:米倉涼子・渡哲也・溝端淳平・山崎賢人 ほか・主題歌:『Flower Song』EXILE・脚本:山浦雅大/高橋悠也・あらすじ:スクールカーストに支配されつつ高校3年の新学期を迎えた生徒たちのクラスに、1人の編入生がやって来る。35歳の高校生・馬場亜矢子(米倉涼子)は、高級外車で登校し、昼休みには喫煙所で一服。年上というだけでなく、「群れる」も「媚びる」もせず「空気を読む」こともしない亜矢子を生徒たちは「ババア」と呼んでからかうが…。以下、山田さんの解説だ。『3年B組金八先生』(TBS系)の昔から、学園ドラマの生徒役は後のスターの宝庫。近年では「ヤンクミ」=仲間由紀恵サン(40才)が3シリーズにわたって教え続けた『ごくせん』(日本テレビ系)シリーズから巣立った皆さんが“好成績”といわれています。メーンの生徒役は役名が与えられていましたが、“その他大勢”のクラスメートは、芸名と役名(下の名前)が同じだったんですよね。でも、その中にも、上地雄輔クン(41才)や松山ケンイチくん(35才)、さいねい龍二クン(38才)が! あ、『35歳の高校生』に話を戻しましょう。とにかく米倉涼子サン(44才)の同級生はいまの主演級が勢揃い。まず男子は、山崎賢人クン(25才)、菅田将暉クン(27才)、高杉真宙クン(23才)、野村周平クン(26才)、上遠野太洸クン(27才)。そして女子には、新川優愛チャン(26才)、森川葵チャン(24才)、広瀬アリスちゃん(25才)、そして私がずっと応援している小島藤子チャン(26才)…、どうしてこんなにも揃ったのかと。 ファンの皆さんの間でも、業界でも、このことは語り草になっていて、失礼ながら、主演の米倉サンや、その他、大人の出演者の皆さんがかすんでしまいそうなのです。 当然、まだまだ全国区ではない「高校生」たちだったのですが、その後の活躍はここに記すまでもありませんよね。 実は同クールには、中学校が舞台になった香取慎吾クン(43才)主演の『幽かな彼女』(2013 年・フジテレビ系)もあって、こちらは、SixTONESの森本慎太郎クン(22才)、King & Princeの神宮寺勇太クン(22才)、岩橋玄樹クン(23才)。女子には広瀬すずチャン(21才)、上白石萌歌チャン(20才)、山本舞香チャン(22才)、荒川ちかチャン(20才)ら、これまた宝庫だったのです。『幽かな彼女』の主題歌は、SMAPの『Joy!!』。エンディングにキャストが揃って踊るトレンドを作った作品でもありました。きっと、『35歳の高校生』と併せて楽しめますよ。 個人的にはKis-My-Ft2の北山宏光クン(34才)の先生役もツボでした。◆構成/山田美保子『踊る!さんま御殿!!』(日本テレビ系)などを手がける放送作家。コメンテーターとして『ドデスカ!』(メ~テレ)、『アップ!』(同)、『バイキング』(フジテレビ系)、『サンデージャポン』(TBS系)に出演中。CM各賞の審査員も務める。※女性セブン2020年5月7・14日号
2020.04.30 07:00
女性セブン
裕次郎さんの表情をしながら
ゆうたろうが占い師として脚光、名前隠して電話鑑定の活動も
 光沢のあるスリーピーススーツを着込み、迫力のある険しい表情でブラインドをのぞき込む――。昭和の大スター・石原裕次郎さんのモノマネで知られるお笑い芸人のゆうたろう(50才)が、なんと占い師として熱い注目を集めている。占いを始めたきっかけや占いを通じて伝えたいことについて、本人が語った。――モノマネ芸人としてのイメージが強いのですが、なぜ占いを始めたのでしょう?ゆうたろう:ぼくが生まれ育ったのは、霊験あらたかな成田山新勝寺のある千葉県成田市で、ぼくの周りには僧侶や霊能者等のかたたちがたくさんいらっしゃいました。そのためかぼくも“霊感体質”で、子供のころから霊的なものが見えたり、火の玉に追いかけられたりしたこともあります。そして不思議と“ちょっと先がわかる”こともありました。 例えば、友人が恋人とどうなるかというのも“感じる”んですが、ぼくが突然「その彼女はやめとけよ」なんて忠告したら、友人は「根拠もないくせに!」と怒りますよね。実際に揉めたこともありました。――せっかくの忠告も、受け入れられなければ意味がない。ゆうたろう:そのころに出会ったのがタロット占いです。いとこが40年ほど前にテレビでも人気の占い師だったのですが、その関係で知り合った占いのお師匠さんに「占いをやってみたら?」と言われました。それで17才くらいからタロット占いを始めたんです。 友人にアドバイスするときには「タロットカードがそう言ってるよ」とフィルターを通すことで素直に聞いてくれて、揉めなくなりました。そして、しばらくして「お前の占いどおりだったよ」と言われることが非常に多かったんです。そんな経緯で、プライベートではずっとタロットカードを使ったリーディングをしていました。――芸能界では以前から「ガチで当たる」と評判だったとか。ゆうたろう:お笑い芸人のミラクルひかるさん、元SKE48の加藤智子さん、歌手の松原のぶえさん、夏川りみさん、城之内早苗さん、女優の児島美ゆきさん、とある力士のかたなど、楽屋でよくタロットで占っていました。そこからよく当たると噂になったようで、昨年末、ファッション誌に占い師として紹介されてから一気に広がりました。――そこから占い師としても正式に活動をすることに。ゆうたろう:実は昨年の半ばころから別名義で電話鑑定をしていたんです。ぼくは真剣に相談を聞いてリーディングをしますが、ゆうたろうと名前を出すとお笑い芸人という色眼鏡で見られてしまうし、逆に真剣な顔を見せることでお笑いとしてウケなくなるかもしれない。でもすでに評判が知られているので、今年からは予約限定でゆうたろうとしても占いを受けています。もちろん名を伏せての電話鑑定も続けています。――もう一つのお名前は?ゆうたろう:それは言えません。ぼくの鑑定を頼りにしてくれるかたがいっぱいいるので、そのかたたちに「実はゆうたろうでした」みたいな、ネタみたいなことはしたくないんです。――女優さんたちを占ったときの反応は?ゆうたろう:どうも当たっているのか、みんな最後には涙を流すかたが結構いらっしゃいますね。芸能人は秘密を抱えこみやすいから、1人で悩むことも多いのでしょうね。内容は絶対に言えませんけどね。芸能人に限らず、女性は恋の悩みが多いですよ。男性はお金や仕事の悩みですね。 占いで現状を突き付けるのではなくて「今はこうだけど、こうすれば良くなるから大丈夫」と抜け道を探すリーディングを心掛けています。ハッピーリーディングですね。最後は笑顔になる話をしたいと思っています。――昨年末に投稿されたYouTube動画では、新型コロナウイルスの流行を予期するような内容を語っている。ゆうたろう:2020年の日本を占ったのですが、「日本は2月にトラブルがある。逃げるような事柄が起こる」と占ったことが「新型肺炎の予知のようだ」と言われたりしています。今年は半ばごろまで悪いカードばかりが出たので心配なんです。 たとえば、7月8月は東京オリンピックが開催されるのに全体的に盛り上がらないと出ています。それに天変地異のカードも出ています。地震か地殻変動でしょうか。3月~5月が怪しいんです。大地震が起きないといいのですが…。――占いでは“笑い”ナシですね…。占い1本にしてもうモノマネはしない?ゆうたろう:モノマネのネタしながら占う人に見てもらいたいですか?(笑い)。このキャラクターで30年近くやらせていただいたので続けたいけれど、両立は難しいかなと感じています。少なくとも「裕次郎さんのマネをしながら占う」みたいな、どちらも中途半端になるような仕事の仕方はしないと思います。 占いが表に出るほどお笑いは終わりになるかも…。本当に悩んでいる人は、お笑い芸人に相談したくないでしょ。――なぜ初めから占い師にならず、裕次郎さんのモノマネをしていたのでしょう?ゆうたろう:これも不思議な縁なんです。ある日、裕次郎さんがぼくのベッドに寝ていて、そばに渡哲也さんが立っているのが見えたことがあります。夢かと思ったのですが、霊感の強い母親に「裕次郎さんと話していたでしょ」と言われて驚きました。その数日後に「裕次郎さんのモノマネをしてみないか」という仕事の依頼があって、モノマネ芸人として活動を始めたんです。スピリチュアル体験に導かれたようですよね。――これからは占い師としての活動を広げていく?ゆうたろう:ぼくの占いで笑顔になってほしい、幸せにしたいという気持ちから、リーディングの力があることを公表した面もあります。悩んで行きづまる前に、どんな選択をすればいいんだろうって迷いが生じますよね。適切な道を見つける手助けができたら嬉しいです。【ゆうたろう】1970年2月21日生まれ。石原裕次郎さんのモノマネで知られ、石原プロからも公認されている。2000年、秋元康作詞の『有線よありがとう』で第33回日本有線放送大賞音楽賞受賞。2019年より占い師としても活動。撮影/浅野剛
2020.03.05 16:00
NEWSポストセブン
まずまずのスタートを切った『麒麟がくる』
史上最高の「大河ドラマ」総選挙ベスト20
 主役級のキャストがずらりと揃い、緻密な脚本と豪華な演出で歴史という“大河”を1年かけて描く。NHK大河ドラマは1963年の開始以来、「テレビドラマの最高峰」で在り続けている。では歴代作品のうち、そのナンバーワンは? 大河ファンの本誌・週刊ポスト読者1000人が選んだ──。◆将棋で秀吉の本質を描く 59作目になる大河ドラマ『麒麟がくる』は、ヒロイン・沢尻エリカの降板で例年より遅い1月19日からのスタートとなったが、視聴率は20%近くを維持し、放送後の評判も上々だ。「前作『いだてん』が近代の設定だっただけに、『麒麟がくる』のド派手な合戦シーンに“これぞ大河!”と興奮しました。主人公・明智光秀(長谷川博己)の清廉さと主君である斎藤道三 (本木雅弘)の残酷さが好対照で、やはり大河は別格だなと再認識しました」(58歳自営業) しかし、『麒麟がくる』が今後比較されるであろう過去の名作の輝きは、あまりにまばゆい。 読者が選んだ1位は39.7%の歴代最高平均視聴率を記録した渡辺謙主演の『独眼竜政宗』(1987年)だった。「かわいかった梵天丸 (主人公・伊達政宗の幼名)が病で“独眼竜”になりながら逞しくなっていく様子に胸が躍りました。渡辺謙さんを見たのはこのドラマが初めてでしたが、まさかこんな大物になるなんて!」(65歳会社員) 梵天丸が不動明王像を前に言う「梵天丸もかくありたい」という言葉は流行語になり、真似する子供が続出した。 梵天丸を演じた藤間勘十郎氏は現在、39歳。当時の撮影をこう振り返る。「そのセリフは撮影当時とくに思い入れもなく、あんなに反響を呼ぶとは思ってもみませんでした。印象に残っているのは、お父様(伊達輝宗)役の北大路欣也さんと馬に乗るシーンです。僕は乗馬をしたことがなく、さらに鞍ではなく馬の首にしがみつかなければいけなくて怖かったのですが、北大路さんが自分と僕を見えないように紐で括りつけて『これだったら絶対に落ちないから大丈夫』と言ってくださって何とか撮影できました」 秀吉を演じる勝新太郎と若き日の政宗の対決も見物だった。百姓一揆を煽動したとされる「鶺鴒の花押」(せきれいのかおう)事件で、嫌疑をかけられた政宗が秀吉に呼び出されて上洛する。「久々に見た勝新がとんでもない大物オーラを放っていて、画面に釘付けになりました」(60歳会社員) 勝は緊張感を高めるために、このシーンの収録まで渡辺に一切会わなかったという。脚本を担当したジェームス三木氏が当時を振り返る。「首元にいきなり采配を突きつけたのは、勝さんのアドリブ。あれには驚いた。秀吉と政宗の腹心が将棋を指すシーンもありましたが、実は勝さんとは彼の事務所でよく将棋を指していたんです。なかなか強くてね。それで将棋のシーンを思いついた」 秀吉は王将と角、歩しか持たず、「代わりに自分だけ三手進める、どうじゃ」と持ちかけ、三手で相手の玉を取ってしまう。「将棋を通して秀吉の本質を描こうとした」(ジェームス氏)という。 18位の『八代将軍吉宗』(1995年)もジェームス氏の脚本だ。徳川御三家・紀州藩の四男で、将軍になるはずのなかった吉宗(西田敏行)が運命のいたずらで将軍の座にのぼりつめる。「平和な時代を描くのは難しいんだよ(苦笑)。女性や幅広い年齢層に見てもらうために、ホームドラマの要素も取り入れました。質実で明るい吉宗を、西田が見事に演じてくれた」(同前)◆「本能寺の変」を2か月延期 黎明期の大河ドラマを「国民的ドラマ」の地位に引き上げたのは、7位に入った『赤穂浪士』(1964年)だ。「討ち入りの日に、長谷川一夫演じる大石内蔵助が『おのおのがた、かねての手はず忘れぬよう……』と言った台詞は今でも記憶に残っています。学校でもみんな真似して、ちょっと鼻にかかった声で『おのおのがた』って言ってたなぁ」(66歳自営業) 翌1965年の『太閤記』も6位にランクイン。「秀吉というと“猿”のイメージだけど、緒形拳の真っ直ぐで、カッコいい秀吉が大好きだった」(72歳無職)「炎と白煙に包まれた部屋のなかで、白装束に身を包んだ信長(高橋幸治)が自害するシーンが鮮烈だった」(75歳自営業) まだ文学座研究生だった高橋演じる信長の人気はすさまじく、「信長を殺さないで」という投書がNHKに殺到。本能寺の変の放送が2か月も延期されたという。 秀吉をテーマにした作品では、竹中直人演じる『秀吉』(15位・1996年)も人気が高かったが、こちらも主役以上に注目が集まったのは信長だった。「渡哲也の、言葉ではなく表情だけで相手を震え上がらせるような雰囲気はさすが。本能寺の変で『神が死ぬか!』と叫びながら刀で首元を切るシーンには息を飲んだ」(55歳会社員) 大河ドラマといえば、その時代をどう描くかにも注目が集まる。『秀吉』の時代考証を担当した、歴史学者で静岡大学名誉教授の小和田哲男氏がその舞台裏を語る。「『秀吉』では、洪水によって石垣が壊れた清洲城を秀吉が修理するシーンが出てくる。修理箇所を10箇所に分けて作業員を競わせ、工事の効率を上げるという秀吉の切れ者ぶりを表わすエピソードですが、『信長時代の清洲城に石垣はない』ことをNHK側に伝えたところ『土塁や土塀では迫力が出ない』と。議論した末、『将来的には石垣が発掘される可能性もある』として私が妥協する形になりました(笑い)」 史実と創作のせめぎ合いが名シーンを生んだ。◆『龍馬伝』の映像革命 大河には女性の存在も欠かせない。女性が初めて単独の主人公となった佐久間良子主演の『おんな太閤記』(14位・1981年)、大原麗子の代表作ともなった『春日局』(19位・1989年)など、女性が単独主人公の大河は10本あるが、その中で最も支持を集めたのは宮崎あおい主演『篤姫』(4位・2008年)だ。「篤姫に会えないまま、夫の徳川家定(堺雅人)が息を引き取る場面は、夫婦でティッシュを奪い合いながら見ていた」(54歳会社員) 近年の大河のなかで、「映像面で従来とは違う新機軸を打ち出した」(ドラマ評論家の成馬零一氏)と評価が高いのが3位にランクインした『龍馬伝』(2010年)だ。「画面に砂煙が舞っているような特徴的な映像を作ったり、生々しさや臨場感溢れる映像によって作品のリアリティが増しました」(同前) 一方、ストーリーの新しい見せ方が話題になったのが2位にランクインした『真田丸』(2016年)。「三谷幸喜脚本で、戦国モノながら戦いの場面はあまり描かれず、議論のシーンのほうが多かった。台詞の掛け合いや主人公たちの心の動きを楽しめるものだった」(同前) 2022年に放送予定の大河『鎌倉殿の13人』でも三谷氏が脚本を務めることが発表されている。 現在放送中の『麒麟がくる』は、歴史上では「悪人」として描かれる明智光秀が主人公なだけに今後どのようなストーリーになるのか注目を集めている。同作品の時代考証を担当している前出の小和田氏が言う。「光秀は謎の多い人物ですが、彼が書いた文書(手紙)のなかには、戦でケガを負った家臣に対して『傷の具合はどうだ?』『良い薬があるから送る』といった内容のものが多い。私は戦国武将の文書を何千通も読んできましたが、光秀ほど家臣に労りの声をかけた武将はいません。脚本家の方には光秀の人間像がわかるエピソードを伝えてあります」 過去の名作を超える傑作になるだろうか。※週刊ポスト2020年2月14日号
2020.02.06 11:00
週刊ポスト
1000人が選んだ史上最高にカッコいい「刑事ドラマ」ベスト20
1000人が選んだ史上最高にカッコいい「刑事ドラマ」ベスト20
 今も昔もドラマの大定番ジャンルといえば「刑事ドラマ」。派手な銃撃戦を繰り広げるアクションものから、緻密な推理で犯人を突き止めるミステリーものまで多種多様な傑作が生まれてきた。「史上最高の刑事ドラマ」は何か。本誌・週刊ポスト読者1000人にアンケートを実施した。◆まさか死ぬなんて 今まさに、刑事ドラマブームが起きている。「平均視聴率14%と安定した人気を誇る水谷豊主演『相棒』シリーズ最新作(毎週水曜夜9時~)に対抗するように、各局で刑事ドラマが5本も乱立した。それだけ視聴率が見込めるということです」(民放テレビ局関係者) ドラマ評論家の成馬零一氏は、人気の理由をこう分析する。「刑事がどういう職業かみんなイメージしやすい。最後には刑事が犯人を逮捕するという勧善懲悪の構造が分かっているから、視聴者は安心して見られる。作る側にとっても、そこにミステリー、アクション、人情などいろんな要素を組み合わせられるし、犯人を通して社会問題も描ける。時代が変わってもそれに合わせて作りやすいんです」 しかし、過去の名作・傑作を乗り越えるのは容易ではない。 最も多くの票を集めたのは、石原裕次郎主演の『太陽にほえろ!』(日本テレビ系)だった。1972年から15年間にわたって放送され最高視聴率は37%を記録した。「ブラインドがあると、ボス(裕次郎)の真似をして、つい少し隙間をあけて様子を窺うフリをしていました(笑い)」(63歳会社員) 同番組プロデューサーの岡田晋吉氏が語る。「放送当時は刑事がお堅いイメージだったなか、七曲署の同僚ひとりひとりに魅力的なキャラクターとあだ名を設定し、身近な存在として描いたからでしょう。ショーケン(萩原健一)演じるマカロニは長髪だったから、『こんな刑事はいない』と言われましたが、むしろ“当時の若者がたまたま刑事になった”という設定にしたかったんです」 マカロニの殉職シーンは、名場面として名高い。「まさか死ぬなんて! 『かあちゃん、あついなぁ……』というセリフが切なくて、今でも胸が熱くなる」(60歳元公務員) その裏事情を、岡田氏が明かす。「マカロニの成長物語として長期番組にするはずだったのに、ショーケンが“もうやり尽くしちゃったよ”と言い出しちゃった。そこで、苦肉の策としてマカロニが殉職するという形で卒業することにしたんです。しかし、そのシーンが話題を呼び、新人刑事の殉職がパターン化したことで、結果として長期番組になった」 松田優作演じる2代目新人刑事・ジーパンの「なんじゃ、こりゃ!」など、殉職シーンがドラマの目玉に。1977年に髭面の新人刑事・ロッキーとして登場した木之元亮氏が当時を振り返る。「初めの頃は緊張しっぱなしでしたが、裕次郎さんが僕の緊張を解きほぐそうと、『ア行だのサ行だの難しいセリフもあるけど、俺もサ行がダメなんだよ』と言ってくれて気持ちが楽になりました。 その後、ドラマの中で結婚して子供も生まれていたので、一時は殉職できないのかなと思っていた。だから、殉職できた時は嬉しかったですね。あだ名がロッキーなので、冗談で『ロッキー山脈で死ねたらいいな』といったら、本当に希望通りになったんです」◆鼻歌のテーマ曲 3位は1961年放送開始の『七人の刑事』(TBS系)。15位の『部長刑事』(1958年・テレビ朝日系)とともに、日本の刑事ドラマの原点ともいうべき作品である。「よれよれのトレンチコートにハンチング帽をかぶった沢田部長刑事(芦田伸介)に憧れて、親父のコートを借用しては真似したものです。ン~ン~ンンンっていう鼻歌のテーマ曲は今も耳に残っています」(73歳無職) ちなみに沢田部長刑事のモデルは、実在した警視庁の名刑事・平塚八兵衛だったという。 4位にランクインしたのは、石原プロが手がけた『西部警察』(1979年・テレビ朝日系)。渡哲也演じる“団長”こと大門圭介が率いるのが、凶悪な犯罪者にも恐れられる「大門軍団」。その“お目付役”が木暮謙三役の石原裕次郎だった。「サングラスをかけたコワモテの団長がショットガンをぶっぱなす姿は、まさに男の憧れでした」(52歳会社員) アクションは『太陽にほえろ!』からさらに過激になって、軍団専用の“違法改造車”や装甲車まで登場。同じく渡が主演した『大都会』(1976年・日本テレビ系)も18位に入っている。 激しいアクションをウリにしながらも、コワモテの大門軍団とは一味違う、スタイリッシュな2人組を主人公にしたのが、5位『あぶない刑事』(1986年・日本テレビ系)だ。『あぶデカ』を手がけたのも前出・岡田氏だった。「とにかくタカ(舘ひろし)とユージ(柴田恭兵)が暴れてくれればいいと思っていました。ダブル主人公ものはクレジットでどちらの名前を上にするかが難しいんですが、オープニングを作る際に彼らの職場である警察署にカメラを持って入っていき、たまたま先に出てきたのが舘で、次が柴田だったから、名前の順番も舘、柴田の順にしました(笑い)」 6位の藤田まこと主演『はぐれ刑事純情派』(1988年・テレビ朝日系)は“人情モノ”の代表格。元捜査二課刑事でドラマの監修なども手がける土井紀人氏も高く評価する。「刑事が相手の心理をいかに掴んでいくか。資料を収集し、証拠を分析し、どう事件の“筋読み”をするか。細かい部分がよく描かれていた」◆『相棒』はいいとこ取り 7位に入った海外ドラマの『刑事コロンボ』(1972年・NHK)。冒頭のシーンで犯人が明らかになり、コロンボがその犯人をしだいに追い詰めていく様子に、視聴者はハラハラドキドキ。「帰りかけたコロンボが振り返って“あと一つだけ”といって、ねちっこく質問を浴びせる場面は毎回楽しみだった」(75歳無職) そんなコロンボをオマージュしコミカルな笑いの要素も取り入れたのが、12位の田村正和主演『古畑任三郎』(1994年・フジテレビ系)である。脚本は大のコロンボファンを公言する三谷幸喜だった。「1980年代までの刑事ドラマは“アクション”と“人情”がお約束でした。1990年代に入ると世間のミステリーブームもあって、『古畑』のように『コロンボ』の影響を受けたミステリー型の刑事ドラマが増えていきました」(前出・成馬氏) 1990年代には、警察組織にスポットを当てるドラマも大ヒットした。 8位の『踊る大捜査線』(1997年・フジテレビ系)は、刑事ドラマに“リアリティ革命”をもたらした。「キャリアとノンキャリという聞いたこともなかった言葉が飛び交い、青島(織田裕二)は、主人公なのに“所轄は引っ込んでろ”と言われて捜査に参加すらできない。『本当の警察ってこんなだったの!?』と驚いた」(46歳会社員) 前出・土井氏も太鼓判を押す。「織田裕二さんが警視庁マスコットのピーポくんの着ぐるみを着て出てくるシーンがありましたが、私も同じ経験があり、リアルだなと思って見ていました」 近年の新潮流として、女性刑事が主役を張るものが増えている。13位の竹内結子主演『ストロベリーナイト』(2010年・フジテレビ系)が代表格で、17位で現在放送中の沢口靖子主演『科捜研の女』(1999年・テレビ朝日系)シリーズは、警察組織の中でも科学捜査研究所にスポットを当てている。 刑事ドラマは時代とともに多様化してきたが、前出・成馬氏によれば、過去の刑事ドラマの集大成と言えるのが、2位の『相棒』(2000年・テレビ朝日系)だという。「基本型は『刑事コロンボ』のようなミステリーですが、『はぐれ刑事純情派』のような人情モノ要素もあり、『踊る大捜査線』のような“組織モノ”要素もある。さらに、シーズンごとに相棒役やカラーも変わる点は、『太陽にほえろ!』以来の長期番組の常套手段を踏まえている。そうしたいい意味での“いいとこ取り”が『相棒』の強みなのだと思います」 数々の名作を超える新機軸の刑事ドラマは、いつ現われるのだろうか。※週刊ポスト2020年2月7日号
2020.01.30 11:00
週刊ポスト
渡哲也、高畑裕太、斉藤由貴… NHK大河降板劇の数々
渡哲也、高畑裕太、斉藤由貴… NHK大河降板劇の数々
 来年の大河ドラマ『麒麟がくる』に準主役級で出演が決まっていた沢尻エリカ(33)が逮捕されたことで、代役探しが大きな注目を集めた。様々な女優の名前が噂されたが、若手の川口春奈(24)に決まり、これから撮影をして1月放送に間に合わせるという。1963年に『花の生涯』が放送されてから、2021年放送予定の『晴天を衝け』で60作を数える大河ドラマを振り返ると、様々な理由で出演俳優が降板した歴史がある。そのなかから、代表的な事例を紹介しよう。●『勝海舟』(1974年) 勝海舟役 渡哲也→松方弘樹 渡は第9話収録時に肋膜炎が発覚し大河の長い歴史上で唯一、主演俳優の降板となった。『勝海舟』では脚本の倉本聰氏もスタッフとの不和で降板しており、スキャンダラスな作品となった。●『太平記』(1991年) 新田義貞役 萩原健一→根津甚八 慢性真珠腫を患い、三半規管の機能を失って直立困難となったショーケン。自身も後に「生涯最大の難病だった」と発言している。●『功名が辻』(2006年) 堀尾吉晴の妻“いと”役 杉田かおる→三原じゅん子 杉田は初回の撮影をドタキャンし、その後「スケジュールの都合」と出演を辞退した。離婚発表後だったため、それが原因とも囁かれた。●『黄金の日日』(1978年) 蜂須賀小六役 室田日出男→役ごと消滅 東映の人気俳優として抜擢された室田だが覚醒剤所持で降板。代役はなかった。しかし、室田はその後1993年の『琉球の風』で大河に復帰した。●『毛利元就』(1997年) 尼子経久役 萬屋錦之介→緒形拳 度重なる闘病を乗り越えて重要キャストに抜擢されるも中咽頭がんが発覚。闘病の末、翌年に死去。●『真田丸』(2016年)真田信政役 高畑裕太→大山真志 大抜擢で母の女優・淳子と親子共演を果たすはずが、強姦致傷の疑いで逮捕(その後不起訴)され、降板となった。●『西郷どん』(2018年) 篤姫の大奥女中・幾島役 斉藤由貴→南野陽子 週刊誌の不倫報道が原因で斉藤側から出演辞退の申し入れがあった。代役のチャンスを得た南野は好演し、女優としての転機となった。●『西郷どん』(2018年) ナレーション 市原悦子→西田敏行 斉藤由貴の出演辞退が発表された2か月後、自己免疫性脊髄炎で休養中の市原の病状が回復しないことを理由にナレーションを辞退。『西郷どん』は放送前に降板が連発した。●『いだてん~東京オリムピック噺』(2019年) 黒坂辛作役 ピエール瀧→三宅弘城 足袋職人の役柄で出演するも、10話放送のタイミングで、コカイン使用の容疑で逮捕。2週後からは代役の三宅に変更。DVD販売用に以前のシーンは全て三宅で再撮影された。●『いだてん~東京オリムピック噺』(2019年) 大松博文監督役 徳井義実→出演シーン縮小 日本女子バレーボールの監督役で出演予定だった徳井の所得隠しが発覚、11月3日放送分では約4分間に出演シーンを縮小した上で、番組冒頭で再編集を伝えるテロップを表示した。※週刊ポスト2019年12月6日号
2019.11.26 11:00
週刊ポスト
脚本家「怒りの降板事件簿」 大河、仁義なき戦い、金八先生
脚本家「怒りの降板事件簿」 大河、仁義なき戦い、金八先生
 来春スタートの朝ドラ『エール』の脚本家(林宏司氏)の降板がNHKから発表(11月5日)され、「異例の事態」と報じられているが、過去には『エール』と同じように、脚本家が降板したケースがある。NHK大河ドラマ『勝海舟』(1974年)の倉本聰氏だ。 主演の渡哲也が病気のために降板し、倉本氏がキャスティングに奔走したが、それが仇になったという。「倉本氏は見事に松方弘樹を口説き落としましたが、NHKのディレクターたちが反発したんです。台本の読み合わせにも参加して緩急や間の取り方を指導する“倉本流”も、『演出の領域に踏み込む行為だ』と受け入れられなかったと、倉本氏が自著で明かしています」(テレビ誌ライター) 菅原文太主演の国民的映画『仁義なき戦い』でも、シリーズ5作目『完結篇』(1974年公開)で脚本家の降板劇があった。「『完結篇』はシリーズ5作目。それまで描かれていた第二次広島抗争は第4部の『頂上作戦』で終焉していましたが、東映はシリーズの大ヒットを受けて続編を決定した。しかし、脚本の笠原和夫氏は『第4部で終わっている』と主張し、脚本の執筆を拒否したのです」(ベテラン映画関係者) ドラマでは、『3年B組金八先生』(TBS系)の脚本を25年間にわたって書き続けた“金八の生みの親”こと小山内美江子氏が、2005年の第7シリーズ途中で降板。当時75歳だった小山内氏の「体調不良」と発表されたが、「小山内氏とTBSの間で、作品の目指すべき方向性に溝が生まれていた」とも報道された。 第7シリーズを機に放送時間が夜10時台に変更されたことについて、小山内氏は制作発表の場で、「正直言って気に入らないとプロデューサーに申しました。中学生が夜中に渋谷で遊んでいるのはおかしいと言いながら、夜10時からドラマを見ろとはいかがなものか」と苦言を呈しており、後にインタビューで「金八はもうやらないほうがいい」とも発言している。 深田恭子主演のドラマ『女はそれを許さない』(2014年、TBS系)は、『君に届け』や『近キョリ恋愛』などの話題映画を手がけてきた映画監督・熊澤尚人氏が演出を担当することで話題になったが、クランクイン直前に熊澤氏が降板。「役柄の設定について深田から変更要請が入り、熊澤氏と衝突した」と報じられている。芸能レポーターの石川敏男氏が語る。「降板劇に共通しているのは、役者と制作陣双方の“こだわりの強さ”ゆえだということです。全力で取り組んでいるからこそ意見がぶつかる。むしろ降板騒動があまり起きなくなった最近のテレビや映画界は健全ではないと思いますね」 ぶつかり合いを乗りこえた先にこそ、良質な作品が生まれるのだろう。※週刊ポスト2019年11月29日号
2019.11.24 16:00
週刊ポスト
『水戸黄門』が50周年、脚本家はすぐに終わらせる予定だった
『水戸黄門』が50周年、脚本家はすぐに終わらせる予定だった
 日本の時代劇でもっとも有名な作品といえば、多くの人が『水戸黄門』を挙げるだろう。この時代劇の名作が今月で50周年を迎えた。これまで25年以上、『水戸黄門』を取材してきた時代劇研究家でコラムニストのペリー荻野さんが知られざる逸話を綴る。 * * * そんなわけで、武田鉄矢主演の『水戸黄門』(BS-TBS)第二シリーズは九州世直し旅を続けて、博多に到着。11日最終回のタイトルは「老公、なんばしよっと?」であった。最終回だけに、内容もてんこ盛りの大サービス。なんと博多にご老公こと水戸光圀(武田)にうり二つの金貸しおや(武田二役)がいて、大騒動になる。金貸しおやじは「このバカちんが!」と武田の得意文句を連発。このことによって、「武田鉄矢は博多弁を使うと声のトーンが高くなる」と判明したのだった!…って、ここに感心している場合じゃなくて、重要なのは、この8月でTBS系の“今のスタイル”の『水戸黄門』が、50周年となったということだ。  おー。すばらしい。ただし、「今のスタイルの」とつけたように、この50周年は、1969年8月に始まったTBS「ナショナル劇場」の枠でスタートしたシリーズについて。水戸光圀がお供の助さん、格さんと世直し旅をするストーリーは、このシリーズ以前にも映画やテレビで多数映像化されている。いざとなると格さんが「控えおろう!」と、葵の御紋の印籠を見せて、悪人たちをギャフンと言わせるスタイルが定着したのは、「ナショナル劇場」だったのだ。  これまで私は25年以上、『水戸黄門』について取材してきたが、このシリーズのスタート時については、意外な事実も多かった。 一番意外だったのは、そもそもシリーズにするつもりがなかったということ。番組スタートの準備期間は4か月ほどしかなく、当初決まっていた主役(森繁久彌)は諸事情によって降板したことはよく知られている。初代ご老公が俳優座の重鎮・東野英治郎に決まったものの、内容がなかなか固まらない。月曜8時、家族みんなで楽しめる「時代劇ホームドラマ路線」でいこうとしたが、大御所脚本家から届いた第一話は、壮大なストーリーで、とてもホームドラマどころじゃなかった。 そんな危機的状況を救ったのは、脚本家の宮川一郎。ドラマ『家売るオンナ』などで知られる脚本家・大石静の師匠である。シリーズ化が決まっていなかったため、最終回に「終わり」と書いた宮川先生は、執筆のため缶詰めになっていた旅館から抜け出して、飲みに行ったところ、スタッフから「好評につき、『終わり』では困る」と呼び戻されて、末尾を書き直したというエピソードもある。なお、森光子、渡哲也ら大御所俳優が多数出演してきたが、『銭形平次』『暴れん坊将軍』に出演した美空ひばりは『水戸黄門』には出演が実現しなかった。ご本人は出演を希望していたと聞くと、本当に残念だと思う。 それから50年。今年7月に放送されたNHK『LIFE~人生に捧げるコント』の「水戸黄門」コントでは助さん(伊藤健太郎)が、ご老公(内村光良)が自分と格さん(中川大志)の名前を「助さん格さん」とまとめて覚えて区別できないのではと疑い、あの手この手でご老公に自分の名前を呼ばせようとする。わざと印籠を落とし、ご老公がちゃんと格さんに渡すのかと思ったら、助格ふたりの間にきっちり置くだけって。やっぱり区別ついてない? こんなコントができるのも、視聴者が『水戸黄門』の基礎知識があるという前提があってこそ。50年前、宮川先生が「終わり」と記したままだったら、今はなかった。そう思うと感慨深い。 BSなどで『水戸黄門』放送は続く。故郷での夏休みに家族で観る機会があれば、半世紀続くシリーズだということ、思い出してください。
2019.08.12 07:00
NEWSポストセブン
舘ひろしが語る「初対面時の渡哲也の配慮」と「焼きそばの腕」
舘ひろしが語る「初対面時の渡哲也の配慮」と「焼きそばの腕」
 この日、撮影を前にカメラマンが挨拶をすると、舘ひろしは爽やかに右手を差し出し「どうぞよろしく」と微笑んだ。同じ振る舞いを、渡哲也は舘との初対面の場でしてくれたという。 石原プロに所属する以前、駆け出しの舘が挨拶に訪れると、渡は待ち合わせの喫茶店で静かに待っていた。「僕を見るとスッと立ち上がって『舘君ですね』と握手してくれた。そんなことをしてくれたのは渡が初めてでしたし、この日のことはいつも思い出します。僕の俳優としての佇まい、自分より若い人へのあり方の基本となっていると思います。だから“こんな年寄りがきても迷惑かな”とは思っても若い俳優さんたちとはなるべくお話をしたり、握手をしたり。話題は日常の他愛ないことですよ。 石原プロの若い俳優には外へ出た時に恥ずかしくないようになってもらいたい兄貴心から助言もしますが、普段は芝居についてあまり話しません。だって、誰も僕に演技の質問はしてこないんで(笑い)」 7月26日公開の映画『アルキメデスの大戦』では海軍少将時代の山本五十六を演じる。山本五十六は下戸の甘党で知られるが、舘も大の甘党。石原軍団の炊き出しではぜんざい作りを担ってきた。「大好物のぜんざい担当ですが、近年焼きそば担当に昇格しました。炊き出しは担当制でエリートコースがあるんですよ。ゴールは焼きそばで、長らく渡が担当してきた花形。僕の調理は油を控えて、こうやって空気を入れ込んで炒めるからふっくらして旨い。他は何も敵うことはないけれど、焼きそばは渡を超えたと思っています(笑い)」 そう言うと渡との違いを“実演”して場を沸かせる。2011年4月、宮城県石巻市。渡哲也ら石原軍団と東日本大震災の被災者に炊き出しで焼きそばを作った。「焼きそばはたまに家でも作ります。『得意料理は?』って、焼きそばしか作りませんよ(笑い)」 会話の中で引き締まった肉体に話が及ぶとすかさずシャツをめくり、見事に割れた腹筋を披露して驚かせた。 かつて「芝居にではなく俳優として生き、どんな役でも舘ひろしでありたい」と語った舘もまた映画で演じた山本五十六のように“茶目なエンターテイナー”だった。●たち・ひろし/1950年3月31日生まれ、愛知県出身。1976年、映画『暴力教室』でデビュー。『西部警察』や『あぶない刑事』シリーズなど話題作に出演して人気を博す。『終わった人』(2018年)でモントリオール世界映画祭ワールド・コンペティション部門の最優秀男優賞受賞。7月26日公開『アルキメデスの大戦』では山本五十六を演じる。◆撮影/江森康之 取材・文/渡部美也※週刊ポスト2019年8月2日号
2019.07.23 07:00
週刊ポスト
吉永小百合が「マリア様」と回想する伝説の女優・芦川いづみ
吉永小百合が「マリア様」と回想する伝説の女優・芦川いづみ
「日活での日々、いづみちゃんは、私にとってマリア様のような存在でした。NGを重ねて泣きそうになった時、『泣いちゃだめよ』と、いづみちゃんは私を抱きしめ、優しく励ましてくださいました」 吉永小百合がこう回想する伝説の女優・芦川いづみ(83)がデビュー65周年を迎え、ファンのリクエストに応えたDVDシリーズが日活より発売された。 1950~1960年代の日活黄金期、芦川は清らかで楚々とした古き良き時代の女性の魅力を放ち、多くの男性の心を鷲掴みにした。 スクリーンデビューとなった松竹作品『東京マダムと大阪夫人』(1953年)から間もない1955年に日活へ移籍。石原裕次郎らのアクション映画に多数出演する一方、川島雄三や滝沢英輔、西河克己といった監督らの手掛ける文芸作品で次々に主演を果たす。 が、人気絶頂にさしかかった1968年、『嵐を呼ぶ男』で共演した俳優・藤竜也と結婚。惜しまれながら引退した。その後、映画のみならず、テレビや雑誌などのメディアには一切出演していない。 15年というわずかな活動期間を駆け抜けた可憐なヒロインは、こうして今なお人々に語り継がれる伝説的な存在となったのだ。“憧れの女”は映画の中で永遠に輝き続ける。◆芦川いづみ デビュー65周年記念DVD発売 ファンの熱いリクエストに応えた珠玉の10作品が日活より発売。芦川いづみ本人がリリース全作品について語った音声を特別収録し、全タイトルHDリマスターによる完全保存版となっている。【4月発売DVD】『真白き富士の嶺』『いのちの朝』『祈るひと』『学生野郎と娘たち』『その人は遠く』【5月発売DVD】『若草物語』『青春怪談』『佳人』『嵐を呼ぶ男(渡哲也版)』『風のある道』DVD価格:各3200円(税別)、発売元:日活株式会社、販売元:ハピネット●文/小野雅彦 画像/(C)日活※週刊ポスト2019年5月17・24日号
2019.05.15 16:00
週刊ポスト
渡哲也、石原プロを舘ひろしに託し俳優引退決意も
渡哲也、石原プロを舘ひろしに託し俳優引退決意も
「今、話し合っている最中なのに、既定路線のように扱われて困っています」。そう石原プロモーション関係者が困惑するのは、渡哲也(77才)が俳優を引退し、所属事務所で「相談取締役」を務める石原プロの解散を決断したという週刊誌報道についてだ。「相談取締役というのは、いわば社長です。確かに最近の渡さんの病状は深刻と言わざるを得ない」(石原プロ関係者) 渡は1991年の直腸がんの手術後、人工肛門をつけることを余儀なくされた。それ以降も肺気腫やぜんそくといった呼吸器系の持病に苦しみ、2015年6月には急性心筋梗塞で緊急手術を受けるなど、ここ30年ほどは病との闘いが続いている。「昨年秋、毎年恒例の宝酒造『松竹梅』のCM撮影がありましたが、渡さんの体調を最優先し、負担にならないようにと2日間に分けて行われました。撮影中は座りっぱなしで、心配した後輩の舘ひろしさん(69才)たちも現場にかけつけていました」(広告関係者) 現在の渡は、酸素吸入器が手放せない。週に一度は都内の病院に通院しており、3月上旬には1泊2日で入院したという。 そうした中、渡は次の時代の石原プロについて、思いを巡らせているようだが、すわ解散、というわけではなさそうだ。「7月17日の石原裕次郎さん(享年52)の三十三回忌を終えた後、何らかの発表があるのではないかといわれています。渡さんは、舘さんに今後の石原プロを任せて、自身は俳優生活から引退することを決意したという話も聞きました」(テレビ局関係者) 裕次郎さんが亡くなってから渡は、石原プロの顔として会社を支えてきた。「健康状態に不安がある自分よりも、現場で活躍している人に託した方がいいと会長の石原まき子さんらと話し合っているそうです。 裕次郎さんが残してくれた大切な会社を、自分の身に万一のことが起きる前に道筋をつけておきたいと考えたのでしょう。実は裕次郎さんの遺言は2つありました。1つは石原プロを解散することで、2つ目が映画を作ること。ただ、映画製作が実現していない今、解散はないと思います」(前出・テレビ局関係者) 裕次郎さんの思いは、次の時代に受け継がれていく。※女性セブン2019年5月2日号
2019.04.19 07:00
女性セブン
松田聖子や桜田淳子はどうやってスターの座を射止めたのか
松田聖子や桜田淳子はどうやってスターの座を射止めたのか
 桜田淳子や松田聖子など芸能史に残るアイドルを輩出してきたサンミュージックが11月27日、50周年を迎える。事務所の創立者で長らく芸能界を支えた故・相澤秀禎会長とともに、創業時から事務所を支えた福田時雄名誉顧問が半世紀を振り返る──。「福ちゃん、そろそろ2人で会社作ろうや。誰か連れてこいや」 1968年、西郷輝彦のマネージャーである相澤は、バックバンドのドラマーから西郷の現場マネージャーに転身していた福田を誘った。「十数人スカウトしましたが、相澤のお眼鏡に適わない。そんな時、知人の日劇のダンサーに尋ねたところ『仲間のダンサーの弟で踊り子たちが夢中になってる可愛い男の子が遊びにくるわよ』と教えてくれた。それがサンミュージックのタレント第1号となった森田健作でした。外交官志望でしたが、ステーキや寿司を食べさせたりして、半年かけて何とか説得しましたよ。食べ物で釣ったわけです」(福田氏、以下同) 11月、松竹の正月映画『夕月』で黛ジュンの相手役オーディションに合格。翌々日にクランクインする慌ただしい日程だった。「刑事である父親が大反対。『今から断われないから1作だけ』と何とか押し切った。12月に試写会に連れて行くと、『学業優先ならば』と認めてくれました」 相澤が森田を「太陽みたいに明るい奴だ」と評したこと、自身がミュージシャン出身であることから「サンミュージックプロダクション」と名付けた。 立ち上げたばかりの事務所には資金がなかった。「ダイレクトメールを出すための便箋や封筒は松竹からもらってきました。長距離電話は高いので、レコード会社に行った時に借りていましたね(笑い)」 映画はヒットし、森田には1日1000通ものファンレターが届くようになる。6畳1間の事務所は足の踏み場に困るほどだった。相澤はさらに攻勢を仕掛け、新宿で靴店の店員だった野村真樹を口説き落とす。1970年、『一度だけなら』でデビューさせると同年、憧れの「NHK紅白歌合戦」初出場を果たした。「その後、手狭になり移った事務所は陽当たりも悪くて、昼でも電気をつけないと字が読めないほど暗かった。その場所でオーディションもしましたよ。審査員が5人いるのに、台風で2人しか来ませんでした(笑い)。その1人が演歌歌手の牧村三枝子だったんです」◆松田聖子は自分で運を掴んだ 1972年、福田は『スター誕生!』(日本テレビ系)の秋田県予選で原石を発見する。阿久悠が「かわいいだけで天才だ」と評した桜田淳子である。「決戦大会では、番組史上最多の25社がプラカードを一斉に挙げた。後楽園ホールの下にある中華料理店で1社3分、お金の話はしないという条件で両親と交渉しました」 淳子は「森田健作の妹役があるかもしれない」という福田の言葉に惹かれ、サンミュージックを選択。1973年に日本レコード大賞最優秀新人賞を獲得した。「1975年『はじめての出来事』で初のオリコンチャート1位を獲得するなどトップスターになっていた淳子に、相澤が『なんでもいいから食べたいもの言ってごらん』と聞いたら、淳子が『ステーキを1人前食べたい』と言ったんです。高いからいつもマネージャーと半分ずつにしていたそうです。感心しましたね」 福田はスカウトの時だけでなく、デビュー後も両親と密に連絡を取った。時間を見つけては実家を訪れ、行けない時は手紙でテレビ出演の日時を伝えた。タレント本人から「どうして私の考えていることがわかるの?」と不思議がられることもあった。「相澤から、相手の気持ちに寄り添って物事を考えろと教わりました。たとえば、タレントが何も食べてない時は、マネージャーも食事をしてはいけない。人のお腹の空き具合まではわからない。自分が空腹なら、相手もそうだとわかるんです」 1970年代後半、子役だった香坂みゆきをスカウトする。「彼女は小さい頃から手のかからないしっかり者でしたね。子供ながらに鉛筆をナイフできれいに削って揃えていた。大人になってからも仕事はもちろん、結婚式も全て自分で準備してしまい、彼女の母親を寂しがらせてしまうほどでした」 事務所はその頃、新たなスターを生み出せずにいた。「5人くらいデビューさせた年もありましたが、なかなか上手くいかない。知人に頼まれて義理で預かる場合もあった」 そんな中、牧村三枝子が渡哲也のカバー曲となる『みちづれ』を発売する。「デビュー8年目でようやく売れたのですが、同時に本家本元のレコードも伸び始め、牧村の売り上げが止まった。すると、渡さんが『俺は役者だから別に売れなくていい。あの子は8年も苦労してきたんだから』と自分の出荷を止めてくれました」『みちづれ』が98万枚の大ヒットとなる1979年、17歳の女子高生がオーディションを受けにきた。前年の「ミス・セブンティーンコンテスト」の九州地区大会で優勝していた蒲池法子(のちの松田聖子)である。ソニー・ミュージックの若松宗雄ディレクターの熱心な勧めで会うことになったが、当時事務所は乗り気ではなかった。「1980年春にソニー制作1部で郷ひろみや山口百恵を育てた酒井政利ディレクターのもと別の歌手のデビューが決まっていたんです。同じレコード会社から同時期に2人は難しいと。でも、聖子の歌声を聴いて、これはイケるなと」 その後、猛反対する父親を説得するため、福田が実家の久留米に赴くと、厳格な家庭像が垣間見えた。「聖子は、紅茶を出した後も、お盆を持って板の間に正座したままでいました。父親が許すまではテコでも動かないぞという顔をしていた。しっかりしているなと。『高校卒業後に東京に出ていらっしゃい』と伝え、1980年秋のデビューを考えていました。ところが、1979年の夏休みには出てきてしまい、仕方なく相澤の家に下宿することになりました。もし1980年3月の上京だったらと考えると……。聖子は、自分で運を掴んだんです」 1980年2月、CMタイアップ予定の別の歌手のデビュー曲は商品の事情からCM自体が延期になったこともあり、聖子のデビューは4月1日に繰り上げられた。折しも、山口百恵が三浦友和との婚約を発表し、10月限りでの引退を表明。2曲目『青い珊瑚礁』が大ヒットした聖子は、「ポスト百恵」の座を射止めた。取材・文■岡野誠※週刊ポスト2018年11月30日号
2018.11.21 07:00
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