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戦後 グランドビジョン持っていた総理は池田勇人と田中角栄

2011.09.04 16:00

 高度経済成長時代最後の総理大臣だった田中角栄なら、デフレ不況に苦しみ続ける今の日本経済をどう立て直すだろうか。角栄の人物研究の第一人者として知られる政治評論家・小林吉弥氏が論じる。  * * *  東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこ

 高度経済成長時代最後の総理大臣だった田中角栄なら、デフレ不況に苦しみ続ける今の日本経済をどう立て直すだろうか。角栄の人物研究の第一人者として知られる政治評論家・小林吉弥氏が論じる。

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 東久邇宮稔彦王(ひがしくにのみやなるひこおう)から菅直人まで戦後32人の総理大臣が誕生している。そのなかで評価の高い人物は何人かいる。例えば、吉田茂。彼は軍事をアメリカに任せて日本は経済成長を目指すこととし、それは当時としては正しい選択だった。また、日米安保を改定した岸信介、沖縄返還を実現した佐藤栄作、行政改革に取り組んだ中曽根康弘といった具合に、それぞれ大きな仕事を成し遂げた総理大臣もいる。

 しかし、それらはいずれも“ワンテーマ”にすぎず、将来の日本はこうあるべきだという総合的で具体的な「グランドビジョン」を描き、その実現に向けて政策を行なったとは言い難い。まして、その他の多くの総理大臣は時々の情勢に応じて、対症療法的な政策を行なっていたにすぎない。菅直人も「最小不幸社会」なるものの実現を目指すとしてきたが、具体的内容は全く乏しく、単なるキャッチフレーズに終わっている。

 その意味で、戦後の総理大臣の中で明確なグランドビジョンを持っていたのは、所得倍増論を唱えた池田勇人と、日本列島改造論を掲げた田中角栄だけだろう。特に、総理大臣になる直前の1972年6月に発表した日本列島改造論は、まさにグランドビジョンと呼ぶに相応しいものだった。

 角栄は新潟という貧しい県の貧しい家に生まれ育ち、それゆえ高等小学校を卒業しただけで15歳で上京した。自らのそうした経歴ゆえか、平等意識、平等志向が強く、明治維新以降拡大の一途を辿っていた都市と農村、「表日本」と「裏日本」の格差を解消し、国土の均衡ある発展を目指すべきだという強い信念を抱いていた。それを総合的な政策提言として具体化したのが日本列島改造論である。

 よく知られているように、日本列島改造論は、都市に集中した工業を地方に再配置し、高速道路、新幹線、情報通信網などを全国的に整備することを謳っている。そして、それを実現するために、高速道路を1万km、新幹線を9000km整備する、本州と四国の間に3つの連絡橋を建設して近畿、中国、四国、九州地方を一体化した広域経済圏を作る、有線テレビ、テレビ電話、データ通信のネットワークを構築する……といった具体案を提示している。

 こうしたスケールの大きな、夢のある構想に国民は惹きつけられた。経済を発展させるためには、国民や企業のマインドを高揚させる必要があるが、角栄にはその力があった。いや、一般の国民だけではない。「自分たちにはない発想力を持っている」と、官僚も心服させられたのである。ここが他の総理大臣、政治家との大きな違いである。

※SAPIO2011年9月14日号

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