武田久美子一覧

【武田久美子】に関するニュースを集めたページです。

東大生は勉強だけでなくアイドルにも強い(時事通信フォト)
「アイドルの登竜門=東大」の背景、立役者は和田秀樹氏
 秋と言えば学園祭シーズン。かつては毎年のように「学園祭の女王」が誕生し、何人もの女性タレントがスターへの階段を駆け上ったが、学園祭とアイドルを結びつけたのは、意外にも日本の叡智が集う東京大学だった。 大学闘争真っ盛りの1970年代初頭までは、東大の学園祭が近づくとキャンパス内には政治的な立て看板が乱立した。しかし闘争が落ち着いた1970年代半ば、東大で「山口百恵を守る会」が結成される。これを契機に、東大では空前のアイドルブームが巻き起こり、五月祭にもタレントが登場するようになる。その“立役者”が、1979年に東京大学理科III類に入学した精神科医の和田秀樹氏だ。「僕は自分の映画の主演となるアイドルを探したくて、2年生の時にアイドルプロデュース研究会(通称:アイプロ研)を作ったんです。そしていろんな雑誌に学園祭で行なう『東大生が選ぶアイドルコンテスト』の記事を出したらすごい反響でね。1回目は1000人、2回目は1500人もの女の子が集まった。第2回の優勝者が武田久美子です。でも彼女の売り出し方を考えていた矢先に近藤真彦主演映画『ハイティーン・ブギ』のヒロインに抜擢されて全部パーになっちゃいました(笑い)」 メディア評論家・宝泉薫氏もこう話す。「武田久美子を発掘した実績のおかげで、その後、多くのタレントがゲストで呼ばれるようになり、『東大の学園祭=アイドルの登竜門』というイメージが定着した。Every Little Thingで大ヒットした持田香織をアイドル時代に呼んだり、近年でも現役東大生が所属していた地下アイドルの仮面女子を出演させ、ブレイクにつなげました。先見の明があったのでしょう」 学問への貢献はもちろんのこと、年に一度のお祭りでも東大は大きな“功績”を残していた。取材・文/河合桃子 写真/ロケットパンチ※週刊ポスト2019年11月8・15日号
2019.10.30 16:00
週刊ポスト
忍野さら、鈴木ふみ奈、福井セリナ 最新下着トレンド撮
忍野さら、鈴木ふみ奈、福井セリナ 最新下着トレンド撮
 トリンプ・インターナショナル・ジャパンが女性の下着に関する意識調査「下着白書」を8月に公開。好みの色、購入額、プレゼントをされた経験など、下着の実態が色々と明らかになった。時代は平成から令和へと移り変わったが、新時代はどんな下着が流行るのか? スタイル抜群の人気グラドル3人が令和の最新下着を着こなした。●インポート下着 日本にない独創的なデザインで魅せる要素が強い外国製下着。昨今は国内下着メーカーもこの流れに追随するなど下着業界は「デザイン路線」へ。●スポーティ下着 ここ2、3年で増加中なのがスポーティなデザイン。種類も豊富でスポーツブランドも進出、「着心地がいい」「下着っぽくない」点が女性受け◎。●国産最新下着“古風”“控えめ”が多かった国内メーカーもインポートのように個性的な下着が増加。“ノンワイヤーだけど盛れる”といった日本女性の要望に応えている点が人気。【プロフィール】◆すずき・ふみな/1990年生まれ、埼玉県出身。身長167cm、B96・W62H93。「ミスFLASH2011」グランプリ。貝殻ビキニを着用した写真が注目され、武田久美子の後継者と呼ばれる。昨年はミス・ワールド・ジャパン2018にエントリーし、審査員特別賞を獲得。◆おしの・さら/1995年生まれ、東京都出身。身長164cm、B91・W58・H86。2016年にデビューし、2枚目のDVDが爆発的な売り上げを記録。瞬く間にグラビア界の頂点に立った。◆ふくい・せりな/1994年生まれ、新潟県出身。身長170cm、B87W61H89。慶應義塾大学薬学部卒。薬剤師の資格を持つ異色のグラドルとして各方面で活躍中。Twitter【@serina_fukui】※週刊ポスト2019年9月13日号
2019.09.08 16:00
週刊ポスト
鈴木ふみ奈×忍野さら 「セクシー女性調査」緊急反省会
鈴木ふみ奈×忍野さら 「セクシー女性調査」緊急反省会
 週刊ポストが1000人を対象に行った「ニッポンのセックスシンボル」アンケートで、人気グラドルの忍野さらと鈴木ふみ奈はそれぞれ2票を獲得するも、“ランク外”となった。今後を担う「次世代セックスシンボル」の2人が「緊急反省会」を開催した。忍野:私にとって「セックスシンボル」と聞いて思い浮かぶイメージは、思わず目を奪われてしまう女性です。グラビアに挑戦し始めた頃からの憧れである井上和香さん(55位)や、磯山さやかさん(67位)の大先輩2人はやはり上位に選ばれていて、さすがです!!鈴木:あとは「自分だけの魅力」がある人が強いよね。“悪女キャラ”の菜々緒さん(7位)もそうだし、私は武田久美子さん(67位)で有名な「貝殻ビキニ」を写真集で着たのですが、鈴木ふみ奈といったらコレ、みたいな代名詞がほしい!!忍野:一方で、セックスシンボルには壇蜜さん(1位)や石原さとみさん(5位)のような上品な魔性感も大事。私は沢尻エリカさん(55位)の大ファンなんですけど、沢尻さんには逆に魔性の中にも男性がどこか守ってあげたくなるような“脆さ”が隠れている気がするんですよね!!鈴木:やっぱり二面性って魅力だよね。さらちゃんはすごく美人で強そうだけど、笑うとどこか隙のある感じに見える(笑い)。忍野:そうかな? デビュー当時は波打ち際でニコッ、みたいな撮影が多かったけど、最近は“魔性キャラ”設定が増えてきたの。でも実は、そっちの方がしっくりくるんです。鈴木:さらちゃんはSなの?忍野:どっちかというと(笑い)。鈴木:けどさ、撮影時に「好きな人と別れるイメージ」とかって言われると、本当に悲しくて涙が出てきちゃうような時ない?忍野:うん、かなり感情移入する。私も毎回、恋人を見る感覚でレンズを見つめてるし、撮影中は“女”を全力投球してる。鈴木:だよね。私もそのつもりだったんだけど、実は以前カメラマンさんから「鈴木は私生活で恋人を作れ」って言われちゃって。実体験に基づいた滲み出るエロスが足りないと。忍野:あー。私も仕事で燃え尽きて、家では完全に“干物女”と化してテレビばっかり見てます。鈴木:上位の方々は経験豊富そうだし、私たちに足りないのは経験値かな(笑い)?忍野:今後はグラビア以外のお仕事にも挑戦して、女に磨きをかけていきたいです。鈴木:うん。私もお芝居を頑張って、私生活も充実させます!【プロフィール】◆おしの・さら/1995年、東京都生まれ。身長164cmB91・W57・H81。2016年にデビューし初DVDがヒットし瞬く間にグラビア界の頂点に。最新DVD『もしも、あなたが…』(イーネット・フロンティア)が7月20日発売。◆すずき・ふみな/1990年、埼玉県生まれ。身長167cmB96・W62、H93。グラドル界随一のヴィーナスボディでデビュー以来絶大な人気を誇り、バラエティ、ドラマ、舞台等でも活躍。最新写真集『FISH』(リイド社)が発売中。※週刊ポスト2018年7月13日号
2018.07.08 16:00
週刊ポスト
写真家・渡辺達生氏 遺影ではなく「寿影」を企画した経緯
写真家・渡辺達生氏 遺影ではなく「寿影」を企画した経緯
 グラビア写真界の第一人者、渡辺達生氏(69)といえば、これまで撮ってきた人物は華々しい女性ばかり。美空ひばりを始め、貝殻ビキニで話題になった武田久美子、写真集が50万部を超える大ベストセラーになった川島なお美、アイドルグループAKB48に至るまで、その数4000人以上だ。 そんな渡辺氏が還暦を迎えてから力を注いでいるのが、“人生最期の写真を笑顔で撮ろう”とのコンセプトで立ち上げた『寿影』プロジェクトだ。『寿影』とは、渡辺氏による造語で、商標登録されている。葬儀で使用される『遺影』の“遺”の文字には暗くて辛気臭いイメージがあると感じていた渡辺氏は、代わりにこれまでの人生を祝う意味を込めて、美しい響きを持つ“寿”を選んで命名した。 きっかけは、義父が80代半ばで亡くなった際、自分が撮影した写真を遺影に使うことを義母に拒否されたことにある。「僕としては自信を持って撮った1枚。でも、義母に“私が知っている表情じゃない。夫はもっといい笑顔だった”と言われたんです。カメラマンとしてショックでしたね」 亡くなる3年前、すでに病気を患っていた頃に撮影した義父の表情は、長年連れ添った妻には納得のいかないものだったのだ。結局、遺影として義母が選んだのは、60代の旅行先での元気な笑顔のスナップ写真。遺影は技術だけではなく、その人の内面を表現したものでなければ成立しないと渡辺氏は痛感した。「還暦過ぎの元気なうちに渾身の笑顔を撮っておくのもいいじゃないか」とカメラマン魂に火がついた渡辺氏。まずは小中高の同級生に声をかけてひとりずつ撮影を行なった。聞くと、誰も自分の近影を持っていないことに驚かされ、ことさら寿影の重要性を感じた。「背景は余計な情報を入れないよう、シンプルな白バック。自然な笑顔を引き出すための架け橋となる宝物やお気に入りの一品を持ってきてもらい、それについての会話を交わしながら素の表情を撮影することに集中する。目指したのは、心にピントを合わせた、いつも通りの笑顔です」 撮影時間はわずか10分程度。できあがった写真を見ると、みんなが喜んでくれた。 撮影後、同級生2人が亡くなり、実際に遺影として使われた。渡辺氏は、遺影ではあまり見かけない笑顔の写真を心配したが、「弔問客は好意的に捉えてくれたので安堵した」と語る。『寿影』の輪は人づてに広がり、現在は渡辺氏が運営する『六本木スペース ビリオン』での撮影会と、小学館が運営する『サライ写真館』で、一般の人の撮影を受け付けている。「理想は3年毎の撮影更新。“3年後にまた会いましょう”と声をかけると、85歳の人も“よし頑張ろう”という気になってくれる。そのためには、まず僕が元気でいなくちゃ。頑張りますよ」 この日、渡辺氏は漫才師の内海桂子さんの楽屋を訪れ、以前に撮影してあった『寿影』を拡大プリントで贈呈。「3年後も撮りますよ。それまで元気で!」と、再会を誓い合った。※週刊ポスト2018年2月16・23日号
2018.02.11 07:00
週刊ポスト
グラビアの定番「手ブラ」 その単語が生まれた年は?
グラビアの定番「手ブラ」 その単語が生まれた年は?
 手のひらで乳房を隠す「手ブラ」。今ではグラビアでは定番のポーズだが、かつてはその意味合いは異なっていた。 1977年、19歳の夏目雅子が乳房を両手で隠すカネボウ「Oh!!クッキーフェイス」のポスターが大反響を呼ぶ。小麦色の肌で海岸を走り、健康的なイメージを醸し出すことに成功した。表現のいち手法として広く用いられるようになった手ブラだが、当時、まだ“手ブラ”という言葉は生まれていない。当時はこうした写真表現において手ブラに言及するのはある種のタブーだった。「胸を隠しているかどうかにフォーカスする言い回しは、ややもすれば下衆に聞こえる。あくまで綺麗に撮れているかという芸術性が重要だった」(社会学者の太田省一氏) その流れを変えたのが松坂慶子だった。1979年、シャワーシーンが話題になった映画『配達されない三通の手紙』のパンフレットでは一糸纏わぬ姿で、バストを手で覆っている。「手ブラが綺麗さだけではなく、エロさをも前面に押し出す表現となるきっかけを作った。もともと彼女は、お色気路線の大映映画出身のため、抵抗が少なかったのかもしれません」(太田氏)『GORO』や『写楽』などグラビアを売りにする雑誌が増えていったこともあり、1980年代になると、由美かおるや范文雀、大信田礼子、高樹澪などの女優も胸を手で隠すことを取り入れている。1980年代に既に定番化していたものの、手ブラという言葉自体はまだ生まれていなかった。 また、平成に入った1989年には武田久美子の貝殻ビキニが話題になった。撮影者の渡辺達生氏は、手で胸を隠すことに見飽きて、試行錯誤の結果として貝殻を使ったと後述している。 1990年代に、かとうれいこや細川ふみえ、C.C.ガールズ、ギリギリガールズなどのグラビアアイドルが多数出現。ようやく写真週刊誌に1997年頃から『手ブラ』という見出しが登場する。「1980年代までアイドルは歌がメインで水着グラビアはスタンダードなものでした。1990年代、グラビアアイドルがジャンルとして確立され、アイドルでありながら水着以上ヌード未満の過激さを端的に示した言葉が『手ブラ』だったのです」(太田氏)取材・文■岡野誠※週刊ポスト2017年11月24日号
2017.11.15 16:00
週刊ポスト
渡辺達生氏ら、巨匠があなたを撮影! サライ写真館とは?
渡辺達生氏ら、巨匠があなたを撮影! サライ写真館とは?
 写メ、そしてスマホ。もはや写真に撮られるということは、誰でも日常茶飯事。でも、これだけ写真に撮られることが当たり前になっても、プロの写真家。それも芸能人やアイドル、プロスポーツ選手の写真集を撮っているような“巨匠”と呼ばれる人に撮られる機会というと……、「一生あるワケないですよ」 ですよね。そりゃそうですよ、有名人じゃないんだから。 しかし、そんなチャンスがあるとしたらどうします? 実はあるんです。9月18日(敬老の日)、23日(秋分の日)、24日(日曜日)の3日間、そんな“あるワケない!”と決め込んでいたチャンスがやってくるんです。 それが小学館の『サライ写真館』! なんと業界屈指のカメラマンが、アナタの写真を徹底的に撮影する、有料ポートレートサービス。どんなカメラマンがアナタの為にシャッターを押すかというと……。■渡辺達生(わたなべ・たつお)『情熱大陸』にも出演した日本写真界に於けるポートレートの巨匠。『GORO』『週刊プレイボーイ』『週刊文春』など、多くの雑誌のグラビアで活躍。『週刊ポスト』の表紙撮影は21年間900週以上にわたって撮り続け、出版した写真集は250冊以上。レコード・CDジャケットでは美空ひばり『川のながれのように』をはじめ、テレサ・テンからAKB48まで幅広く撮影。石川さゆりは『天城越え』以降のほぼすべてのジャケットを撮影。写真に詳しくない人には、武田久美子の貝殻ビキニを撮った人といえばわかりやすいか?■太田真三(おおた・しんぞう) 小学館写真室長として、小学館が発行する週刊誌、書籍、美術全集に至るまで分野を超越し活躍。世界80ヶ国以上で、美術、歴史的景観、スポーツ、国際紛争を撮影。人物は安倍晋三、小泉純一郎、村上龍、長嶋茂雄、イチロー、松井秀喜、孫正義、カルロス・ゴーン、稲森和夫など、政治家からアスリート、財界人まで多岐にわたる。著名人からの撮影指名も多く、作家・伊集院静氏とは20年以上にわたり、絵画やスポーツをテーマに世界各地を同行取材している。■橋本雅司(はしもと・まさし)『週刊ポスト』『週刊プレイボーイ』『週刊ヤングジャンプ』『週刊少年サンデー』『ピックコミック・スピリッツ』『ヤングマガジン』などで表紙及びグラビアページを撮影するとともに、『週刊サンデー毎日』の表紙撮影も担当。手がけた写真集は秋川雅史、早乙女太一、剛力彩芽、沢尻エリカ、仲間由紀恵、堀北真希、宮崎あおい、吉高由里子、壇蜜など120冊以上。 以上の御三方が、今まで体験したことのない被撮影世界にアナタをお連れし、見たこともなかった写真を完成させます。「でも、そんな偉いカメラマンの方なんだから、パッときて、パッとシャッターを2~3回押して『ハイ、お疲れ様でした』っていう感じでしょ」 そう思うのも無理はない。町の写真館の記念撮影ですらそうですから。でも『サライ写真館』は違う。「芸能人を撮るのと全く同じように撮るよ!」 そう語るのは『サライ写真館』に参加されるポートレートの巨匠。渡辺達生氏。「『週刊ポスト』の表紙撮影だと150枚は撮ってたんだけど、『サライ写真館』もまったく同じように撮る! 同じスキルで撮る。仕上がりのクオリティーも同じ」『サライ写真館』の画期的なところは、著名カメラマンが撮影するというだけではないのだ。著名カメラマンが、芸能人・有名人を撮影する時とまったく同じシステム、セッティング、そしてモチベーションで撮影をするということなのだ! それが今までの記念撮影とどれだけ違う体験になるか、次回、渡辺達生氏に詳しく伺う!(次回へつづく。文:カーツさとう)■有料ポートレートサービス『サライ写真館』の詳細とお申し込みはこちらから。
2017.08.06 16:00
NEWSポストセブン
武田久美子 「親子で入浴」に異議、米国なら通報される
武田久美子 「親子で入浴」に異議、米国なら通報される
 女性セブン読者330人に、子育てに関するアンケートを取った。「一緒の入浴はいつまで?」の結果は、「小3まで」が22.4%で1位。2位は「小4まで」16.4%、3位は「幼稚園・保育園卒園まで」で12.7%となった。年長~中学入学までの間に「一緒に入浴」をやめる親は全体の7割。「いつまででも入りたい」という親の内訳では、女の子を持つ母親が多く1割以上はいた。 アメリカ・カルフォルニア州でフィギュアスケートに夢中の一人娘(14才)と2人で暮らす、女優・タレント武田久美子さんは、「アメリカでは、子供と入浴なんて聞いたことありません」と語り、次のように続けた。 * * * アメリカでは1才の子供だろうと独立した人間として早く自立させる傾向にあって、一緒の湯船に入るのも同じ部屋で寝るのも赤ちゃんの時まで。特に子供が異性の場合、中学生になっても一緒に入浴していたら、通報されかねません。うちでは、幼稚園に入る頃には、同じ湯船に入ることはなかったですね。髪の毛を洗うなどの手伝いは小3くらいまでしていましたが。 娘は今、14才で思春期の真っ盛り。自分の世界ができてきて、夜は自室でお友達とテレビ電話に夢中。学校行事にも「来るな」です(笑い)。振り返ってみれば私もそうでしたから、あまり干渉しないようにしています。もちろん門限は厳守させますけどね。 幸い娘はずっと、スケートに夢中だし勉強もしているので、特に心配していません。元気でいてくれれば充分です。 部屋の掃除は見るに見かねてついやってしまいますが、それも18才で大学の寮に入るまでと言ってあります。それを機に、娘はより自由になり、私は早朝の送迎から解放されて、自分のやりたいことができる(笑い)。 寂しくないか? いいえ、親子ともにその日が待ち遠しいねって話しています。※女性セブン2017年3月9日号
2017.02.28 16:00
女性セブン
自由闊達な表現特徴のVシネマ 飯島直子や武田久美子も出演
自由闊達な表現特徴のVシネマ 飯島直子や武田久美子も出演
 ビデオシネマ、略して「Vシネマ」は1989年に誕生した。レンタルビデオ業界は、前年12月に店舗数が1万店を突破するほど急成長していたが、肝心の作品が不足。また、利用層は15~35歳の男性が8割を占めていた。 この市場に目を付けた東映が、劇場映画よりも安く製作でき、かつ男性を意識したオリジナルビデオのレーベル「Vシネマ」を立ち上げたのだ。 1作目となった世良公則主演の『クライムハンター 怒りの銃弾』は、初回出荷1万8000本に達する大ヒット。東映はこの年、22作品で50億円超の売上高を記録した。翌年以降、他の映画会社はもとより、テレビ局やレコード会社、商社までもが参入し、Vシネマは巨大市場となる。 1994年には東映が、宮崎ますみ主演の『XX 美しき凶器』を発表し、世間に衝撃を与える。宮崎は「あのシーンの露出は中途半端ではありません? どこまで脱ぐかハッキリしてください」と監督に聞くなど積極的に取り組み、初ベッドシーンを熱演。「男の好きなアクションと有名女優のセクシーシーンの組み合わせが受けて人気が沸騰。レンタルショップでも一般作品コーナーに並べてあり、周囲の目を気にせず手を伸ばせたことも人気につながった」(Vシネマに詳しいライターの石田伸也氏) 女性の染色体XXと、日本のR指定にあたるアメリカ映画のX指定を超えるという意味が込められたという『XX』はシリーズ化される。大女優の夏樹陽子が『美しき標的』でレズシーンに挑み、ジャズシンガーの真梨邑ケイが『美しき獲物』でSMプレイを披露した。 同シリーズのヒットにより、他社も有名女優を主役に据え、ハードボイルドなストーリーとエロスで魅せる作品で対抗した。 その中でも人気を呼んだのが『Zero WOMAN』シリーズだ。1995年の1作目『警視庁0課の女』は劇場版だったが、缶コーヒーのCMで癒し系女優としての地位を確立していた飯島直子が、ダーティーな仕事を行なう女刑事を好演。当時、「いまの私が見せられるギリギリの線」と語った彼女はシャワーシーンで豊満な乳房を見せ、大きな話題を呼んだ。 4か月後にはVシネマで、アイドル出身の小沢なつき主演の2作目が発売。1996年の3作目では、武田久美子がバストを揺らしながら吐息を漏らすなど大人の色気を見せ、同年度のレンタル回数ベスト3の大ヒットを記録した。 テレビや映画のような厳しい規制のないVシネマは、自由闊達な表現のできる映像の楽園なのである。※週刊ポスト2016年11月18日号
2016.11.10 16:00
週刊ポスト
写真家・清水清太郎氏 武田久美子「ヤシの葉ふんどし」回顧
写真家・清水清太郎氏 武田久美子「ヤシの葉ふんどし」回顧
 肉欲的で被写体の色香が匂い立つような写真を得意とする写真家の清水清太郎氏は、40年以上、数多くの女性を撮影してきた。 これまで清水氏は幾度となく屋外・海外での撮影を行ってきたが、その分、幾多のトラブルに見舞われてきた。「天地真理を馬に乗せて、歩いている様子を撮ってたんだけど、その道が下り坂でね。どんどん馬が加速しちゃって、最後は走りだしちゃった。牧場主が馬を止めた途端に、よっぽど怖かったのか泣き出しちゃって、その後はもう撮影にならなかった」 現場でいきなりマネージャーからいわれた言葉に、頭を悩ませたこともある。「杉本彩の撮影の時だね。人魚のように撮りたいっていわれてさ。人魚ったって、急にいわれてどうやって撮んのよって。 考えた末に3時間かけて砂で人魚の尾を作り、下半身をそこに隠しながら俯瞰で撮影したんだけど、どうやってもマグロにしか見えない(笑い)。あれは笑ったな。撮りながらこれは使えねえなって思ったけど、マネージャーは結構気に入っていたよ」 公私ともに仲が良く、今も折を見ては食事に行く川上麻衣子のロケではヘビが現われた。「2007年に『週刊ポスト』のグラビアで、彼女の出身地であるスウェーデンに行ったんだよ。綺麗な湖があったから、そこに麻衣子を入れて、俺は脚立に乗って撮ることにした。脚立の上からだと水の中がよく見えてね、中にはヘビとかカエルみたいなのがウヨウヨ見えたんだ。 もちろん事前に担当編集者を湖に入れて安全を確認したよ。でも話すと怖がって撮影にならないと思って、麻衣子には黙ってた。終わった後でいったら“気付いてたわよ”って(笑い)。それでも動じなかったんだから、あの子はすごいよね」 武田久美子と水島裕子には痛い思いをさせてしまったと語る。「武田が18歳の撮影で、ヤシの葉っぱで褌(ふんどし)を作ってはかせたの。そしたら撮影中ずっと“痛い、痛い”っていっててね。終わって脱がせてみたら、股全体に真っ赤なミミズ腫れができていた。ヤシの葉にある棘が取りきれてなかったんだよ。あれは悪いことしたなァ(苦笑)。 水島で一番思い出深いのは、タイのマイトン島での撮影だな。薄布を一枚敷いて、岩の上に裸で寝かせた。そしたら波がザバンときて、岩から落っこちちゃって、背中が血だらけになっちゃったんだ。でもその後も水島はちゃんと仕事したから偉いよ。大したもんだよね」※週刊ポスト2016年11月11日号
2016.11.01 16:00
週刊ポスト
武田久美子 日本では仕事をしてアメリカでは娘の運転手
武田久美子 日本では仕事をしてアメリカでは娘の運転手
 20年先も艶ある女を目指すために。これは、武田久美子が先日出版した書籍に付けられたサブタイトル。現在「アラフィフ」の彼女は20年後「アラ古希」になっているわけだが、どうすれば艶ある女でいられるというのだろうか……?「毎日の習慣を、ひたすらやり続けることだけ。例えば、朝起きたらまずコップに1杯のお水を飲み干す。肌の汚れをしっかり落とす。常にスッと背筋を伸ばしてよい姿勢でいる。どれも簡単なことだけど、365日欠かさず、何年でもやり続けることが大切だと思っているんです。塵も積もれば山となる、ですよ!」 武田といえば、グラビアクイーンとして活躍していた20代で発表した、いわゆる「貝殻ビキニ」があまりにも有名だが、スリーサイズは当時とほとんど変わっていないという。「35才のとき、子供の頃に習っていたバレエを再開したんです。もちろん、スタイル維持のためというのもあるけれど続けているいちばんの理由は、楽しいから。でもここ数年は忙しくて、週に2回くらいしかレッスンに行けないんですよね…」 現在、14才の娘と米国サンディエゴで生活している彼女が忙しい理由とは?「サンディエゴにいるときの私は、ほとんど娘の運転手。毎朝4時に起きて娘をフィギュアスケートの練習に送り届け、終わったら学校へ。午後には再び学校に迎えに行き、今度はバレエ教室の送り迎え。帰宅して食事の支度などで家事を終えたらだいたい午前0時をまわっています」 自分のために使える時間は、娘がレッスンや学校に行っている合間だけなのだという。「日本ではお仕事をして、あちらでは運転手(笑い)。あと4年くらいはこの生活が続きそうですけど、子育てを登山に例えれば8合目くらいにたどり着いたところですから、気を抜かないで頑張らないと!」 今回の帰国では書籍のプロモーションを兼ねて、テレビ番組やイベントに出演したり雑誌の取材を受けたりと、これまたなかなか忙しい。「でも、あちらにいるときより睡眠時間がとれてますから(笑い)。毎年、娘の夏休みに合わせて4週間くらい日本に帰ってきて、あとは5~10日間くらいを数回というペース。ここ数年は、日本が2か月アメリカが10か月という感じで、ちょうどいいバランスですね」 娘はまもなく、武田が映画『ハイティーン・ブギ』でデビューした年齢となり、そろそろ反抗期に差しかかる。「彼女の人生は彼女のものだと思っているから、こうなってほしいということはないですね。子育てを終えたあとにやりたいこと? 今は日々を送ることに精一杯でまだ考えられない! ただ、できるだけ『武田久美子』を維持しておきたいですね。そうしたら、何をやりたくなってもできると思うから」※女性セブン2016年9月8日号
2016.08.28 07:00
女性セブン
橋本マナミ 壇蜜や井川遥らから学んだ「癒やし」の極意
橋本マナミ 壇蜜や井川遥らから学んだ「癒やし」の極意
 セックスシンボル──それは性的な魅力に溢れ憧れの対象となる人物を指す。現代の代表格といえるのが橋本マナミ(31)だ。“国民の愛人”と呼ばれ、グラビア界をリードする彼女。自身の「セックスシンボル観」についてこう語った。「もちろんフェロモンは必要です。でもそれが下品ではダメだと思います。ふくよかなボディを持ちつつ、どこか“癒やし”の要素があることかな。私の場合は、黒髪にしてメイクは薄くしています。茶髪だと安く見えてしまうし、お化粧を濃くすると品がないように思われてしまいますからね。 高嶺の花のようでいて、近くに寄ってきてくれそうな感じ。普通の子がグラビアになると大胆で激しいポーズを取る──そのギャップがいいんだと思います」(以下、断わりのない限り「」内の発言は橋本) 1997年にデビューし、20代からグラビアを飾っていた橋本は30歳でブレイクした遅咲き。意識の変化が花を開かせた。「3年前くらいから、部屋の壁一面を鏡張りにしました。その前で裸になって自分をよく見るようになってから、体に良い曲線ができるようになりましたね。グラビアのポーズの練習もします。昔は、若く見られたいとばかり考えていましたが、今は男性の欲求を知ることが大事だと思うようになりました」 被写体として参考にしたのは、同時代に鎬を削る“エッチなお姉さん”だった。「壇蜜さんの昭和を感じさせる洋服の選び方や癒やされる表情を勉強しました。AKB48がグラビアを席巻していた時期に大人のグラビアの道を開けてくださった方。頭の良さも魅力のひとつですね。一度、結婚願望ないんですかと聞いたら、『そういうのに適してない』と。ハッキリいえるってすごいと思いました。私とは違う次元の人です」 そして癒やしを大切にする橋本は井川遥のグラビアも参考にしたという。2000年前後に、飯島直子や優香に続いて、“癒やし系”と呼ばれた女優だ。「写真集やDVDを買って参考にしてきました。表情が優しくて、包み込んでくれそうな感じがするんですよね。イヤらしすぎないセクシーさがあって、無防備な雰囲気が魅力をそそるのだと思います」 井川と同時期には“和製モンロー”といわれた井上和香が豊満な胸とぽってりとした唇で人気を博した。その後は真木よう子が同じく豊満な胸で話題になる。近年のセックスシンボルには、確かに橋本のいうように「癒やし」の要素が強い。 しかしこれまでセックスシンボルといえば、体やパフォーマンスの迫力が重視される傾向にあった。“エロかわいい”という流行語を生んだ倖田來未などはわかりやすい例である。 橋本も最初にセックスシンボルとして認識したのは、セクシーグループとしてデビューしたC.Cガールズだった。「体を包帯巻きにしている写真があったんです。すごく衝撃的だったけど色気を感じました。それからTバックをはいて深夜番組に出演していた飯島愛さんも、“いけない人”として幼心に覚えています(笑い)」 1990年代前半は、かとうれいこや伝説のお色気番組『ギルガメッシュないと』(テレビ東京系)に出演した細川ふみえらイエローキャブ勢も人気者となった。 他には主演映画『花と蛇2』の試写会で「久々に縛られて感触がよみがえりました。ドMです」などと、言葉でも男を挑発した杉本彩が1993年に、貝殻ビキニで有名になった武田久美子が1994年にヘアヌード写真集を発売。今も、セックスシンボルとして輝きを放ち続けている。※週刊ポスト2016年7月8日号
2016.06.30 16:00
週刊ポスト
1990年代 なぜ大物女優たちは次々に脱いだのか
1990年代 なぜ大物女優たちは次々に脱いだのか
 1990年代は大女優から人気アイドルまで、こぞってヘアヌードですべてを見せた時代である。1991年10月13日、当時18歳で人気絶頂のアイドルだった宮沢りえが、写真集『Santa Fe』で脱いだ影響で、若くて売れている時に脱ごうという雰囲気もできた。 1993年には杉本彩が24歳、1994年には武田久美子が25歳、1995年には高岡早紀が22歳でヘアを露わにし、さらなる飛躍のきっかけとした。女優として伸び悩んでいた川島なお美は32歳の時に出版した『WOMAN』が55万部を売り上げ、その後ドラマ『失楽園』などで地位を築いた。過去に200冊以上の写真集を制作した編集者がいう。「脱げば女優としてさらに売れるという多くの成功例ができ、口説きやすい状況が整った。また『あの人が脱いでブレイクしたなら……』と、女優同士での競争意識が働き次々と写真集が刊行されていきました」 1994年には250冊以上ものヘアヌード写真集が出版され、そのなかには同年のミス日本入賞者である大竹一重もいた。実は1992年からの3年間で、同賞受賞者が5名もヘアを露出。この事態に、ミス日本事務局が「今後、無断でヘアヌードを発表した受賞者はミス日本を剥奪する」と発表するほどだった。 一方で過熱するブームがトラブルも引き起こす。1996年3月、荒木経惟氏撮影の藤田朋子『遠野小説』は、藤田側が「ヘア写真を無断で使用された」と裁判を起こし、出版差し止め仮処分となった。 記者会見を開いたものの、藤田は質疑応答を設けず、「ご迷惑をおかけしました」などと原稿を棒読みし、わずか1分半で打ち切った。会見場を去ろうとする藤田に報道陣が押し寄せ、「なんで逃げるんだよ!」と怒声が飛び交う大荒れの現場となった。 翌1997年8月には、菅野美穂が20歳の誕生日に『NUDITY』を発売。初版10万部に対し、発売前に30万部の予約が入る大フィーバーとなった。 だが、記者会見で「お友達はどういっていますか」と聞かれ、「怒られるかなと思ったら、みんな喜んでくれて……」というと両手で顔を覆い、約5分間も泣きじゃくった。菅野の涙は「出版は本意ではなかったのでは」などの憶測を呼び、その直後にCM契約を打ち切った会社もあった。 1990年代後半になると大物女優たちのヘアヌード発表が落ち着き、意外性のある被写体に白羽の矢が立った。 1998年にはプロレスラーのジャガー横田、1999年には羽賀研二と梅宮アンナとの三角関係でワイドショーを騒がせた桜庭あつこがヘアヌードに。2000年にはヘアこそ見せなかったものの、前年に浅香光代との確執が表面化したサッチーこと野村沙知代までもが脱いでしまった。 一時の大ブームこそ去ったものの、1998年に葉月里緒奈、2002年に松坂慶子などがヘアヌードになり、最近でも壇蜜が写真集に挑み見事にブレイクを果たした。 はたして『Santa Fe』級の衝撃ヘアヌードは再び世に登場するだろうか──。※週刊ポスト2016年6月24日号
2016.06.19 16:00
週刊ポスト
武田久美子の貝殻ビキニ 本人が食事中にホタテを見て閃いた
武田久美子の貝殻ビキニ 本人が食事中にホタテを見て閃いた
 出版した写真集は217冊、雑誌も含め撮影したモデルは4000人以上──。写真家歴40年以上の渡辺達生氏が、女優・アイドルとの忘れられない撮影秘話を明かす。 渡辺氏の数多い作品の中でも、代表的なのはやはり1989年に撮影された武田久美子の「貝殻ビキニ」である。実はこれは武田本人の発案だった。渡辺氏が目を細めて語る(以下、「」内の発言は渡辺氏のもの)。「前日、食事中に出てきたホタテを見て閃いたみたい。それでアシスタントに土産物店を回ってもらって、同じ色・形の貝殻を探してきてもらった。撮影はハワイのノースショア。話題になって良かったよね。今でも近所の人から貝殻、貝殻っていわれるくらいだから(笑い)」 もう一つの代表作は1993年発売の川島なお美の『WOMAN』だ。売り上げは55万部の大ヒット。ヘアヌードブームにおける象徴的な作品となり、また、川島にとっては大女優へステップアップを図るきっかけとなった。同写真集にはヌードだけではなく、印象的なモノクロの写真が多用されている。「モノクロ写真は実家に撮りに行ったのを覚えています。実家といえば、彼女はお父さんが裁判官で、本当は写真集は退官してから出版しようとしていた。でも退官が延びちゃって、結局在任中に本が出ちゃったんだけどね(笑い)。彼女とはその後も長くお付き合いをさせてもらいました。亡くなったのが本当に悔やまれる、美しい女性でした」 そしてもう1人、渡辺氏が印象に残るモデルとして名前を挙げるのが葉月里緒奈だ。「数だけなら一番撮ったんじゃないかな。フィルムで換算すると何千本というレベル。デビュー当初から何度も現場をともにしましたよ」 強気な性格に見られがちな葉月だが、渡辺氏の作品では屈託のない笑顔を見せている。「よく笑うし、よく食べる。気分屋といわれるけど本当に素直な子だったよ。強気なイメージなんてない。撮っていると、表情がコロコロ変わるから面白いんだよね」※週刊ポスト2016年4月29日号
2016.04.21 07:00
週刊ポスト
武田久美子と長女が帰国 スイーツ我慢せずにスタイルは維持
武田久美子と長女が帰国 スイーツ我慢せずにスタイルは維持
 現在、アメリカで暮らす武田久美子(46才)とソフィア(12才)ちゃん。学校が夏休みになったので、母娘で日本に帰ってきた。今回まず訪れたのは、いま予約がとりにくいほど大人気のデザートブッフェ(ヒルトン東京1F「マーブルラウンジ」で開催中の「恋するプリンセスデザートブッフェ」)。オープン前から行列ができている。 30種類以上のデザートが並んだテーブルを前にワクワクを隠せないソフィアちゃん。店内に入ると、「Wow!」と目を輝かせながら、最初に選んだのはマカロン。「アメリカでマカロンスタンドが流行ってるんですよ。それでマカロンにはまっていて」(以下カッコ内、久美子)。 ジュエリーのようにキラキラしたデザートに目移りしながらも、次々とプレートにのせていく久美子とソフィアちゃん。合間にはパスタやスープなど甘くない軽食もはさみながら、「まだいけちゃう!」と友達同士のよう。 このスタイルをキープするためにダイエットとか気にしてないのだろうか?「甘いものを制限してはいませんよ。食べたくなるのは、脳や体が甘いものを欲しているからだと思うので。そんなときは補給してあげる。いまは、娘が早朝からフィギュアスケートのレッスンに通っているので、毎朝5時起きでスケートリンクに送っていくんです。夕方くらいになると、もうひとふんばり、と目覚ましにアイスクリームを食べたりね。糖分が入ると、疲れたり眠いときシャキッとしますから」 カリフォルニアの競技会で入賞するほど本格的にフィギュアスケートに打ち込んでいるソフィアちゃん。そして、毎日朝から夜までスケジュールびっしりフル回転の中で、バレエのレッスンに通い続けているという武田久美子であった。※女性セブン2015年8月13日号
2015.08.01 07:00
女性セブン
藤原紀香、飯島直子、武田久美子他 Vシネマを彩った女優達
藤原紀香、飯島直子、武田久美子他 Vシネマを彩った女優達
 全国公開される映画に比べれば、Vシネマにかけられる宣伝広告費は微々たるものだ。Vシネマの歴史とは、そうした制約下で作品をいかにして手にとってもらうかを競う「セクシーアピール」の歴史でもあった。 Vシネマを語る上で欠かすことの出来ない要素が、旬の女優たちが魅せる「エロス」である。濡れ場の出来がその作品の評判を左右するといわれるVシネマ界では、有名無名問わず、多くの女優たちが肌をさらしてきた。Vシネマに詳しいライターの藤木TDC氏が解説する。「Vシネの最盛期だった1990年代は『ヘアヌードの時代』でもありました。出版、映画、AVと各業界が性表現の過激さを競う中、Vシネマも必ず作品中に濡れ場を配置していたし、セックスシーンそのものが作品の売りであることも多かった。にっかつロマンポルノがなくなった後の受け皿として、多種多様な濡れ場が用意されました」 1990年代にナンバーワンVシネクイーンとして一時代を築いたのが大竹一重(42)だ。Vシネマ黎明期の濡れ場といえば、無名の「女優の卵」が演じるのが普通だった。そんな中、当時22歳の大竹は、ミス日本入賞者という華やかなプロフィールを引っさげて登場。そのインパクトは大きかった。 大竹は名作と称えられる『痴漢日記 尻を撫でまわしつづけた男』(1995年)を皮切りに、『女教師日記』(1995年)、『あやしい人妻 テレクラ・リポート』(1996年)などに立て続けに出演。華道家元、茶道師範の肩書きを持つ清楚な女優が乱れる姿に、世の男たちは大いに沸き立った。「上品さを保ちつつ、常に期待を裏切らない脱ぎっぷりを見せるギャップが魅力でした。長身でスレンダーなスタイル、クールなキャラクターから“Vシネ界のシャロン・ストーン”とも呼ばれました」(前出・藤木氏) ミスコンから降臨した女王がいれば、セクシー業界から殴り込みをかけた女王もいた。水谷ケイ(40)だ。 Fカップのバスト、丸みを帯びた肉感的なヒップが、男たちの責めを受けるたびに揺れる様は、まさにド迫力。当時の人気深夜番組『ギルガメッシュないと』(テレビ東京系)で若者たちを虜にした肉体は圧倒的だった。 繊細な感情表現によるリアルな演技で男たちを興奮させた大竹に対し、水谷はコミカルな演技を得意とした。水谷は『お天気お姉さん』(1995年)で、ストックホルム国際映画祭のユーモア映画最優秀主演女優賞を獲得している。 この時期には、Vシネ界の隆盛により、すでに名の知られた有名女優も次々と参戦した。武田久美子(45)もそのひとり。圧巻は、『内閣特務捜査官 ORDER』(1997年)で演じた濡れ場だ。ベッドの上で西岡徳馬に後ろから胸を鷲掴みされながら何度もキスを求められたかと思えば、その後は西岡に馬乗りになって腰を前後させる艶めかしいシーンを演じている。 Vシネ史上最高の「お宝映像」とされているのが、当時缶コーヒー「ジョージア」のCMでブレイクしていた飯島直子(46)の『Zero WOMAN 警視庁0課の女』(1995年)。美しいバストの上を水が滴り落ちてゆくシャワーシーンが話題を集めた。 さらに東映ビデオは夏樹陽子(61)、宮崎ますみ(46)を、ハードエロスシリーズ『XX』に相次いで起用。こちらも過激なヌードシーンが話題を呼んだ。 1997年には藤原紀香(43)もコメディ作品『あやまり屋稼業』でハイレグ水着を披露。大ブレイク直前のグラマラスボディを見せつけた。藤木氏がいう。「Vシネの濡れ場の魅力は、ロマンポルノの流れを汲むストーリー性です。エロスの中に、文学が存在しているんです。直接的な行為表現だけではなく、内面からにじみ出る色香をどう表現するか。時代に名を残した女優は、その能力に長けていたといえます」※週刊ポスト2014年7月11日号
2014.07.04 07:01
週刊ポスト

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