先に中国人が渡っていたとしても、国際社会に向けて領有を宣言したのは日本が先で、尖閣周辺の海底に石油などの資源があると指摘される1970年代まで、中国はまったく異議申し立てをしてこなかったのである。『群星』にこの証言文書が載ったのも1971年で、奇妙な符合を感じる。
劉氏からその資料を提示された分科会の場では、真偽を確認する術がなかったので、西原氏や猪口氏とともに、「日本の専門家らと一緒にオープンに議論すべきだ」と劉氏に伝えたが、日本に帰国して研究者たちに伝えても、「劉氏は大した研究者ではない」から、相手にする必要なし、という反応だった。
確かにこの研究成果に信憑性がどれほどあるかは大いに疑問ではあるが、私は日本側のそうした姿勢に一抹の不安を感じた。領土問題に興味のない人々に対しては、「先に島に渡っていたのは中国人で、本当の島の第一発見者が中国への返還を望んでいる」という話は説得力をもちかねない。まして尖閣問題に無関係な日中以外の国の人々に対してはなおさらである。
劉氏は1月16日付の環球時報に、「日本人上陸者の長女が証明、釣魚島は中国に返還すべき」との記事を寄稿し、日本の尖閣領有は台湾植民地化の一環なので、ポツダム宣言を受諾したのに伴い尖閣の権利も消失したと主張している。
台湾植民地化と尖閣領有はまったく無関係だが、こういった主張を世界に向けて何度も何度も繰り返すうちに、嘘が真実になっていく。事実、私が参加したフォーラムのような場で、中国側は世界の有識者に向けたアピールを始めているのだ。このフォーラムには知日派の大物であるアーミテージ元国務副長官まで招待されていた。その効果は絶大だろう。
慰安婦問題で、朝日新聞は32年前の吉田証言報道をようやく取り消したが、国内での議論ではとっくの昔に「強制連行はなかった」で決着していた。しかし、決着がついていると安穏としている間に、韓国は執拗なロビー活動や宣伝活動を繰り広げ、「アジアの女性20万人を強制連行し、性奴隷にした」というデマが国際社会で信じられるようになったのではないか。外交的に完全な負けを喫したのだ。
「南京大虐殺」の例を挙げるまでもなく、中国の国際社会への宣伝工作は韓国の上をいく。中国が宣伝戦にかける費用は、おそらく日本の100倍は下らない。中国が仕掛ける宣伝戦から逃げ、放置すれば、将来に禍根を残すことになろう。
※SAPIO2014年12月号