一方で、〈人はどんな時に神に近づこうとするのか〉と夏目を慄かせる西條自身、過酷な運命に苦しんでいた。
「臨床心理士の友人によれば、過去に重大な喪失経験を抱え、暴走してしまった西條は『基底欠損による自我の肥大』と診断されるらしい。私は彼の行為をむろん肯定はしませんが、人間、条件さえ揃えばどう転ぶかわからないとは思います」
西條がソクラテスや太宰を例に挙げつつ、ある心理研究に言及し〈憂鬱な気持ちは人々の独創性を増加させるのです〉と言う場面がある。〈幸福だけを至上とする社会では苦悩や不安は一種の病として扱われます〉〈昔は違いました。苦悩や不安、死と滅びは日本文化に宿命として取り込まれ〉〈日本人独特の情緒が形成されていったのです〉と。
「この独創性に関する研究報告は実在します。独創性も発揮の仕方はその人次第だと思うのですが、とりあえず私は辛いことや気分が沈むようなことがあった時は何か新しいことを考えるチャンスだと思うようにしています」
ちなみに次回作は個々の症例は希少でも種類の多い、希少疾患を扱う予定だとか。
「これも母数が少ないだけに新薬開発が進まないなど、がんとは違った意味で深刻な病気の一つ。そんな中でも見方を変えると既存の薬が意外に流用できたりする現状を、私はあくまでスリリングで面白いミステリー小説にしたいんです」
見方一つで視界は変わる。そんなミステリーにも通じる真理と医学の今を、今後も両輪に書いていきたいと、40歳の新人作家は誓う。
【プロフィール】いわき・かずま/1976年埼玉県生まれ。神戸大学大学院自然科学研究科修了。国立がん研究センター、放射線医学総合研究所で研究に従事。「がんセンターではモンシロチョウ由来の抗がん蛋白質を研究していました。ユニークな特性を持つ、実用化には至っていない抗がん剤候補の一つです」。現在は医療系出版社に勤務。昨年本作で第15回『このミステリーがすごい!』大賞受賞。172cm、70kg、A型。
■構成/橋本紀子 ■撮影/国府田利光
※週刊ポスト2017年2月24日号