〈内面を揺さぶられる経験は、人間にとって良くも悪くもストレスなのだ〉とあるが、本書でも分量以前に一文一文の重さが、読む者に過酷な体験を強いる。
「それはいいことです(笑い)。読者を揺さぶるくらいでなくちゃ、小説なんて書く意味ありませんから。ここまでの闇を書いた分、僕は今までにない光も書いたつもりです。読書は作者と読者、読者同士が、一つの世界を共有し繋がること。狂気に走らず、それでいて濃密な、理想の集団ですね。
不思議なのは松尾の原子の話とか、伏線とも思わずに書いたことが全部繋がったこと。僕自身、自分の無意識が書かせた物語の、観客の一人なのかも」
人間とは、〈過去から現在の膨大な原子の絶え間ない流れの中に浮かぶ物語〉だと松尾は言う。〈どのような意味があるのかはわからない〉〈しかし我々は、もしも意味があった時のために、ちゃんと生きた方がいい〉と。それくらい不安定で、それゆえにこそ生と死の意味など、私たちに科学や文学が教えてくれるものはいよいよ増す一方だ。
【著者プロフィール】中村文則(なかむら・ふみのり):1977年愛知県生まれ。福島大学卒。2002年『銃』で新潮新人賞を受賞しデビュー。2004年『遮光』で野間文芸新人賞、2005年「土の中の子供」で芥川賞、2010年『掏摸』で大江健三郎賞。近年は英訳も相次ぎ、『掏摸』が米ウォール・ストリート・ジャーナル紙ベスト10小説、『悪と仮面のルール』がベストミステリー10に選ばれる。昨年は米デイビッド・グーディス賞を日本人で初受賞。著書は他に『去年の冬、きみと別れ』『A』等。171cm、60kg、A型。
(構成/橋本紀子)
※週刊ポスト2015年2月6日号