40年前、ブンヌとユーブリンクは知り合った。2人は共に元産婦人科医で、中東の都市を転々としながら、仕事に明け暮れる日々を送った。数年前に退職し、病が見つかるまでは2人はスペイン南部のセカンドホームで、贅沢な時間を過ごしていたという。会ってから、まだ体勢を一度も変えていない彼女が力なく、口を開く。
「私たちの国は、世界的な福祉国家なのに、人間の死については、議論にもならないわ。宗教色の濃い国ではないですから、倫理的な問題でもないはず」
モルヒネを使用していたため、取材時の痛みは「10段階に分けると3」だという。しかし、翌朝、ユーブリンクは、「あなたが帰ってから朝まで痛みがあって眠れなかった」と明かしてくれた。この時のブンヌの状態は、20mを歩行することさえやっとで、食後は吐き気と腹痛に悩まされていたのだった。彼女の病状に鈍感だった私は、用意していた問いを一つずつ訊いていった。
明日、本当に死んでもいいんですか? 私の質問を聞き終える前に、ブンヌは躊躇(ちゅうちょ)せず、きっぱりと答えた。
「もちろんよ。私自身の死ですから。なぜ、あと2か月も耐え難い痛みを我慢して生きなければならないの。耐え抜くことによる報酬でもあるのかしら」
ブンヌが、プライシック女医の運営するライフサークルのメンバーになったのは、2015年11月で、その3か月後には、こうして希望が実現した。
「とにかく、この痛みから早く逃れたい。痛みが私の体を侵食していくの。元医師として、どんな結末が待っているのか、良く分かっているつもりよ」
元医師として、いや、この時は患者として、彼女は訴えたいことがあった。
「患者の痛みを和らげる緩和ケアが各国で主流になっていますが、私の意見では、まったく無意味だと思う。それは単なる嘘でしかない。この痛みを和らげることなんてできませんから。特に私の癌は、とても不愉快な痛みです」