とんねるず一覧

【とんねるず】に関するニュースを集めたページです。

『夢対決2022とんねるずのスポーツ王は俺だ!!』
とんねるずの復権はあるか? フジ新社長に「小港さん」港浩一氏内定で
 地上波で姿を見かける機会がすっかり減ったとんねるずが、息を吹き返すかもしれない。フジテレビは18日、金光修社長(67才)の後任として、共同テレビ社長の港浩一氏(70才)が社長に就任が内定したことを発表。港氏は数々の人気バラエティ番組を手掛け、木梨憲武(60才)が「小港さん」としてモノマネした人物としても知られている。「港氏は、石橋貴明が『ダーイシ』という名でモノマネしていたフジテレビの名物プロデューサー・石田弘氏の一番弟子。『夕やけニャンニャン』『オールナイトフジ』『とんねるずのみなさんのおかげです』など、数多くの人気番組を手掛けてきた人物です。 バラエティ班のエースとして順調に出世街道を歩んできたものの、2013年に起きた『ほこ×たて』のヤラセ問題で処分を受け、出世レースからは一旦脱落。しかしフジテレビは近年“短期政権”が続いていて、昨年社長に就任した金光氏もわずか1年で退くことになり、師匠の石田氏も届かなかった社長の椅子に座ることになりました。 今回の人事では、『東京ラブストーリー』『101回目のプロポーズ』『愛という名のもとに』など、いくつもの大ヒットドラマを手掛けてきた太田亮氏が専務に昇格し、編成を担当することも発表されており、フジの黄金期を知る2人が舵取りを任される態勢になります」(キー局関係者) フジテレビが「楽しくなければテレビじゃない」というキャッチフレーズでこの世の春を謳歌したのは、もう遥か昔のこと。視聴率低下に歯止めが掛からず、「振り向けばテレ東」と呼ばれる状態だが、港氏といえば誰もが思い浮かべるのがとんねるずだ。 2018年に『とんねるずのみなさんのおかげでした』が終了し、ゴールデンのレギュラーを失ったとんねるずだが、その知名度は圧倒的。ジリ貧状態脱出の救世主として、彼らに声を掛けることは考えられる。「年始恒例の『とんねるずのスポーツ王は俺だ』(テレビ朝日系)は今年もまずまずの視聴率を記録しましたし、昨年12月に放送された『ザ・細かすぎて伝わらないモノマネ』(フジテレビ系)は、同枠1位の数字をマーク。フジテレビのバラエティ番組が1位になるのは久々で、局内は大いに沸き立ちました。 石橋はYouTubeの登録者数が166万人(5月24日時点)に達し、ラジオやネット配信など、新たな活躍の場を見つけていますが、常日頃から“もう1度テレビで勝負したい”と話しており、港氏の社長就任は絶好のチャンス。若者のテレビ離れが進み、とんねるずがど真ん中の世代がテレビ視聴者の中心になっているだけに、港氏が彼らと何かを仕掛ける可能性は十分にあるでしょう」(民放バラエティ番組制作関係者) 港氏の社長就任に際しては、明石家さんまが「(使われそうなのは)とんねるずになるやろなあ」と発言。芸人仲間からも“とんねるず復活”の声は上がっているようだが、実際どうなるのだろうか。芸能関係者がいう。「2018年に『みなさんのおかげでした』を打ち切りにしたのは、数字が落ちたのが最大の原因ですが、とんねるずの高額なギャラも問題でした。厳しい経営状態が続く中で出した苦渋の決断が、とんねるずとの決別。それなのにとんねるずを再起用すれば、それは“逆戻り”に他なりません。 とんねるずは良くも悪くもフジテレビの象徴のような存在。彼らの真骨頂は、たっぷりお金と時間を掛けて作ったスケールの大きなお笑い番組ですが、社内が何度も早期退職を募っている状況で、そんな番組を作るのはなかなか難しい。仮に港氏が動かなくても、周囲が新社長に忖度してとんねるずを使おうとするかもしれませんが、局内で反発の声が出ないためには、ギャラと制作費を相当絞る形になるでしょう」(芸能関係者) 新番組名は“港さんのおかげです”に決まり?
2022.05.24 16:00
NEWSポストセブン
『お笑いスター誕生!!』の思い出を語るブラザートム(当時は小柳トム)
ブラザートム デビュー当時の警官コントに「お巡りさんは好意的だった」
 1980年4月に始まった笑いのオーディション番組『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)は、数多くの芸人や俳優を排出した伝説の番組だ。1980年8月23日から9週勝ち抜き。1981年6月、3度目の挑戦でグランプリを獲得したブラザートム(当時は小柳トム)に、お笑いスタ誕の思い出を聞いた。 * * *「おまえ、日本じゃなかったら殺されてるよ」 警官をネタにしたコントをすると、演出の赤尾(健一)さんにそう言われました(笑)。 ピアノの調律師として独立した24歳の時、河合楽器で一緒に働いていたバンド仲間からオーディションに誘われました。「バンドの宣伝にもなる」と口説かれ、2人で練習していたんです。当日そいつが急に「俺は辞める」と言い出し、仕方なく1人で行きました。 ネタ見せの順番は決まっておらず、挙手制でした。笑いを取りまくるおぼん・こぼんさんの後はやりづらいので、みんな黙っている。でんでんさんが終わると、皆一斉に「俺がやる!」と手を挙げてましたね(笑)。 赤尾さんはとんねるずがネタをした後、「俺にはわからないけど、みんな笑ってるから良いんだろう」と言ったんです。素晴らしい演出家だなと。「来週まで食いつなげ」と2万円をポンと渡してくれることもありました。 当時、警官をイジることはご法度でしたが、出場後に街でお巡りさんに会うと好意的でした。お巡りさんはみんなに怖がられていたみたいで、イジられることで身近になったのかもしれません。 あの頃、とんねるずやコロッケ、番組で作家をしていた近藤伸明(のちのブラザー・コーン)たちと新宿御苑の『昆』でよく一緒に飲んでいました。僕らは師匠もいないし、ネタを披露できる劇場もない。その店はお金さえ払っていれば、何しても良かった。他人のような顔してバラバラに飲んでいるのに、1人が踊り出すと、他の席にいた芸人も同じ踊りを始める。それを萩原健一さんや倍賞美津子さんが見ていた(笑)。 僕は音楽の道に進みたかったので、『お笑いスタ誕』で好き勝手なことをしていた。でも、勝ち抜いて行くと、笑いをやろうとしてしまった。10週ストレート勝ちできなかった時、それに気付いたんです。 翌年、どうしてもやりたいテーマだった空港建設に関する「成田闘争」をモチーフにしたネタでグランプリに。僕が勝ち抜けたのは、審査員にガッツ石松さんや赤塚不二夫さんがいた影響も大きいかなと。お笑いの方ばかりだったら、「もっと下積みをして芸を磨いてから」と指摘されたかもしれません。だから、番組から今までにないタイプの芸人が生まれたんだと思います。【プロフィール】ブラザートム(ぶらざーとむ)/1956年生まれ、ハワイ州マウイ島出身。『Many Merry Christmas ブラザートム スペシャル LIVE』は12月19日福岡『border』、21日熊本『レストランバーCIB』で開催。取材・文/岡野誠※週刊ポスト2021年12月10日号
2021.12.19 07:00
週刊ポスト
ウンナンもここからブレイクした
とんねるず、ウンナンらを輩出『お笑いスター誕生!!』の熱量が生んだ伝説
 1980年4月、それまでになかった斬新な笑いのオーディション番組『お笑いスター誕生!!』(日本テレビ系)が始まった。出場はプロ・アマ問わず、漫才、コント、漫談、手品、モノマネ……とジャンルも不問。数多くの芸人や俳優が羽ばたいた番組の伝説を関係者が振り返る。 とんねるず、コロッケ、ウッチャンナンチャン……。1980年4月開始の『お笑いスター誕生!!』は従来のオーディション番組の慣習を打ち破り、人気芸人を続々と生み出した。総合演出を務めた制作会社「日企」の赤尾健一氏が話す。「面白いのに売れていないプロ、才能があるのにチャンスのないアマチュアをスターダムに押し上げたかった。数年前から『全日本学生お笑い選手権』などの特番を作り、若い芸人さんの情報をストックしていました」(以下、赤尾氏) 過去の類似番組は、面白くないとネタの途中で緞帳を下げていたが、『お笑いスタ誕』はネタを止めず、持ち時間は芸人の特色に合わせて変えた。10週勝ち抜きという高いハードルを設定し、不合格となれば2か月は出場できない。出演前のネタ見せを審査した赤尾氏は笑いへの敬意と愛情を持つゆえ、志願者に厳しく接した。「私を怖がっていた芸人さんもいたそうです(笑)。でも、修羅場を経験しないと本物になれない。昔はストリップ劇場で『引っ込め!』とヤジられながら、芸を磨いていった。『道場』が必要だと感じていました」 B&Bが初代グランプリに輝いた7月5日に視聴率11.2%を記録。その後も数字は上昇し、漫才ブームの火付け役に。土曜の昼12時台という放送時間帯もヒットの要因になった。「水商売の女性がテレビを観る時間帯。お客さんに話してくれれば人気が広がると考えたんです。狙いは当たりました」 1981年2月、事件が起きる。10週ストレート勝ち抜きを懸けた大木こだま・ひかりが審査発表を待っている時、刑事が『ひかりを覚せい剤取締法違反容疑で逮捕する』と赤尾氏のもとを訪れた。「『今すぐは勘弁してください』と止めると、『そんなこと関係ない!』と言いながらも待ってくれた。グランプリを獲得した2人がピカピカの衣装のまま楽屋に戻ってくると、ひかりに逮捕状が出された。あの場面は忘れられません」 その後も番組の勢いは失われず、漫才ブームが終焉しても新星が次々誕生した。「ダウンタウンはオーディションの時点で完璧でした。『ファンになりました』と言ったほど。2人は当然のような顔をしてましたが(笑)」 ウッチャンナンチャンが優勝した2か月後の1986年9月に番組は終了したが、巣立った芸人は35年経った今も一線で活躍している。演劇人のイッセー尾形や役者志望のでんでんなども、世に出るチャンスを掴んだ。「事務所が大きくても小さくても、素人でも関係ない。20個ほどの審査項目は参考程度で、評価基準は“面白いかどうか”だけでした」 愛情と公平性を兼ね備えた制作陣、夢を叶えたい出場者の熱量が伝説を生んだ。取材・文/岡野誠※週刊ポスト2021年12月24日号
2021.12.14 07:00
週刊ポスト
結婚会見を行う石橋貴明と鈴木保奈美(写真/時事通信社)
石橋貴明&鈴木保奈美、離婚は仕事に影響?「2人にとってプラス」との見方
 7月16日、とんねるずの石橋貴明(59才)と鈴木保奈美(54才)が離婚を発表した。かたやお笑い界のビッグネーム、かたや大物女優というビッグカップルは23年間連れ添ったが、石橋は離婚の理由について、自身のYouTubeチャンネルで、「子育てが一段落した」「今後は所属事務所社長と所属俳優として新たなパートナーシップを築いていく」と説明した。離婚は2人の仕事にどのように影響するのか? 2人が結婚したのは1998年のこと。石橋も鈴木も再婚で、当時、石橋は複数のレギュラー番組を抱える超売れっ子、鈴木は連続ドラマのヒロインとして高視聴率を連発するトップ女優だったが、結婚を機に鈴木は表舞台からしばし姿を消した。「自由奔放なキャラクターで知られる石橋ですが、家庭では束縛するタイプのようです。結婚と共に鈴木は家庭に入り、2011年に鈴木が女優活動を再開した際には、“撮影が長引いても自宅に帰る”“夕方には必ず連絡を入れる”という条件を出し、鈴木はそれが不満だったようです」(ドラマ関係者)「共演者と仲良くするな」”と石橋が言っていたとも報じられており、2018年に『SUITS』(フジテレビ系)で、27年ぶりに織田裕二との共演が実現した際には、石橋を刺激するのではないかと周囲まで神経質になっていたともいわれる。 そこまで“やきもち”を焼くぐらいなら別れなくても……という気もするが、『女性セブン』は昨年9月、鈴木が都内の超一等地に3億円を超えるマンションを購入していたことを報じており、着々と離婚の準備は進んでいたようだ。冒頭でも記したように、今後は「夫婦」から「事務所社長と所属俳優」という関係になる2人。石橋は10月に還暦を迎えるが、離婚は仕事にはむしろプラスと見られている。「虎の子のレギュラー番組だった『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)が2018年に終了し、『とんねるずは死にました』と語った石橋ですが、昨年6月に開設したYouTubeチャンネルの登録者数は166万人(7月19日時点)と、芸能人トップクラス。離婚発表でも登録者数は増えました。 石橋は、たとえ相手が年上でもグイグイとツッコミを入れ、聞きにくいことを聞き出すスタイルですが、自らのプライベートについてはほとんど明かさなかった。特に妻の話は基本的にタブーでした。しかし独身になったことで、封印していた女性がらみのトークが可能になりますし、かつて十八番だった、女優や美女タレントをイジりつつ口説くような芸も見せられます。確実に芸の幅は広がるわけで、メリットは大きいでしょう」(エンタメ誌記者)「子育てが終わったら離婚」が新しいトレンド? 鈴木にとっても、離婚はプラスという見方が強い。「これまではどうしても家庭の事情で仕事に制約があったようですが、今後は周囲を気にせず、思い切り仕事に打ち込める。事務所社長の石橋としても、鈴木が働けばそれだけ事務所の売り上げになるので、セーブする理由はないでしょう。 40代以上の視聴者の間で鈴木保奈美という名前は強力なインパクトがあります。『東京ラブストーリー』や『愛という名のもとに』など、超大ヒットドラマをリアルタイムで見た世代ですし、鈴木は長らく休んでいたので新鮮味もある。オファーはいくらでもあるでしょう」(キー局関係者) 良いことだらけのように思える石橋と鈴木の離婚。その背景には“時代の風”があると、ベテラン芸能記者の石田春男氏は指摘する。「今回の離婚は不倫などが理由ではなく、いわゆる円満離婚と見られており、子育ても終わっているので、マイナスに捉える意見はほとんど見られません。 芸能界では近年、長年連れ添った夫婦が籍を抜く“卒婚”がプチブームですが、経済的に成功した大人が離婚して1人になり、やりたいことにトライすることは、1つの理想的な老後と受け止められています。今回の離婚報道について、松本人志が『ワイドナショー』(フジテレビ系)で、『ちょっとだけうらやましい』『この歳で1人になるのは男のロマン』と感想を述べたのは、その典型。誰もが終活を模索する中で、大物カップルが“最後は自分のやりたいことをやりたいようにやる”というスタイルを提示したことで、この流れはまだまだ加速するのではないでしょうか」(石田氏) 結婚年齢も上昇する今の世の中、“子育てが終わったらサヨナラ”が、今後のトレンドになるのかも?
2021.07.19 16:00
NEWSポストセブン
結婚会見を行う石橋貴明と鈴木保奈美(写真/時事通信社)
石橋貴明と鈴木保奈美が離婚 焼き鳥店での意外な姿と結婚時のバッシング
 離婚を発表した、とんねるずの石橋貴明(59才)と鈴木保奈美(54才)。「子育てが一段落」したことを理由にあげ、今後は所属事務所社長と所属俳優として「新たなパートナーシップ」を築くという。1998年の結婚時から何かと騒がれた石橋と鈴木について、放送作家でコラムニストの山田美保子さんが綴る。 * * * 23年も連れ添い、3人の娘さんを立派に育て上げ、今後も元夫が社長を務める事務所に所属すると聞けば、「離婚」ではなく、流行りの「卒婚」に近いものがあるのかもしれない。 実は私は石橋ファミリーと“御近所”だったこともあり、まだ娘さんが小さい頃、行きつけの焼き鳥店で家族が揃って食事をしている光景を度々目にしていた。 驚くのは、家族が常に入口にもっとも近いテーブル席に着いていたことだ。庶民的な店だったので個室などはなかったが、間仕切りがあるボックス席もあったし、奥の座敷はパーテーションもあったから、店側に頼めば、他の客から見えないようにしてもらえたハズ。だが、石橋ファミリーは、毎回、もっとも人目につく入口脇にいたのである。 あるとき、店長に尋ねてみたら、「貴明さんは、娘さんたちに特別扱いをさせたくないというお考えなんですよ」と。女優として、“我が道を行く”タイプだった鈴木が、夫の意見に従っているというのもまた意外だったが、二人がいい夫婦となり、新しい家族を作り上げたのだと確信ができた。 繰り返しになるが、23年もの歳月は決して短いものではないし、二人の過去の恋愛や結婚、離婚経験などが今回の離婚に直接関連しているとは言えないだろう。“不義理”で波紋を広げた石橋と鈴木の結婚 だが、50代以上の芸能記者やリポーターらにとっては、思い出してしまうことが。若かりし頃の二人に関して様々取材をしてきているからだ。 石橋と前妻との泥沼離婚。鈴木がモータースポーツジャーナリストの川井一仁氏と電撃婚に至った経緯。 大河ドラマ『元禄繚乱』(NHK)撮影中の電撃デキ再婚。 石橋の前妻と娘がマスコミを避けるために国外へ移住……などなど、各所に不義理をしてきたかのように見えていた石橋と鈴木の結婚については、ストレートに祝福されるものではなかったのである。 忘れられないのは、当時、石橋が前妻や娘についての質問を受けたとき、鈴木が傍らでクスリと笑ったことだ。なぜ彼女が笑ったのか、その真意はわからない。自分には関係のないことだと思ったのか、「それを聞くの?」という意味の失笑だったのか。まさかとは思うが勝ち誇った笑みだったのか。いずれにせよ、現在と比べ、100%「サレ妻」や「前妻」が優勢だった時代。鈴木の笑みはバッシングの対象になったものだ。 また、妊娠によって『元禄繚乱』の後半、彼女が演じた「染子」の描写が激減するに至ったことについては、当時の所属事務所の大先輩が公の場で不快感を露わにしたこともあった。保奈美へのアプローチの背景に憲武へのライバル意識? 私は石橋と前妻の娘・石橋穂乃香(旧名・穂のか)と何度か仕事をさせてもらったことがあり、デビュー当時の彼女の言動は鮮明に覚えている。公の場で父に買ってもらった時計を披露したり、トークバラエティ―で父のエピソードを語っていたりしていた。 ダンスが上手で、森山未來と共演した『変身』(カフカ)は初舞台だったにもかかわらず、本当に素晴らしく、当時、次々と出てきた“二世”の中では、もっとも将来有望な一人ではないかと私は踏んでいた。 だが、過度のストレスで舞台を降板したこともあったし、その後、あえて石橋姓を名乗って芸能活動を再開した石橋穂乃香。多感な時期に両親が離婚。父の新しい家族には“娘ばかり3人”。他人がとやかく言うことではないと思いながらも、芸能マスコミは彼女の仕事が滞ってしまう原因を詮索し、心配していたものである。 話は前後するが、公の場で石橋貴明が鈴木にアプローチまがいな行為をしているのを目の当たりにしたこともあった。テレビ中継もされた有名人同士の結婚披露宴。新郎側の招待客だった石橋と、新婦側の招待客だった鈴木。当時は川井氏と共に“夫婦”で出席していたのに、そこへ石橋がやってきて、かなりの長時間、鈴木をイジっていたのである。 後に二人が結婚することになり、その話を「とんねるず」と仕事をしていた業界女性にしたところ、「貴さんは、自分が唯一、憲(木梨憲武)さんに負けているところがあるとしたら、それは奥さんのことだと思っているフシがあった」と。つまり、自分の妻はモデルだが、相方の妻は当時、絶大な人気を誇っていたトレンディ女優、安田成美であり、それを「負けている」と思っていたという見立てだ。そうだとしたら、当時の妻にとってはあまりに失礼な話である。 安田成美、鈴木保奈美、そして田中美佐子と言えば、「とんねるず」がMCを務めていた『ねるとん紅鯨団』(フジテレビ系)に出場する男性の大半が「好きな女性芸能人」として名前を挙げていた三大女優だ。石橋にとって、鈴木は、いまでいう“トロフィーワイフ”だったということなのだろうか。 果たして、本格的に女優復帰した鈴木保奈美と、レギュラー番組を失うもYouTubeで再評価されている石橋貴明。「夫婦」から「ビジネスパートナー」になった二人が、どんな活躍を見せてくれるのか。そして、離婚への経緯を改めて語ることがあるのか。興味深く見守りたいと思う。
2021.07.18 16:00
NEWSポストセブン
(時事通信フォト)
YouTubeが人気の石橋貴明、“イジり役”脱却しゲスト出演で地上波復活か
 一度は“戦力外通告”を受けた男が檜舞台に戻ってきた。2018年に『とんねるずのみなさんのおかげでした』(フジテレビ系)が終了し、ゴールデンタイムのレギュラー番組が消滅したとんねるずの石橋貴明(59才)が、YouTubeを足がかりとして華麗に復活。地上波でも再び存在感を示し始めている。 1980年代からテレビ界の王者として君臨し続けてきたとんねるずに激震が走ったのが、“みなさん”終了という事件だった。『ねるとん紅鯨団』(フジテレビ系)、『とんねるずの生でダラダラいかせて!!』(日本テレビ系)、お正月特番の『夢対決!とんねるずのスポーツ王は俺だ!』(テレビ朝日系)など、数々の人気番組を生み、中居正広とコンビを組んだ『うたばん』(TBS系)も大当たり。しかし、次第に番組が終わり、ついに“みなさん”が終わった当時の状況を、石橋は今年1月放送の『情熱大陸』(TBS系)で、「戦力外通告」と表現した。ネット界の状況に詳しいネットニュース編集者はいう。「長年、トップランナーとして走り続けてきたとんねるずですが、ネット界隈では嫌われ者で、とにかくアンチが多いことで知られていました。体育会的なノリを貫くスタイルが“パワハラだ”という指摘は常にありましたし、生まれた時から不景気な時代しか知らない若者にとって、何十年もバブルを引きずる彼らは“老害”以外の何者でもなかった。ある種、若者のテレビ離れを招いた象徴のような存在と言われることもありました」(ネットニュース編集者) しかし、息を吹き返すのは早かった。“みなさん”終了を受けて始まった『石橋貴明のたいむとんねる』(フジテレビ系)は芳しい結果を得られなかったが、昨年6月に公式YouTubeチャンネル『貴ちゃんねるず』を始めると、登録者数はみるみる増え、現在157万人に達している。エンタメ誌記者はいう。「テレビで『嫌なら見るな』と言ったら大炎上必至ですが、YouTubeなら法に触れない限り好き勝手にやってもいいわけですし、石橋も『嫌なら見るな』と言えばいいだけ。“オレ様スタイル”を貫いてきた石橋には、YouTubeはピッタリの場所でした。現在、YouTubeに参入する芸能人が相次いでいますが、予算も人脈もあり、地上波ではやりたくてもできないことが山ほどあった石橋が参入すれば、他のYouTuberを凌駕するのは自然の流れです。 しかもタイミングが最高でした。コロナによるステイホームでテレビ視聴率が上がるなか、テレビの退屈さに飽きた層がYouTubeに流れ、名前を知る石橋のチャンネルに大量に流れ着いた。一方では、テレビよりもっぱらYouTubeに親しむ若い世代も、“テレビの石橋”はイヤでも、“YouTuber石橋”なら抵抗なく受け入れることができた。その結果が100数十万人という登録者数に現れています」(エンタメ誌記者) さらに石橋復活の狼煙はテレビ界にも届いている。これまでは常に“ゲストを迎い入れる側”だった彼が、ポツポツとゲストで番組出演するようになってきたのだ。前述の『情熱大陸』のほか、2月には『櫻井・有吉THE夜会』(TBS系)にも出演。ベテラン芸能記者の石田春男氏はこう分析する。「これまでは常に“仕切り役”だった石橋ですが、『情熱大陸』も『THE夜会』も非常に反響は大きく、視聴者の感想も石橋に非常に好意的でした。思えば、これまで視聴者は、石橋が誰かをイジる姿は見ていても、石橋が質問攻撃にあう画を見ることは滅多になかった。けれども少しずつゲスト出演を解禁するようになったということは、イジられる覚悟ができたということでしょう。 ここまで芸歴が長く、注目度も高いタレントの新たな姿を見せられるかどうかは、テレビマンの腕の見せ所。石橋を起用すれば、間違いなくネットニュースにもなるので、番組の宣伝にもなります。現在40代の現役バリバリのテレビマンたちは、とんねるず世代のど真ん中ですから、これからどんどんオファーは続くと思います」(石田氏) 若者の象徴のような存在だった石橋も今年で還暦。まだ老け込む年齢ではないが、新しい姿を見せる1つのタイミングなのかもしれない。
2021.03.16 16:00
NEWSポストセブン
『ルパンの娘』第2弾を木曜夜に放送する理由は? 
フジ復活の狼煙 木曜夜にみる「TVは楽しくなければ」の姿勢
 かつては民放で視聴率トップの座を走っていたフジテレビの低迷が続いている。そんななか、復活を目指す動きが「木曜夜」から始まっている。コラムニストでテレビ解説者の木村隆志さんが解説する。 * * * フジテレビは今秋の番組改編で、木曜21時から『千鳥のクセがスゴイいネタGP』をレギュラー化。発表時は、「今年5月30日と8月15日に放送されたばかりの特番を早くもレギュラー化したこと」が驚きを持って報じられました。 また、同番組に続く木曜22時からのドラマには『ルパンの娘』をラインナップ。こちらは昨夏に放送されたドラマの続編であり、同枠では2014年春の『続・最後から二番目の恋』以来となるひさびさのシリーズ作です。「特番を早くもレギュラー化」「6年半ぶりのシリーズ作」であること以上に異例なのは、両作の視聴率が振るわなかったこと。『千鳥のクセがスゴいネタGP』は5月30日が個人視聴率4.2%、世帯視聴率6.4%、8月15日が個人視聴率5.3%、世帯視聴率8.2%。『ルパンの娘』が個人視聴率4%程度、世帯視聴率7%程度に終わりました。 テレビ局によって違いはありますが、業界的に「現在の合格ライン」と言われる個人視聴率6%、世帯視聴率10%を大きく下回っているにもかかわらず、フジテレビがレギュラー化や続編放送を決めたのはなぜでしょうか。 その理由にこそ、フジテレビの大きな変化と、復活の兆しを感じるのです。低視聴率でもレギュラー化した理由 視聴率という結果が得られなかったにも関わらず、なぜ両番組は今秋に放送されているのか。最大の理由は、フジテレビが“キー特性”と呼んでいる13~49歳の視聴者層を重視しはじめたから。『千鳥のクセがスゴいネタGP』と『ルパンの娘』は、前述したように各世代を合計した視聴率では奮わないものの、キー特性の視聴率で評価されたことが今秋のレギュラー化や続編につながったのです。 この背景となったのは、今春に行われた視聴率調査のリニューアル。年齢性別ごとの細かい視聴データが取れるようになり、スポンサーが本当に求める視聴者層へのアプローチが可能になったことが両番組を後押しする形になりました。 そこにさらなる影響を及ぼしたのが、コロナ禍による業績の悪化。これまで以上に「スポンサーが本当に求める視聴者層を確保しなければいけない」という切迫した状況になり、その対策がキー特性向けの番組なのです。とはいえ、これまでのフジテレビなら視聴率の取れない番組のレギュラー化や続編は考えられなかっただけに、大きな変化であることは間違いありません。 しかも『千鳥のクセがスゴいネタGP』も『ルパンの娘』も、「視聴者を笑わせるための強烈なネタと、濃いキャラクターを楽しむ番組」という共通点がありました。今夏は木曜21時台に『直撃!シンソウ坂上』、22時台に『アンサング・シンデレラ 病院薬剤師の処方箋』というドキュメント要素の強い番組が放送されていたことを踏まえると、笑いがテーマの番組にガラッと変わったことがわかるのではないでしょうか。 今秋の変化でフジテレビの木曜夜は、21時台の『千鳥のクセがスゴいネタGP』、22時台の『ルパンの娘』、さらに23時台の『アウト×デラックス』までの2時間40分間、笑いあふれる番組編成になりました。かつてフジテレビは「楽しくなければテレビじゃない」というコピーの通り、笑い重視の番組を連発していましたが、そんなかつての姿を思い出させるものがあるのです。木曜だけでなく他の曜日も笑い回帰か もともとフジテレビの木曜21時台は、約30年に渡って、とんねるずが笑いをもたらしてきた時間帯。しかし、2018年3月に『とんねるずのみなさんのおかげでした』は終了し、低下した視聴率を回復すべく『直撃!シンソウ坂上』をスタートさせました。しかし、視聴者層がキー特性よりも高いなど、スポンサーにとっては十分な結果とは言えなかったようです。 今秋の『千鳥のクセがスゴいネタGP』レギュラー化は、とんねるず時代のお笑い回帰を彷彿させるものであり、コロナ禍によって笑える明るい番組のニーズが高まっていることも追い風となった結果でしょう。 また、22時台のドラマ枠『木曜劇場』も、これまでに『白い巨塔』『Dr.コトー診療所』『医龍』など多くの医療ドラマが放送されたシリアスな大人のドラマ枠でしたが、今後は『ルパンの娘』のようなコメディを増やしていくのかもしれません。 両番組のような笑い重視の番組編成こそ、「フジテレビ復活の狼煙」に見えますし、木曜夜を手はじめに今後は他の曜日にも同じような動きが見られるのではないでしょうか。現在、フジテレビには笑いに関する多くの企画書が寄せられているようであり、来年以降のさらなる変化が楽しみです。【木村隆志】コラムニスト、芸能・テレビ・ドラマ解説者。雑誌やウェブに月20本超のコラムを提供するほか、『週刊フジテレビ批評』などの批評番組に出演。タレント専門インタビュアーや人間関係コンサルタントとしても活動している。著書に『トップ・インタビュアーの「聴き技」84』『話しかけなくていい!会話術』『独身40男の歩き方』など。 
2020.11.15 07:00
NEWSポストセブン
木梨憲武「アラ還に見えない」 仕事を楽しむライフスタイル
木梨憲武「アラ還に見えない」 仕事を楽しむライフスタイル
 芸能界でも屈指のオシャレとして知られる、とんねるずの木梨憲武(58才)が9月中旬、都内のラジオ局に現れた。この日のトップスも、普通の白のワイシャツにみえるが、左わきには英語の文章が縦にプリントされたブランドモノ。多くの芸能人を手掛けるベテランスタイリストは「木梨さんには、テリー伊藤さん、木村拓哉さんと同じスタイリストがついているんです」と明かした。「木梨憲武のスタイルを見つけてくれたのは、大久保さんといっても過言ではない」 木梨が、そう語るほど全幅の信頼を寄せるのが、有名スタイリスト大久保篤志氏だ。前出のベテランスタイリストは「木梨さんがハイブランドもストリート系ブランドも上手に着こなすのは、間違いなく大久保さんの影響」とも話した。 実家の自転車店の屋号「木梨サイクル」を使ったオリジナルブランドでも数々のグッズを販売しており、パーカーやTシャツ、キャップはすぐに売り切れるほどの人気だ。 今年は、相方の石橋貴明が「1年やってみてダメなら引退」と、背水の陣で始めたYouTubeがブレイク。大物ユーチューバーとして、趣味のスポーツを絡めた配信で、見事に成功を収めた。一方、9月13日のYahoo!ニュースのインタビューでは、2018年3月で長寿番組『とんねるずのみなさんのおかげでした』が終了したときに「とんねるずは死にました」と、お笑いコンビとして終わったと感じた心境も明かして、話題になった。 ただ、その石橋が「天才」と称する相方・木梨は、そんな浮き沈みに心ざわつかせることもなく「昔も今も、一貫して飄々と生きていらっしゃる」(テレビ局ディレクター)。 最近も、スマホのCMで共演した指原莉乃(27才)に、撮影現場で「一緒に歌おうよ」と声をかけ、そのまま木梨の旧友で、指原の育ての親の秋元康氏(62才)に連絡。この日のラジオ番組では、その2人と新曲が完成したことを発表した。 前出のテレビ局ディレクターは「木梨さんは、ファッションと同様に、仕事も自分が楽しめることを気の向くままにやるスタイルです。もうすぐ還暦には見えません。その姿勢は、我々がコロナ禍でも楽しく生活するための参考になるかもしれません」と話している。
2020.10.12 07:00
NEWSポストセブン
石橋貴明のYouTubeには数多くの人気動画が(YouTubeより)
とんねるず石橋貴明 YouTube参戦で見せる「別格の存在感」
 お笑いコンビ・とんねるずの石橋貴明による公式YouTubeチャンネル『貴ちゃんねるず』が、登録者数100万人を突破して話題を呼んでいる。芸能界デビュー40周年を迎えた“大御所”の実力は、若手芸人が群雄割拠するインターネットの世界でも大いに発揮されているようだ。 昨年6月19日、それまでSNS未経験だったという石橋は突如として自身のInstagramアカウントを開設。翌7月に放送されたAbemaTV(現・ABEMA)の特別番組『石橋貴明プレミアム第3弾』の企画向けだったものの、わずか1日でフォロワー数が3万人を突破するなど大きな注目を集めることになった。 次にインターネット上で動きを見せたのはちょうど1年後の今年6月のことだった。18日に自身のTwitterアカウントを開設し「よくわからないけど、マッコイにTwitterやれって言われ開設しました。すぐ飽きちゃうかも」とツイートしたのである。またもや反響を呼び、早くも数日後にはフォロワー数が20万人を超えている。 さらに翌19日にはYouTubeチャンネル『貴ちゃんねるず』を開設。「『とんねるずのみなさんのおかげでした』のディレクター・マッコイ斉藤に、YouTubeやりましょうって言われ、何も知らないけどノリではじめちゃいます」とキャプションを添えて最初の動画を投稿した。やはり瞬く間に登録者数が増加していき、約1か月後の7月26日には100万人を突破することとなった。 YouTubeに参戦するお笑い芸人や、YouTuberから芸能界に進出したタレントは今や珍しくないものの、テレビ界で確固たる地位を築いた大物芸能人がSNSをスタートさせて成功した例となると限られてくる。なぜ石橋は成功することができたのだろうか。お笑い評論家のラリー遠田氏はその理由を次のように解説する。「石橋さんがYouTubeで成功した理由は、もともとファンが多かったことと、内容が面白かったことでしょう。言うまでもなく、とんねるずはテレビの歴史に名を残すカリスマ芸人であり、多くの熱心なファンに支えられてきました。今はテレビでもとんねるずとしてのレギュラー番組がなく、石橋さんのファンは彼の新たな活動を待ち望んでいたのだと思います」 さらに、石橋がアカウントを開設する際に名前を挙げていた、ディレクター・マッコイ斉藤氏の存在も重要だとラリー遠田氏は指摘する。他のYouTubeチャンネルとは異なり、『貴ちゃんねるず』ではまるでテレビのような高クオリティの企画を実現することができたのである。「『とんねるずのみなさんのおかげでした』の演出を務めていたマッコイ斉藤さんが制作しているだけあって、テレビのバラエティ番組にも見劣りしないほど動画のクオリティが高いというのも強みです。石橋さんが阿佐ヶ谷姉妹の家に押しかけたり、清原和博さんと男気ジャンケンで支払いを決めたり、『おかげでした』を彷彿させる企画も行われていました」(同前) さらに、40年の芸歴を通して培った幅広い人脈と豊富な知識を活かした企画を実施していることも、『貴ちゃんねるず』の魅力のようだ。なかでもプロ野球の解説動画は非常に優れており、「ここまで人気が出たのは当然」とラリー遠田氏は高く評価する。「石橋さんがプロ野球について解説する企画も人気です。石橋さんはプライベートでメジャーリーグ観戦のために現地に行くほどの大の野球マニアです。野球やスポーツ全般に関して豊富な知識があり、多くのアスリートとの人脈もあり、面白く話をするトーク力もある。野球解説系YouTuberとしても別格の存在なのです。ここまで人気が出たのは当然のことですし、登録者数はこれからもっと増えると思います」 かつてインターネットの世界は“オルタナティブ・メディア”と呼ばれ、テレビをはじめとした既存のマスメディアとは異なる可能性に期待が寄せられていた。しかし現在ではむしろテレビのクオリティをいかに再現できるかが重視されているようだ。 とはいえ、テレビでは不可能な企画を楽しみに待つファンも多いことだろう。“大御所”である石橋がそうした試みに踏み出したら、インターネットの世界の流れも変わっていくのかもしれない。●取材・文/細田成嗣(HEW)
2020.08.04 16:00
NEWSポストセブン
石橋貴明YouTuberデビューで注目される「松本人志の決断」
石橋貴明YouTuberデビューで注目される「松本人志の決断」
 ついに関東のお笑い界の大御所、とんねるずの石橋貴明(58才)が、6月19日にYouTuber(ユーチューバー)デビューを果たした。まずは、6月18日に公式ツイッターを開設し「よくわからないけど、(演出家の)マッコイ(斉藤)にやれって言われ開設しました。すぐ飽きちゃうかも」とツイート。その深夜には、TBSラジオ『木曜JUNKおぎやはぎのメガネびいき』に乱入し、共演歴の多い後輩お笑いコンビ・おぎやはぎに絡んで、久々に“ノリ芸人”の面目躍如たる大暴れをした。 同ラジオでは、自虐的に「(今のテレビ界で)ほぼほぼ戦力外通告だから、マッコイが『最後の死に場所を俺が作ってやる』って言うから」と、ネット界で始動した理由を明かすと、「この1年やってみてダメなら、まぁ引退」とまで宣言して、世間を驚かせた。 その勢いで「石橋、ヒマだからYouTubeやるってよ」と、公式YouTubeチャンネル「貴ちゃんねるず」も開設。初回は、2018年3月での放送終了まで「とんねるずのみなさんのおかげでした」の演出家だったマッコイ斉藤氏に直撃されて、YouTuberデビューを決断した瞬間の映像を配信すると、わずか2日で100万回再生を突破した。 テレビ局関係者は「貴さんは、コンプライアンス重視で、かつての自身のお笑い映像すら流せなくなったテレビ界に限界を感じていたので、テレビではできないことを配信してくるはず。何をやられるのか、皆が注目しています」と語る。 こうなると、もう1人の大物芸人の動向にも、がぜん注目が集まってくる。ダウンタウンの松本人志(56才)だ。 新型コロナウイルス禍の自粛生活中に、ツイッターで「松本人志に望むことはありますか~?」と募ると、人気YouTuberのカジサックことお笑いコンビ・キングコング梶原雄太らから「YouTuberデビュー」を求める声が、多く寄せられた。5月11日放送の「ワイドナショー」(フジテレビ系)では、それに対して「ツイッターでも動画配信もできる。一銭の金にもならんほうがいいかなと思う」と回答していた。前述のテレビ局関係者はこう話す。「松本さんはテレビの冠番組が多く、テレビでできない企画もAmazonプライムビデオの冠番組で実現できているので、現状はYouTubeに進出する必要性がありません。ただ、少し前までは、貴さんのYouTuberデビューも想像できなかった。松本さんほど笑いにストイックで貪欲な人はいません。次のステージとしてYou Tubeが相応しいと思えば、決断する可能性はあるでしょう。私も、松本さんのYouTubeがあったら見てみたいですね」 石橋が動いたことで、いよいよ“西の大物”も動き出すか。
2020.06.26 16:00
NEWSポストセブン
千鳥は第何世代?(時事通信フォト)
お笑い第7世代が席巻 第1世代からの歴史とそれぞれの特徴
 最近、「お笑い第7世代」と呼ばれる20代の若手芸人を中心としたブームが起きている。芸能界は「年齢=芸歴」ではないため明確に“世代”の境界線を引くことは難しいが、お笑い評論家のラリー遠田氏が戦後ニッポンのお笑い芸人を大きく7つの世代にわけて、その特徴を分析した。 * * * 第1世代にあたるのは、1970年代に一世を風靡したコント55号の萩本欽一や志村けんを擁したザ・ドリフターズといった芸人である。彼らは、テレビが娯楽の中心だった時代に数々のコント番組を持ち、国民的なスターとなった。 第2世代の代表格はタモリ、ビートたけし、明石家さんまの「お笑いBIG3」だ。たけし、さんまの出演する『オレたちひょうきん族』では、芸人同士がお互いの秘密を暴露し合うような“内輪ノリ”の新しい形のコントが若い世代の視聴者に支持された。これによってザ・ドリフターズが出演していた裏番組の『8時だョ!全員集合』は終了に追い込まれた。 第3世代と呼ばれるのはとんねるず、ウッチャンナンチャン、ダウンタウンといった面々。彼らは上の世代の芸人に対抗心を燃やし、新しい価値観の笑いを生み出していった。彼らはフジテレビのゴールデンタイムに自分たちの名前を冠したコント番組を持ち、そこで独自の笑いを追求していった。 第4世代の筆頭はナインティナインやロンドンブーツ1号2号である。この世代の芸人の精神的支柱となった番組が『めちゃ×2イケてるッ!』である。ナイナイを中心にして、極楽とんぼ、よゐこなどが脇を固め、ドキュメンタリー風の演出を取り入れた新しいお笑い番組の形を確立した。 また、『ボキャブラ天国』をきっかけに若手芸人ブームが起こり、ここに出ていた芸人たちが一時的にアイドル的な人気を博した。しかし、その後もテレビで生き残れたのは爆笑問題、くりぃむしちゅー、ネプチューンなど極々少数の芸人だけだった。 第4世代の時代には、個々の芸人よりもテレビの作り手の方が力が強くなっていた。「誰がやるか」よりも「何をやるか」の方が重視されるようになったということだ。芸人の名前を冠したコント番組は消滅し、芸人がテレビに首根っこをつかまれる時代になった。第6世代で芸人が“急増” 第5世代の芸人はネタ番組から出てきた人が多い。この時代の代表的なネタ番組が『爆笑オンエアバトル』と『M-1グランプリ』である。オンバトからはアンジャッシュ、タカアンドトシなど、M-1からは中川家、フットボールアワー、ブラックマヨネーズなど多数の芸人が輩出された。 第6世代の芸人の特徴は、とにかく芸人の数が圧倒的に多いということだ。それまでいくつかあったお笑いブームの影響で、芸人志望者が年々増えていた。それらを取り込むためのネタ番組も多数生まれた。特に『エンタの神様』は社会現象になるほどのブームを生み出した。『M-1』『R-1ぐらんぷり』『キングオブコント』といったお笑いコンテスト番組も増えて、ネタが面白い芸人がチャンスをつかむという風潮が一般的になった。 第7世代とは、主に「平成生まれ」の芸人を指す。彼らをめぐる状況が一気に変わったのが2018年だった。この年、『キングオブコント』でハナコが優勝し、『M-1』で霜降り明星が優勝した。いずれも20代中心の若い芸人ばかりだった。 その後、霜降り明星のせいやがラジオ番組の中でふと口にした「第7世代」という言葉が独り歩きして、彼らと同世代の芸人が何かと注目されるようになった。 彼らの特徴は、お笑い界の上下関係にあまり縛られていないことと、テレビに対するこだわりが薄いことだ。物心ついた頃からネットやスマホに慣れ親しんでいる彼らは、ユーチューブなどのメディアに対する偏見も少なく、テレビを絶対視していない。彼らがこれからのお笑い界を支えていくことになるだろう。※週刊ポスト2020年7月3日号
2020.06.23 16:00
週刊ポスト
TBS女子アナのブレイク候補は古谷有美 遅刻で知名度UP
TBS女子アナのブレイク候補は古谷有美 遅刻で知名度UP
 TBSといえば、雨宮塔子、進藤晶子、小林麻耶、青木裕子、田中みな実、宇垣美里など、これまで数多くの人気女子アナを輩出してきた名門。TBSの女子アナの個性を語る上で外すことができない要素が「ラジオ」だ。女子アナウォッチャーの丸山大次郎氏は、「ラジオがフリー転身後の成功につながっている」と語る。「TBSは在京キー局で唯一ラジオ局を自社で運営しているため、開局以来、女子アナがラジオの仕事を数多くこなしています。これは他局にはない特徴です。TBSラジオは久米宏さんや大沢悠里さん、生島ヒロシさんといった人気パーソナリティがたくさんいて番組を盛り上げていた。そこでアシスタントとして大御所と絡むことでフリートークを学んだり、人気を獲得していく場になった」 その走りとなったのが、新人時代に『大沢悠里ののんびりワイド』に出演していた吉川美代子アナだ。「新人だった吉川さんは当時“TBSの松坂慶子”と呼ばれて世間から持ち上げられていましたが、大沢さんはそれをもじって“TBSの松阪牛”とあだ名をつけてイジっていた。これがリスナーに浸透し、人気獲得に一役買ったのです。 また、ラジオはテレビより自由ですから当然下ネタも振られます。特にこの番組は『お色気大賞』なんてコーナーがあったくらいですから。吉川アナは“あれで下ネタに免疫ができた”と語っています。小島慶子アナのラジオも女子アナらしからぬ毒のある個性が受けていました。そうしたタレント的な経験が、その後の活躍に活きています」 丸山氏が次に“来る”と予想するのが古谷有美アナ。「とんねるずの木梨憲武さんとの生放送に遅刻したことが、不名誉ながら全国区のニュースになりました。それをきっかけに知名度がアップし、最近ではエッセイ本の出版や伊勢丹とコラボした洋服のプロデュースまでしている。フリー転身を予感させますね」◆取材・文/河合桃子 写真/ロケットパンチ※週刊ポスト2020年6月5日号
2020.05.26 16:00
週刊ポスト
郊外で夜も明るいのはヤンキーたちも群がるコンビニかファミレス(イメージ)
元ヤン47歳のプロパンガス販売店主が北関東の地元を離れる日
 大人になったら、お父さんと同じ○○屋になる。自営業の家の子どもなら、小学生くらいまでなら口にしたことがある将来の夢ではないだろうか。30~40代の就職氷河期世代からみると、個人商店であっても経営者の家の同級生はうらやましく見えているかもしれない。しかし、自営業の子どもたちも、親世代のようにうまくいかないと悩む人が多い。親世代と違ってうまくいかないことが多いとわだかまりを抱える彼らに対し、まだやり直せるという期待をこめて「しくじり世代」と名付けたのは、近著『ルポ 京アニを燃やした男』が話題の日野百草氏。今回は、元ヤンキーで父のプロパン屋を受け継いだ47歳男性が迎える人生の岐路についてレポートする。 * * * 北関東、国道沿いのファミレスで待ち合わせをすると、竹下竜二さん(仮名・47歳)が入ってきた。スラリとした長身でなかなかのイケメンであるが、上下のスウェットは色あせて毛玉が浮いている。彼は祖父の代からのプロパン屋で、差し出された名刺には「有限会社竹中燃料代表取締役」とあった。「親にだまされた。こんな目にあうならプロパン屋なんて継がなかった」 竹下さんは地元でも有名なヤンキー工業高校を1991年に卒業後、親の紹介でガソリンスタンドを経営する地元販売店に就職した。「車が好きなんだ。最初に勤めた会社はスタンドだったけど簡単な修理とかもしてて、俺も手伝ってた」 あとで見せてもらったが、なかなか気合いの入った中古のセルシオだった。維持費も保険もバカにならないだろう。 竹下さんは中学、高校とやんちゃだったそうだ。十代のころは警察の世話にもなっている。バイク泥棒や対立するグループとの衝突による暴行など。「あん時は高卒の就職なんて余裕だった。俺はコネでスタンドに正社員で入れてもらえたけど、あの時代、俺のバカ高校でも素行のいい奴は大手の工場とかに入れた。もっともヤンキーの親は自営業が多いんで、そのまま親の手伝いが自然だね」 団塊ジュニアでも1971年、1972年生まれは高卒ならバブル期だった。悲惨なのは大学に進学してしまった層であり、彼らは卒業時にバブルが弾けることになる。全員が就職氷河期のポスト団塊ジュニアと違い、個々の団塊ジュニアに氷河期に関する感覚の齟齬があるのはこのせいである。「学生時代も勤めてからも、30代までは最高に楽しかったよ」 竹下さんはこの通りのルックスなのでモテたそうだ。常に女の子はとっかえひっかえ、社会人になってからも地元の学生とヤリまくった。「ちょっとワルぶって車コロがして、背が高くてイケメンならいくらでも女は引っかかる。ヤンキードラマ観たりヤンキー漫画読んで勉強したよ」 1980年代はヤンキー文化真っ盛りである。漫画『ビー・バップ・ハイスクール』や『湘南爆走族』『ろくでなしBLUES』などが人気を集め、「ティーンズロード」「チャンプロード」といった暴走族雑誌がコンビニに並んだ。とんねるずがテレビで暴れまくったのもこの時代である。「スポーツが得意な面白い不良」という地元カースト上位を意識したキャラクターは、当時の青少年の世相を反映する形でバカウケした。「家出中の女の子ともつきあったよ。地元でグレた女の子や母子家庭の女の子とか、とにかくどんな女の子でもつきあえた」 1990年代までは、青少年の性におおらかな時代だった。テレクラ、ブルセラといった援助交際問題が本格化した1998年の児童買春、児童ポルノに係る行為等の規制及び処罰並びに児童の保護等に関する法律(いわゆる児ポ法)成立、および1999年施行以前の話である。それまでは児童福祉法や都道府県の淫行条例で対応していたものの、現実には恋愛と売春、趣味趣向との線引きや表現の自由の問題もあり厳格には処されなかった。 今もそういう風潮は残っているが、団塊ジュニアが思春期だった時代はヤンキー、とくに地方は早婚が多く、現実には十代の性、十代の出産も珍しくはなかった。親世代も戦後世代、団塊世代なのでその時代の価値観のまま、性にゆるい家庭も多かった。そういう環境にいた竹下さんは、ガソリンスタンドでアルバイトをしていた中卒の女の子と後先考えずに関係を結び、妊娠したので結婚したそうだ。「俺は上手いと思ってたんだけど、失敗した」 結婚してアパートを借りて独立したものの生活費を入れず車に金をつぎ込む竹下さん。両者のご両親の援助でなんとか暮らしていた若妻だったが、竹下さんの知らない間に別の男と深い関係になっていた。「あの女は顔さえよけりゃ誰でもいいんだ。あいつの親も元ヤンの大先輩でおっかないから仕方なく結婚したけど、とんだ女に引っかかった」 ひどいことを言うものだと思うが、竹下さんはこの辺の地元の男はこんなもんだと言う。女を殴るのも当たり前とか。そもそも偏差値50を越える高校が地元にないから、普通の頭をしていれば必然的に越境となる。同じ関東だが、私の生まれ育った野田市もそうだった。熱心なフェミニストの皆様はインテリや都市部の男ばかりを攻撃して、それより多数であろうこのような地方ヤンキー男子や田舎おじさんの話はなぜかしないし関わらない。気持ちはわかるが。「子供の親権は向こうが持ってったけど、一家で経営してた斫(はつ)り屋(※工事の時にコンクリートやアスファルトを削る仕事)が食い詰めて夜逃げしたんだ。どこにいるんだろうね」 養育費は最初のうちは払っていたが、そのうち払わなくなり、元妻、子どもと連絡がとれなくなって結局、払わなくて済んで助かったとのことだ。竹下さんによれば出来ちゃったや早婚のあげく離婚する仲間は多いが、誰も養育費なんてものは払っていないという。「偉い弁護士さんとか頭のいい人がガタガタ言ったって、別に刑務所入れられるわけじゃないし、そいつらが俺たちをシメに来るわけじゃないし」 40歳を過ぎても元ヤンは元ヤンだ。更正した者もいるだろうが、基本的なやんちゃぶりが変わらないのは私も生まれ故郷で実感する。都会の頭のいい人や偉い人が何を言ったって、地元で彼らは法を犯さない限り無敵だし、元ヤン気質こそが田舎で生き延びる道だったりもする。PTAでも子供会でも自営業の元ヤンが仕切り、土地を離れない限りは一生地域カーストの上位に位置する。竹下さんの土地では団塊ジュニアの中高不良文化がそのまま残っている。「東京で失敗したのか知らないけど、最近は地元に戻ってくる奴もいる。でも一度出てった奴なんか誰も相手にしないね。だいたい学歴だけの頭でっかちだし、キモいオタクだったりするし」 そう得意げに言ってのける竹下さんだが、いま自身の生活が危ういという。「親のプロパン屋を継いだんだ。親父が急死したんで、母親ひとりじゃ廃業しかない。親孝行のつもりで継いだのに、借金はあるし全然稼げてない、契約戸数も150くらい」 竹下さんは実家に暮らしていたのに実情を知らなかったそうだ。老夫婦だけならなんとかやれるくらいの規模で、配送だけ委託、その他の検針や簡単な修理、保全は親父さん一人でやっていた。プロパンガスの採算は地域や価格、契約内容でまちまちだが150戸では厳しいだろう。「それに親父が死んで俺が後を継いだ途端に契約解除しはじめる家が出てきた。親父との義理で契約してただけで、もっと安いとこに切り替えるってんだ。でも供給会社の卸値だって上がってるし配送コストもバカにならない。第二種販売主任者とか保安業務員なんて資格は俺でも取れたけど、肝心のお客が減る一方じゃどうにもならない。このままだと廃業だよ」 竹下さんは実家を手伝うことはあったが、基本的にガソリンスタンドの社員だったり、退職後は地元の小さな整備工場で働き、3級自動車整備士の資格を取って大手カー用品店の契約整備士をしていた。気ままな実家暮らしで車に金をつぎ込み、女の子と遊んで40歳を過ぎた。そして実家を継いだが、名ばかりの代表取締役で母が専務の典型的な三ちゃん営業(※とうちゃん、かあちゃん、にいちゃんの三ちゃん)ならぬ二ちゃん営業で、頼みの地元の元ヤンキー仲間も仕事となるとシビアな対応だ。「いっそ会社を潰して楽になりたいけど、地元金融機関からの融資がまだ残ってる。自動的に俺が会社の保証人なんでほんとに騙されたよ。おふくろは潰したくないと言うし、八方塞がりだ」 営業努力でどうにかなるものでもないと竹下さんは言う。実際そうだろう。オール電化や都市ガスの整備、ガスの自由化による競争激化は個人の努力の問題ではない。ウォーターサーバーなど多角化しても都市部と違い、田舎の反応はイマイチだ。 近年は自営業を継いだ団塊ジュニアにこうしたケースが目立つ。筆者が知る限りでも写真屋、電気屋、印鑑屋、文具屋、そして本屋……グローバリズムとネットを始めとする商形態の変化は、町の小さな店を駆逐した。家賃のいらない自己所有の店や上階を貸したりできるような年金暮らしの老夫婦でなんとかやっていける程度の話であって、働き盛りで金のかかる40代が所帯を切り盛りできるような規模でも収入でもない。団塊ジュニアにとって馴染みの業種が、あっという間に絶滅危惧種になってしまった。 ニッチな商才でうまくやっている二代目三代目もいるがそれはレアケースで、現に廃業が相次ぎ、旧来の商店街はシャッターばかりのゴーストタウンと化して久しい。逃げ切った団塊世代と違い、うっかり継いでしまった団塊ジュニア、竹下さんはその実情を知らないまま、活気のあった1980年代の地元と、自身の感覚のままに引き継いでしまった。「まあいろいろ資格は持ってるんで、自己破産してもどこかで働けると思う。その時は地元を出ることも考えるかな」 筆者はびっくりした。こういう人は地元愛が強いので離れることなど考えない、地元を出て働いたとしてもせいぜい近郊の工場で期間工だ。車で通える範囲内で、あくまで生活拠点としての地元は離れない。「だって潰したらかっこ悪いし」 そういうことか。なるほど狭い社会で失敗したら恥ずかしいということなら納得だ。地元ヒエラルキーの強者だった竹下さんならではの考え方だろう。竹下さんは背が高くて足が速くて喧嘩が強い者がもてはやされ、地縁血縁が物を言う世界の上位者だ。しかし50歳間近の竹下さんが言葉の通り東京に出るなら、経験したことのない都市リバタリアニズムの洗礼を受けることになるだろう。昭和の地方ヤンキー文化にどっぷり染まった竹下さんが、適応できるのだろうか。 私は地元に残ることをそれとなく勧めた。竹下さんが失敗しても、地元はそれほど気にしないと思う。よそ者ならともかく、代々溶け込んできた地元民には優しい。田舎はそんなものだ。本当に追い詰められたときの彼らの仲間意識の高さは、いくらネット民が小馬鹿にしても変わらないし頼もしい。マイルドヤンキーに関する社会学ではないが、令和の世になっても、その結束と地縁強さは変わらない。 もちろんそんな田舎も将来的にはグローバリズムの波に飲み込まれるだろう。竹下さんが20代なら別の生き方を勧める。だがもう47歳である。前向きに考えるならあと20年、地元でほそぼそとなんとかやって逃げ切る可能性のほうが高いだろうし当面は安全だ。 地元に残れず、いつまでもよそ者で根無し草となった私からすれば、そんな竹下さんが、マイルドヤンキーがちょっと羨ましくも思える。彼らからすれば、わざわざ東京でいらぬ苦労と競争ばかりに疲弊して、端からしくじっているのは私のほうかもしれない。●ひの・ひゃくそう/本名:上崎洋一。1972年千葉県野田市生まれ。ゲーム誌やアニメ誌のライター、編集人を経てフリーランス。2018年9月、評論「『砲車』は戦争を賛美したか 長谷川素逝と戦争俳句」で日本詩歌句随筆評論協会賞奨励賞を受賞。2019年7月『ドキュメント しくじり世代』(第三書館)でノンフィクション作家としてデビュー。12月『ルポ 京アニを燃やした男』(第三書館)を上梓。
2020.01.06 16:00
NEWSポストセブン
2008年の紅白初出場歌手たち(共同通信社)
NHK紅白で最後に「蛍の光」を歌わなかった年も 今年は?
 2019年大晦日で放送70回の節目を迎えるほどの積み重ねがあるNHK紅白歌合戦ともなれば、視聴者も承知している「お約束」がある。紅白では当たり前と思われていることのウラに隠された意外な話を、最新刊『紅白歌合戦ウラ話』が話題の合田道人(ごうだみちと)氏に聞いた。■エンディングで「蛍の光」を歌わなかった年がある? 東京五輪前年で聖火ランナーに扮した渥美清がオープニングを飾り、フィナーレでは『東京五輪音頭』で幕を閉じた(第14回)。東京五輪前年の今年も要注目だ。■紅白で最も「肌の露出」が多かった歌手は? とんねるず。パンツ1枚で登場し、背中には「受信料を払おう」の文字が。「アイラブNHK」と叫んでステージを去った(第42回)。DJ OZMAは全裸ボディスーツ着用で抗議が殺到した(第57回)が露出度ではナンバーワン。■「松本伊代」はなぜ紅白に出場できなかったのか?「商品名や個人名は宣伝になるためNHKではご法度。『センチメンタル・ジャーニー』は♪伊代はまだ~がネックで松本伊代は紅白に出場できなかったと言われています。『プレイバックPart2』は真っ赤なポルシェをクルマと歌っていましたが、山口百恵がトリを飾った1978年に“ポルシェ”を解禁(第29回)。『神田川』も歌詞のクレパスが商品名にあたるとNGでしたが、南こうせつが出演した平成にはOKとなっていました(第43回)」(合田氏)■紅白で最も多く「同じ曲」を歌った歌手は? 石川さゆり。『天城越え』11回、『津軽海峡・冬景色』10回。近年は偶数回に『津軽海峡・冬景色』が歌われており、70回の今年は『天城越え』の記録が並ぶか!?■トリと大トリを決めないで開始したことがある? 先攻・後攻を決めず、台本を2パターン用意してスタート。放送中にダーツで選び、矢は白組に的中。白組先攻だったため五木ひろしがトリ、八代亜紀が大トリに(第31回)。※週刊ポスト2019年12月20・27日号
2019.12.17 07:00
週刊ポスト
紅白歌合戦トリビア 歴代最高視聴率81.4%の立役者は?
紅白歌合戦トリビア 歴代最高視聴率81.4%の立役者は?
 2019年大晦日、放送70回を迎えるNHK紅白歌合戦には、その歴史の長さ故に知られざる過去がある。最新刊『紅白歌合戦ウラ話』が話題の合田道人(ごうだみちと)氏に、意外な紅白のウラ話を聞いた。■紅白は「GHQ」から潰されかけたことがある? 終戦を迎えた1945年暮れ、国民を元気付けようと「紅白歌合戦」が企画された。当時は番組の制作にGHQの検閲が入ったが、通訳が「レッド&ホワイト ソングバトル」と訳したところ“敗戦国がバトルとは何事だ!”と却下。タイトルをマッチ(試合)と変更することで、「紅白音楽試合」として放送された。■第1回の紅白は「1月3日」に放送された? 紅白歌合戦の第1回は1951年1月3日にお正月番組として放送された。ラジオの生放送で1時間だった。第3回まではお正月、テレビ放送が始まった第4回から大晦日に放送されるようになり、1953年には年始と年末の2回、紅白が行なわれた。■毎回違う名前で出演したのは? 木梨憲武。とんねるず(第42回)、憲三郎&ジョージ山本(第47回)、野猿(第50回)の3回とも、異なる名前だった。■歴代最高視聴率81.4%は、五月みどりのおかげだった? 81.4%と驚異の視聴率を叩きだした第14回。瞬間最高視聴率は五月みどりの『一週間に十日来い』で85.3%を獲得。■「紅組」「白組」両方で出場したことがある歌手は「5組」いる? シルヴィア(第34回に菅原洋一と白組出場)、サザンオールスターズでは白組だった原由子(第42回にソロで紅組出演)、紅組トリをつとめたこともある和田アキ子(第56回にm-floと白組出場)、男女混合グループのAAA(紅・白交互に出場)。「和田弘とマヒナスターズが白組で出場した第16回当時は男女混合グループが認められず、一緒に歌っていた田代美代子は出られませんでした。第19回のピンキーとキラーズからその縛りが解かれ、第40回にマヒナスターズは松尾和子と紅組で出場しました」(合田氏)※週刊ポスト2019年12月20・27日号
2019.12.10 07:00
週刊ポスト

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