中学2年でギターを持ち音楽を始める。大学を卒業するときは信用金庫の内定をもらっていたが、辞退、アーティストとして食べていくことを決意する。1992年に解散した3つのバンド名をつなげた「シャ乱Q」として東京に出てきてメジャーデビュー。しかし曲が思うようにヒットしない。「どうやったら売れる詞が書けるんや」。子どものころの分析癖がここで生きる。
《やはりもっと良い詞を書かないとシャ乱Qとして食っていけないと思いました。そこから売れてる歌の歌詞を本格的に研究したんです。八神純子、ゴダイゴ、ジュリー、渡辺真知子、チューリップ……。いろんなミリオンセラーの音楽をジャンルを問わず聞きまくった》
《そこでわかったんですが、良い詞というのは、1枚の写真のように時間の流れが止まっているんですわ。その前後の物語は見ている者に連想させるんですが、あくまでその詞で描写しているのは止まったその時間なんですよ。一枚の写真だからこそ、聞いた者の頭の中に強烈なイメージが残る。逆に素人が作詞すると春に出会った恋人が秋に別れて、みたいな動画になってる》
《しかもミリオンセラーの詞はその1枚の写真にサビのキャッチコピーがうまいこと載るんです。「ギンギラギンにさりげなく」とか「ぴーひゃらぴーひゃら踊るポンポコリン」とか。これがない奴はふわーとした絵みたいになる。「ミリオンセラーはサビは口に出るのに、なんで歌詞の内容を覚えてないんやろ」と気づいたのがきっかけになりました》
《ミリオンセラーの詞のノウハウを分析したら、具体的などんな詞を書くのか問題になってくる。それまでの僕はポエムっぽい詞が多かったんですよ。でも次に出す歌は最後や、もうこの歌を出したら、大阪に帰るんやと考えたら、もっと自分をさらけだそう。そう思ったときに、ふと自分の狭いワンルームマンションで寝てたベッドが目に入って、「シングル・ベッド」というキャッチコピーが浮かんだんです。そこからもうポエムの世界ではなくて、女性と別れた格好悪い自分、裸の自分を一枚の写真にさらけ出して書いてみた。暇で時間はたっぷりあったから、どんだけ書き直ししたのかわからへん。10回、20回じゃきかへんと思う》
《「シングルベッドで二人 涙拭いてた頃 どっちから別れ話するか賭けてた」
という歌詞の部分だけで、これで意図が伝わるんかと1週間もかけたり。それまで「上手なおしゃれな詞を書こう」という気持ちから離れて、初めて骨太なメッセージの詞を書くことが出来たんです。書き上げた詞を森高千里を手がけて当時いちばん偉いプロデューサーと言われていた瀬戸由紀男さん(現・アップフロント・グループ社長)に持って行ったら、それまでずっとダメだしされていたのが初めて「お前は天才や」って褒められて。もうほんと何を言われるかドキドキしていたんですが、あそこがアーティストとして一番の山場でしたね》
感性の基に理論がある。音楽家として、プロデューサーとして、非凡なものをうかがわせるエピソードである。
つんく♂さんは、アーティストとしてミリオンセラーを4曲記録し、プロデューサーとして日本芸能史に残る仕事をした。そして芸能企画会社のTNXを立ち上げた。そこで「若い子との付き合い方」を伝授してくれる。
《「週刊ポスト」の読者の方も感じておられると思いますが、今の若い子を動かして仕事するのは難しいですよ。この僕ですらね。「おい、今日は作詞家さんのところ行って、徹夜で待っても詞を貰うぞ」と言ったら、「えー、そんなん出来たらファクスしてもらいましょうよ」とか。それは違うでしょ。コミュニケーションにしても、僕らは電話・メールもらったらすぐ返事するのが当たり前だったけれど、今の子はメールにすぐ返事するのは「恥ずかしいこと」と言うんですわ。彼らの会話聞いていても、お互いが一方的に話しっぱなし。キャッチボールなんて期待してない。そういう子らにどうやったら自分の気持ちをうまく伝えることが出来るのかなと考えて、僕はトイレに標語を張っています。「ヒントは身近にある」とか「サービス根性を持て」とか。こういうアナクロな方法のほうが、意外と効くみたいですよ》