小さな声で話す人の特徴を、心理学者のリリアン・グラスは、「彼らの本当の姿は話し方とは正反対である」と語っている。内面に大きな攻撃性を潜ませているというのだ。まっすぐ突っ込んでいく稀勢の里の相撲が思い浮かぶ。
だが「大きな声で話して人に聞いてもらう価値が自分にはないのではないか」と感じている可能性もあるという。早口になるのは、感じている怒りやストレス、自信のなさを、無意識に急いで吐きだそうとしているためらしい。
期待に応えていないという思いが、彼の声を小さくさせていたのか? もともと早口ではあるようだ。会見やインタビューは多くを語らず、得意ではないと聞く。普段は明るいが、人見知りで恥ずかしがりとも言われている。だが、横綱となった稀勢の里の声は力強く、はっきりしていた。
グラスは、「声は人の心の奥にある考えや気持ちを伝えるガイド」と言っており、声は脳内の感情をつかさどる部分と結びついているため、感情の変化によって声の変化がおこるという。
「もっともっと強くなって恩返ししたい」。稀勢の里の声はこれまでとトーンも音色が変わり、蚊のなくような口調から、内面の強さ、率直さ、頑固さ、正直さ、そんな性格を思わせる声、落ち着いた自信のある声に変わっていた。
「どんな横綱になりたいか」と聞かれた時は、一瞬、考え込むような間の後に「もう負けられない」と低い声で言い、大きく長く息を吐いたのが印象的だった。
優勝を意識した途端、それを逃してしまった苦い過去が思い出され、大きく息を吐くことで気持ちを静めたかったのだろうか。それとも、そんな過去を吐きだしてしまいたかったのだろうか。「負けられない」という表現に、横綱となった責任が感じられる。
そして「もっと強くなって、もう負けない力士に」と続けた。「もう」という言葉を繰り返したのは、味わってきた悔しさ、情けなさ、やりきれなさといった感情は二度とごめんだ、という思いが強かったのだと思う。
勝ちたいと思えば緊張する。緊張すれば身体は固くなり、自然に動かなくなってくる。昨年、土俵下で微笑んでいる稀勢の里が話題になったことがあるという。勝とうと思えば、表情は固くなる。緊張をほぐすために顔の筋肉を緩めたのかもしれない。だが、その時の微笑みは勝つための“流れ”に入らなかったようだ。
「勝つ」「勝てる」ではなく「負けられない」「負けない」という表現を使っているのも稀勢の里らしい。横綱になったとはいえ、強い3人の横綱が彼を待ち構えている。今場所は横綱日馬富士と鶴龍が休場したこともある。まだまだ追う立場、挑戦する立場という意識もあるのだろう。
「小さい時からのあこがれ」だったという雲竜型の奉納土俵入りを、しっかり前を見据えて見事にこなしてみせた稀勢の里。久しぶりに楽しみな4横綱時代が到来した。