坂口氏によれば、近親者の死を受け入れるプロセスは大まかに4段階に分けられるという。イギリスの精神科医ジョン・ボウルビィの考案した指標だ。
(1)死別直後のショックで何も感じられず、死別を信じられない「無感覚と不信」。
(2)失った人への思いを募らせ、一緒に行った思い出の地を巡るなどして、“もしかしたら生きているかもしれない”と探し求める「思慕と探求」。
(3)故人を探し求めた末に、永遠に会うことができないことを知る「混乱と絶望」。
(4)死別の現実を受け入れ、自らの人生を生きるために生活を建て直す「再建」。
「愛する人との死別は大きなストレスで、心理的にも身体的にも影響が大きい。このモデルはあくまで一つの目安に過ぎませんが、故人の声が聞こえる、姿が見える、気配や温もりを感じるといった霊体験は、(2)思慕と探求、(3)混乱と絶望の段階において、ストレスを和らげる役割を果たしているのではないかと思います」(坂口氏)
霊体験を「非科学的」と頭ごなしに否定するのは簡単だ。東日本大震災の犠牲者遺族たちも、否定されるのを恐れて、長い間自らの経験を口にできなかった。
ベストセラーとなっている『魂でもいいから、そばにいて 3・11後の霊体験を聞く』著者のノンフィクション作家・奥野修司氏がいう。
「例えば日本の現在の医学界では、エビデンス(科学的根拠)が非常に重視されますが、アメリカではそれとともに患者や家族が自身の経験を語るナラティブ(物語)を通じたケアも重視されます。災害緊急マニュアルの中に“まず地元の宗教者を探すべし”という指示があるほどです。本当の復興のためには、非合理的なことも受け止めながら遺族の心をケアする姿勢が必要になってくるのではないでしょうか」
科学的根拠に基づく議論だけでは救われない人もいる。それもまた厳然たる事実なのだ。
※週刊ポスト2017年4月7日号