【3】『直毘霊(なおびのみたま)』(1771年。岩波文庫)
江戸中期の国学者本居宣長の大著『古事記伝』(1798年)の序論。宣長は、日本人の思想と行動が中国文明の影響(「漢意(からごころ)」)に基づく限り、自分たちのナショナル・アイデンティティは確立しないと直観し、『古事記』より前に「大和心(やまとごころ)」に基づく純粋日本社会が存在することを生涯をかけて論証した。
【4】『講孟剳記(こうもうさつき)』(1856年。講談社学術文庫)
幕末の思想家吉田松陰による『孟子』の講義ノート。朱子学や古学、国学を融合し、武士がその忠誠の対象を個々の主君でなく、天皇とすべきことを説いた。松陰は、刑死に至るまで、尊皇思想を身をもって実践し、近代ナショナリズムのモデルとなった。国禁を犯して渡米を試みたのは、世界情勢のリアルな認識と、日本の自立との両方を課題とする覚悟を示している。
【5】『文明論之概略』(1875年。岩波文庫)
明治初期の思想家福沢諭吉の主著。日本が独立自存するためには西洋の思想制度を徹底して学ぶ必要があるとし、その本質を明かす文明論。国益に目を奪われ、国際社会の常識を無視すれば、必ず失敗する。外国の制度、文物などの表層に惑わされず、その奥に潜む根本の価値観を理解しなければならない、と説く。倫理を体現して生きた武士たちが、文明開化の新時代に対応して前進する指針を与えた本書は、今日その輝きを増している。
【6】『復興亜細亜の諸問題』(1922年。中公文庫)
東京裁判でA級戦犯として起訴された大川周明は、植民地経済学を専門とする。欧米列強が第三世界をいかに理不尽に植民地支配したか、克明に具体的に分析し、日本は抑圧する側に立つのか、抑圧される側に立つのかを問うた。日本はどっちつかずの態度を取り、欧米の植民地支配に反対する一方、自らも中国を踏みつけにする矛盾した行動を取った。本書を読むなら、当時の人びとは大川の提起を真剣に受け止めていなかったと反省させられる。