「国策を論じたいので私に会いたいと人を介して蒋経国から連絡があり、二度断ったんだけど、三顧の礼って話がありますでしょ、さすがに三度目は断れなかった」
蒋経国は、組織が骨の髄まで憎む蒋介石の後継者だ。グー・クワンミンは仲間に内緒で密かに台湾に向かった。蒋経国は国際社会での孤立を感じ、新しい台湾統治を模索していた。敵視する独立派の言葉に耳を傾ける必要に迫られるほど追い詰められていた。
蒋経国に対し、グー・クワンミンは政党の自由化や本省・外省の区別の撤廃(*注2)などを建言した。
(*注2:第2次世界大戦前より台湾に居住する台湾人を本省人、その後に台湾に移住した大陸人を外省人と呼ぶ。近年まで、本籍欄に明記されており、差別や対立の背景になった。)
蒋経国も黙って耳を傾けていたが、グー・クワンミンが「大陸反攻、これは痴人の夢ですよ」と言うと、座の雰囲気が一変した。
日本語教育を受け、台北高等学校に通うエリートだったグー・クワンミンは日本語がもっとも身近な言語である。とっさに愛読する谷崎潤一郎「痴人の愛」が思い浮かび、絶望的になった大陸反攻をなお掲げる蒋政権を揶揄したのだった。
「私は可能だと信じる」。蒋経国も激しく反論し、口論になった。
心配した蒋経国の部下があわてて部屋に入ってきた。議論の中身は知らない。グー・クワンミンはとっさに「あんたに聞くが、大陸反攻と台湾防衛、どっちが優先かね」と話を振ると、部下は即座に「台湾防衛です」と答えた。