失明後妻に去られ、絶望する父親を献身的に支えた1人娘〈由香里〉にも家を出て行かれた和久の孤独はとりわけ深い。その由香里が未婚のまま産んだ〈夏帆〉は幼い身で透析を繰り返し、2年前に移植した娘の腎臓にも拒絶反応を起こした今、残る道は6親等以内の生体腎移植しかない。

 だが検査の結果、彼の腎臓は移植に適さず、頼みの綱は岩手で老母と暮らす竜彦だった。が、残留孤児の補償訴訟に熱中する兄はなぜか頑なにその検査を拒み、和久は不可解な兄の正体を突き止めようと、兄の中国時代を知る人間を自ら探し歩く。

 この時、白杖だけを頼りに街を歩く主人公の恐怖や不安は読む者を動揺させる。ましてこうした一人称小説、特にミステリーにおいては、読者は語り手の主観や感覚を頼りに を追う他ない。その視点が予め視覚を奪われている本作では、単なるミスリード的効果を超えて、主観そのものが孕む本質的危うさ、 弱さをも、浮き彫りにしてしまうのである。

「読者側の思い込みを覆し、アッと言わせるミステリーの基本に、結果的には沿う形になったかもしれません。一般に視覚障害者を描いた作品は映像に多く、見えないことの恐怖はそれほど伝わらないと思う。その点一人称なら小説でなければ書けないものが書けますし、物理的な視力に拘らず、意外と僕らにはいろんなものが、見えていませんから」

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