◆歌も小説も映画も模倣の歴史だった

〈「すべての音は鳴らされてしまった」と、ジョン・レノンは生前語っていたが、ポスト・モダン以降、彼らの音は時代の必然だった〉とある。巻末に必ず自身が影響を受けた小説や漫画、映画や音楽への夥しい賛辞を並べ、露骨な引用やパスティーシュによって独自の作品世界を形作る樋口氏が、同じくサンプリングや換骨奪胎を常としたフリッパーズ・ギターを題材にしたこと自体、まさに必然だ。

「元々ひねくれているから彼らが好きなのか、好きだからこんな人間になったのか、わかりませんけどね。

 最初は僕も元ネタがあるなんて知らなくて、初めて知った時は『騙された』とすら思った。ところが歌の力ってズルいと思うのは、それでもやっぱり好きなんですよ。そのうちビートルズも佐野元春も先人の影響をモロに受けていることに気づき、小説や映画も模倣の歴史だった。『タモリ論』でも書いたように、まなぶはまねぶで、0からは何も創れないことに気づく一つのきっかけが、僕の場合は彼らの音だったんです」

 バブルの狂騒や1990年代の音楽シーン等々、虚実織り交ぜた物語は、トリコが死を選ぶほど絶望した過去=未来とどう切り結ぶかを軸に進む。〈椎名林檎にもなれず、本谷有希子にもなれず、谷亮子にもなれず〉〈特に、宇多田ヒカルが憎かった〉彼女は、未来のヒモ〈俊太郎〉と結局は同棲し、彼が15歳の自分に手を出す現実すら変えられないかもしれないことに焦りながらも、この時代に自分がいる意味を考えた。

〈実は時間が意思を持って、ときどきこうやって誰かを選んで、時系や歪みを直しているのではないか〉〈信長→秀吉→家康の流れとか、明治維新とか日本敗戦といった歴史的事実も、実は何者かが変えたことに、誰も気づかずにいるのではないか〉〈歴史よ、私はおまえの言いなりにはならない〉と。

 まるで作家・樋口毅宏の成分構成表さながらに作品中に横溢する引用の類も、そこから次の歴史を紡ごうとする意思の表れであろう。

「ジョン・レノンもオノ・ヨーコと会ってから各国の左翼運動家に出資してFBIに睨まれたくらい感化されやすかったけど、僕も自分がないし、すぐ人の影響を受けるんです(笑い)。ただ、小沢健二や小山田圭吾の歌詞を使うことはあっても、EXILEの詞は1行も使うことはないかな」

 と半ば開き直る彼の作品の、なんと面白いことか!確かにこれぞ愛のなせる業である。

【著者プロフィール】樋口毅宏(ひぐち・たけひろ):1971年東京・雑司ヶ谷生まれ。出版社勤務を経て2009年『さらば雑司ヶ谷』でデビュー。『民宿雪国』(山本周五郎賞・山田風太郎賞候補)『テロルのすべて』(大藪賞候補)『日本のセックス』『二十五の瞳』『愛される資格』等話題作多数。6月に結婚。先月長男が誕生し、育児に奮闘中。「寝られないし筋肉痛は酷いし、みんな恋愛や結婚をあんなに書くなら、その先の育児がどんだけ大変かも書いてくれないと!」。172cm、66kg。

(構成/橋本紀子)

※週刊ポスト2015年12月25日号

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