極貧の母子家庭に育ち、幼いタイソンが同じベッドの中にいても、母親は金のために男と寝た。7歳の頃から窃盗や強盗に手を染め、12歳で少年院に入るまでに何十回も逮捕された。自分の力に目覚めるまでは喧嘩をしたことがなく、内気で臆病で、いじめられていた。

〈子ども時代の混沌状態が続いて(中略)子ども時代から俺の中に棲みついている悪魔が行く先々まで追いかけてくる〉〈俺の中にずっと居続ける、いじめや虐待を受けてきた少年時代の心の傷〉〈少年時代に受けられなかった愛情〉

 大人になってからの自分の内面について、タイソンは繰り返しそのように述べる。子供時代の愛の欠落を埋めるため、少年時代の悪夢を追い払うため、無軌道を繰り返していたのである。それを知ると、凶暴で狂ったように見えたモンスターが哀しく、愛おしく思えてくる。

 タイソンが本当に更生の道を歩み始めたのは、2009年に幼い娘を亡くしてからだ。酒と女と麻薬を絶ち、家族と静かに暮らし、菜食主義者となり、慈善事業にも取り組んでいるという。語られる人生は悲惨で凄絶だが、読んでいて陰鬱にはならない。呆れるほどに破天荒だからという理由もあるが、同時に、自分の内面をとことん見つめ、語り切る強靱な精神力を感じさせるからかもしれない。

※SAPIO2014年10月号

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