ライフ

【書評】アラブの良心というべきチュニジア市民の生きた声

【書評】『チュニジア革命と民主化 人類学的プロセス・ ドキュメンテーションの試み』鷹木恵子著/明石書店/5800円+税

【評者】山内昌之(明治大学特任教授)

 チュニジアは「アラブの春」の始まった地であり、成功した市民参加型革命を歴史に刻んだ国でもある。リーダーなき国で壮大な社会開発プロジェクトともいえる試みが成功したのだ。その原因を、丹念な現地取材と徹底した文献調査で探究した書物である。シリアやリビアのような混迷を深めるだけでなく、凄惨極まりない状況を生んだ国々と違って、チュニジアは何故に民主的移行や国民対話に成功したのだろうか。

 著者は、この理由をプロセス・ドキュメンテーションと呼ばれる時系列と構造分析の多元的な手法を駆使して説明する。

 理由の第一は、旧政権が崩壊しても国家が解体せず、国家の枠組が残ったことである。独裁者ベン・アリー大統領の逃亡に次いで、代行や臨時大統領が憲法に従って就任し、やがて新憲法を制定する議会選挙や新大統領選挙を実施する市民の粘り強さと堅実さに恵まれていたことが幸いした。

 第二は、革命後の民主化移行過程での軍事力や武力行使が少なく、政府レベルでは議論や協議が中心になったことだ。エジプトと異なり、政府レベルでは暴力や軍事力の行使をしないという暗黙の了解があった点も無視できない。

 第三は、革命期も民主化移行過程においても、市民の理性的な活動や広汎な関与がすこぶる活発だったことである。なかでも、比例代表制の選挙立候補者名簿を男女交互拘束名簿制とする議員の男女平等化をはかるなど、欧米と比べても先進的な試みが導入された。

「私の身体は私のもの」と主張してイスラーム法の導入に反対した女性たちの勇気には感動する。著者は、女性への暴力横行に対して、抗議や被害者救済や支援に当たったのも女性だと強調する。

 シリアやリビアやイエメンの悲劇を見て絶望に襲われる日本人にも、アラブの良心と清涼剤ともいうべきチュニジア市民の生きた声が確実に聞こえてくる。文章も分かりやすく、特別な予備知識がなくても、一気に通読できる労作である。

※週刊ポスト2016年10月28日号

関連記事

トピックス

今季から選手活動を休止することを発表したカーリング女子の本橋麻里(Xより)
《日本が変わってきてますね》ロコ・ソラーレ本橋麻里氏がSNSで参院選投票を促す理由 講演する機会が増えて…支持政党を「推し」と呼ぶ若者にも見解
NEWSポストセブン
白石隆浩死刑囚
《女性を家に連れ込むのが得意》座間9人殺害・白石死刑囚が明かしていた「金を奪って強引な性行為をしてから殺害」のスリル…あまりにも身勝手な主張【死刑執行】
NEWSポストセブン
失言後に記者会見を開いた自民党の鶴保庸介氏(時事通信フォト)
「運のいいことに…」「卒業証書チラ見せ」…失言や騒動で謝罪した政治家たちの実例に学ぶ“やっちゃいけない謝り方”
NEWSポストセブン
球種構成に明らかな変化が(時事通信フォト)
大谷翔平の前半戦の投球「直球が6割超」で見えた“最強の進化”、しかしメジャーでは“フォーシームが決め球”の選手はおらず、組み立てを試行錯誤している段階か
週刊ポスト
参議院選挙に向けてある動きが起こっている(時事通信フォト)
《“参政党ブーム”で割れる歌舞伎町》「俺は彼らに賭けますよ」(ホスト)vs.「トー横の希望と参政党は真逆の存在」(トー横キッズ)取材で見えた若者のリアルな政治意識とは
NEWSポストセブン
ベビーシッターに加えてチャイルドマインダーの資格も取得(横澤夏子公式インスタグラムより)
芸人・横澤夏子の「婚活」で学んだ“ママの人間関係構築術”「スーパー&パークを話のタネに」「LINE IDは減るもんじゃない」
NEWSポストセブン
LINEヤフー現役社員の木村絵里子さん
LINEヤフー現役社員がグラビア挑戦で美しいカラダを披露「上司や同僚も応援してくれています」
NEWSポストセブン
モンゴル滞在を終えて帰国された雅子さま(撮影/JMPA)
雅子さま、戦後80年の“かつてないほどの公務の連続”で体調は極限に近い状態か 夏の3度の静養に愛子さまが同行、スケジュールは美智子さまへの配慮も 
女性セブン
場所前には苦悩も明かしていた新横綱・大の里
新横綱・大の里、場所前に明かしていた苦悩と覚悟 苦手の名古屋場所は「唯一無二の横綱」への起点場所となるか
週刊ポスト
医療的ケア児の娘を殺害した母親の公判が行われた(左はイメージ/Getty、右は福岡地裁)
24時間介護が必要な「医療的ケア児の娘」を殺害…無理心中を計った母親の“心の線”を切った「夫の何気ない言葉」【判決・執行猶予付き懲役3年】
NEWSポストセブン
近況について語った渡邊渚さん(撮影/西條彰仁)
渡邊渚さんが綴る自身の「健康状態」の変化 PTSD発症から2年が経ち「生きることを選択できるようになってきた」
NEWSポストセブン
昨年12月23日、福島県喜多方市の山間部にある民家にクマが出現した(写真はイメージです)
《またもクレーム殺到》「クマを殺すな」「クマがいる土地に人間が住んでるんだ!」ヒグマ駆除後に北海道の役場に電話相次ぐ…猟友会は「ヒグマの肉食化が進んでいる」と警鐘
NEWSポストセブン