例えばラフマニノフ二番を聴きながら、マサルは確信する。〈人間の最良のかたちが音楽だ〉と。そもそも芸術はこの世界や宇宙の在り様を映して生まれ、光も影も全て呑み込んでこそ、音楽は美しいのだ。

「昔、『どんな苦労も音楽にしちゃえば美しい』と言ったチェリストがいて、人間のいい面だけを音楽にしても確かに心は動かない。愚かで醜い面も音楽や文学に昇華できるのは人間だけに許された〈オプション機能〉で、それが最も美しい昇華のさせ方なんじゃないかなって、私自身、再確認させられた思いがします」

 塵やマサルや亜夜や明石を媒介として、本来あるべき姿へと解放された音楽が、本書には無尽に鳴り響いている。その自由な在り様がとかく形骸化した私たちの感動の解放をも、喚起しているように思えてならない。

【プロフィール】おんだ・りく/1964年宮城県仙台市生まれ。早稲田大学教育学部卒。会社勤務の傍ら1992年に第3回日本ファンタジーノベル大賞最終候補作『六番目の小夜子』でデビュー。2005年『夜のピクニック』で第26回吉川英治文学新人賞と第2回本屋大賞、2006年『ユージニア』で第59回日本推理作家協会賞、2007年『中庭の出来事』で第20回山本周五郎賞。ミステリー、SF、怪奇小説や恋愛小説、エッセイまで幅広い作風で読者を獲得。映像化も多数。159cm、A型。

■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光

※週刊ポスト2016年10月28日号

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