「一躬(イーゴン)、二躬(アルゴン)、三躬(サンゴン)!」
引率係の女性が、中国国旗を片手に号令を飛ばす。声に合わせて、子どもたちは「習主席のお父様」の石像に向けて三度、深々と頭(こうべ)を垂れた。
習仲勲陵園から道路を挟んだ向かいには「浙江省(せっこうしょう)愛国主義教育基地」と称する三階建ての建物がある。習仲勲を称える記念館で、同じく「紅色旅遊」の観光スポットだ。
入り口で私がパスポートを差し出すと、水色の制服を着た公安の男性が血相を変えた。
「外国人が墓に入ったのか!」
そのまま警官の詰め所に連行されてしまう。室内には公安の彼のほか、アサルトライフルを持った黒い制服の男が3人いた。どうやら中国当局は、ただの記念館の警備に対テロ鎮圧部隊の特警(中国版SAT)を配備しているようだ。
もっとも、特警たちに緊張感はなく、私を見てもお茶を飲んでいるだけ。ただ、例の公安の男は強張った表情だ。
「おい、現在のIDチェックの担当官は誰だ? 貴様ら、中国人以外の人間を立ち入らせるとはどういうことだ?」
やがて私のパスポートを取り上げ、尋問が始まった。
「西安観光のついでに、足を延ばしただけなんです」
適当に言い繕っていると、数分後に釈放された。ただし、参観は許可しないという。
「とにかく、外国人は立ち入り禁止だ。そういう規則だ」
一応は「観光地」なのに、部外者に見られて困るものでもあるのだろうか? だが、公安の男は私の質問に「規則」の一言を繰り返すだけだった。
※SAPIO2015年7月号