老衰死が間近に迫った高齢者は呼吸が不規則になり、口をパクパクさせながら大きく肩を動かして「ハー、ハー」と音を出して呼吸するようになる。苦しみながら必死に息をする痛ましい様子に見えるが、石飛医師は「大丈夫。全然、苦しくない」と断言する。
「普段は使わない首や顎の筋肉を使ってパクパクするのは『下顎呼吸』といって、反射的なものです。一見、本人は苦悶しているように見えますが、すでに意識はなく苦しみもないのです」(石飛医師)
芦花ホームでは入居者に下顎呼吸が見られても酸素吸入などの処置を行なわず、ただ静かに様子を見守る。苦しみはなく、自然な状態とわかっているからだ。そして迎える最期の瞬間も、痛みや苦しみとは無縁で、むしろ“快楽”を覚えるものであるとされている。石飛医師が指摘する。
「死ぬ瞬間には脳内に鎮痛効果や高潮感をもたらす神経伝達物質のエンドルフィンが分泌され、苦痛を感じないとする研究結果が世界中で出ています。エンドルフィンは“脳内モルヒネ”と呼ばれるもので、食事が摂れなくなっても空腹を感じることはありません」
老衰死する多くの高齢者の死にゆく様は安寧そのものであり、がんや心臓病などに見られる「闘病」というイメージは感じられない。冒頭で紹介した93歳女性の最期を見届けた長男は番組内でこう語っている。
「父が亡くなったときも無理して命を延ばしてもかえってかわいそうだと延命治療をしなかったんです。(母は)よくここまで頑張ったかなと。誉めてあげたい」
老衰死は見守る家族にとっても望ましいものとなることが少なくない。他の病気などと比べて衰弱が緩やかに進行し、死の時期も予見しやすいため、「その日」を迎える心の準備ができる。石飛医師が語る。
「年老いて人生の坂を下っていく親を見届けながら、“いよいよ人生の終わりが近づいたな”と実感して、親の死を受け入れる準備ができる。私はよく、患者から『ピンピンコロリで死にたいなあ』といわれますが、賛成できない。何の準備もなく急に死なれたら、残された家族はたまりません。“こうしておけばよかった”といつまでも悔やみ、悲しみを癒すまでに長い時間がかかります」
※週刊ポスト2015年10月30日号