時刻は、午後5時半を回った頃だった。鮮明なオレンジ、赤、紫の空が窓辺に輝く。私はブンヌに訊くべきことがあった。これが多くの場合、安楽死や自殺幇助を妨げる要因に繋がることを、先週旅立った英国人老婦から学んだからだ。子供はいますか?
「ええ、43歳の長女と、40歳の長男がいます」
このホテルに?
「いいえ」
スウェーデンに残っている?
「はい」
ブンヌは、何も付け加えることなく、イエスかノーの返事をした。親子関係に、やや冷たい空気が流れている気がした。英国人老婦は、「子供がいたら違った決断をしていたかもしれない」と話していたが、ブンヌはどうなのか。
「私は大丈夫よ。子供たちもね」
彼女は、あまりにも冷静だった。
「2人には、すでにスウェーデンで別れを告げてきました。この決定は、私の個人的なものだと思っているんです。死ぬ私の姿を子供たちに見てほしくはない。夫だけに、私の最期の顔を見つめてもらいたいのです」
長男とは、長年仲違いで、顔を合わせる機会もほとんどなかったという。しかし、この死を選択したことを伝えると、長男は理解を示し、以前にはなかった母親へのサポートを始めた。長女については、口にしようとしなかった。私も敢えて訊くのをやめた。
横で見つめる夫のユーブリンクにも、問いかけたいことがあった。彼女の病を知った時、どんな思いでしたか?
「単なる冗談だと思いましたね。私が嘘だと笑っても、彼女の表情が変わらなかった。それは、とてもショックでした。この病気はとにかく先が短い。どうしたら良いのか、分からなかった。医師だったから理解できるはずなのに、身近の人間だとそれができないんです」
どうやって乗り越えたのですか?
「時間ですよ、ええ、時間。時間が私を苦しみから救ってくれたのです。でも、もっと長く一緒にいたかったなぁ」
夫に背中を向けた状態のブンヌが、その瞬間、うつむき加減で囁いた。あまりにも小さなかすれた声だった。
「私もよ……」