芸能

森進一 公園で拾った新聞の求職欄を見てラーメン屋で働いた

 歌謡曲が終わったといわれて久しい。時代の気分を映す歌はどこにいったのか。ジャーナリスト・鳥越俊太郎氏と歌手・森進一の問答をもとに、ジャーナリストの山藤章一郎氏が、50年近く最前線を走ってきた団塊世代の歌手、森進一の「歌謡曲 林住期」を綴る。

 * * *
 以下、鳥越俊太郎氏が訊く。

──さて森さん、歌謡曲はいわば日本庶民共有の財産という時代がありました。いまはだれもが等しく知る歌がありません。

「田舎から上京し会社に入り、一生懸命がんばって取締役になり、定年を迎えた。そして人の賑わう所に行かなくなり、田舎に帰るか、東京にいても交友関係がなくなり、自分の趣味だけをつづけて。

 人生にたとえれば歌謡曲もいまそういうところにいるんですね。はるか昔に青春期が終わって」

──青春期があった。

「はいたしかに、歌が中心の時代がありました。月曜から金曜の8時9時は全部歌番組で、土日は歌のスペシャル。ヒットすると映画化。ぼくの歌でも、10数本、映画になってますから」

──しかし、人生が終わりそうで。

「でも、死んではいないんです。生きてます。こないだ、ぼくのディナーショーにある病院の教授が奥さんと80半ばのお母さんを招待した。奥さんからあとで話を聞きました。『影を慕いて』で、お母さんは泣いてた。次のアンコールはアップテンポの曲で、みなさん前に出てくる。

『お母さん、体を揺すって踊ったんですよ。ひとつの歌をはさんで、冥土の土産と、青春でした』って。だから歌は、その人の中に生きてる。世の中全体でいうと歌謡曲は終わっているかもしれないけど、ジャンル分け、細分化され、生きているんです」

──流行歌、歌謡曲は、誰もがまだ貧しかった時代のものでした。

「ぼくが母と住んだ母子寮の部屋にはテレビどころかラジオもなく、近所の家で見せてもらい、みんなが1台のテレビで同じ歌を聞きました」

 団塊世代の森進一が下関の母子寮に住んだのは、昭和34年の頃である。朝、牛乳と朝刊、さらには夕刊も配達する中学生だった。若き皇太子が美智子妃と結婚された年である。ご成婚の10日後、東海道新幹線が起工した。

──昭和41年、1966年『女のためいき』でデビューしました。

「ぼくの人生を決めた曲です。あれがなかったら、なんでもない男。いまはもう死んでるかも」

──東京オリンピックの2年後。そこから高度成長期に入ります。

「まさか自分が歌手になるとは爪の先ほども思ってませんでした。東京に出て働こう。立川に親戚のおばさんがいる。あとさき考えず汽車に乗りました。東京駅に着いて、立川までのおカネがない。でたらめに降りた駅に公園があった。そこで野宿し、拾った新聞の求職欄を見て、荻窪のラーメン屋の小僧になった。公園はいま思えば、井の頭公園でした」

──団塊の世代、日本自身が青春期に入っていく時代ですね。

「おばさんが出したはがきのテレビの歌合戦に優勝して、チャーリー石黒さんのトタン屋根のガレージに住まわせてもらい、カバン持ちになった。いつ歌をもらえるのか。先生は、渡辺プロのスクールメイツに入れてくれましたが、まあ待てというばっかりで。

 腹が減ってる。でも、ポケットに40円しかない。日比谷のNHKの食堂でそばを食べました。あとは蒲田まで歩いて帰るしかない。4時間ほどかかりました。

 あるとき、妹から手紙が来まして、2000円入ってた。『これでおいしいもの食べてがんばって』って。妹のバイトしたカネでした。泣きました。それから2、3日後の大雨の日に、ガレージから飛び出し、先生の雨戸を叩いたんです。『田舎で母親とまだ小中学生の弟、妹が待ってます。働いて食わせないといけない。見込みがないならいってください。回り道をしてる時間がないんです』って」

※週刊ポスト2013年1月25日号

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