◆傷ついた人類の発明が資本主義
逃げた女と立ち止まる僕。何かを胸に秘めたアリサや、とことん勝ちに拘る高野の、4者4様の態度や揺れが、本作では絶妙に交錯する。
アリサの実家は不動産業を営み、特に母親が始めた〈データセンター〉事業で上場も果たしていた。が、母親とアリサの双子の姉は後に事故死し、父親も脳梗塞で死亡。残されたアリサも運転中に事故を起こし、幸いふくらはぎの骨折で済んだが、何か他に事情があるらしい。
彼女は説得に来た須賀を、各国の電子情報が集まり、万全の警備を誇る郊外のデータセンターに誘う。地盤のいい土地に、時代に合った上物を載せるのが彼女の母の〈行動原理(プリンシプル)〉だった。〈土地は動かない〉〈資本効率だけを考えたら結局自分で何かを始めるのは非効率なのよ〉
一方、アリサの父が英国資本と開発し、計画半ばに潰えた〈レジャーランド〉の残骸を見て、須賀は〈祭りの翌朝の持つデジタルな不可逆性〉を思う。〈昨日に戻ることなんてできないし、次の祭りを待つなんて長すぎる〉と。
「彼の郷愁は、1983年生まれの僕のものでもある。成長や未来を信じられた時代は中学で終わり、次の祭りの予感もない中、懐かしさの残像だけが尾を引いている。その中で一人勝ちを狙うのが高野なら、僕は昔から〈効果(エフェクト)が分かるけど構造(メカニズム)が分からないもの〉に憧れるタチで、その最たるものが、言語化できない姿を表現できる純文学だった」