「まさか、と思いました。できないと思っていたので。嬉しくもあり、不安でもあり、やっぱりしあわせでもあり、これまで感じたことのないような感情がこみあげてきました。あのときの気持ちをうまく表現できませんが……、確かなのは、これで私の人生は変わるな、と思ったことです」
◆流されるままに生きて、辿りついた場所
妊娠を告げると、亮太は無邪気に喜んでくれた。が、次の瞬間、りさ子は頭を殴られたようなショックを覚えた。
「前の彼女との問題がまだ解決していないから、結婚はできないというのです。かれこれ1年がたつのに、なぜだろうと……。私も、その後、追及してなかったのですが、まだ引きずっていたとはショックでした」
籍はまだ入れられないが、一緒に住もうという提案を受け入れ、2人は同棲を始める。新居は、りさ子1人では到底住めない、贅沢なマンションだった。
「私は彼の年収を知らないんですが、暮らしぶりから、私よりはそうとう稼いでいることがわかりましたし、生活費もほとんど彼が出してくれていたから、不満はなかったんです。女にはだらしないかもしれないけど、ケチではないんですよ、彼。いつしか、彼が望まないなら、入籍しないままでもいいかな、と思うようになってきました。調べると、いまは婚外子だからといって生まれた子どもが法律上、不利になることもほとんどないようですし。いわゆる事実婚ってので、いいのかなぁと。私、諦めたんです。思いがけず赤ちゃんを授かったんだから、それだけでいいや、2つは望まないって」
以来、2人のあいだで、「結婚」が話題になることはなくなった。りさ子は出産準備をしながらできるだけ仕事に励み、亮太と休みが合えば旅行をする……充実した毎日が過ぎていった。
りさ子は自分の人生を「流されるままに生きてきた」と、自嘲気味に笑う。しかし、流されて辿りつく場所もある。予定日を1ヵ月後に控えたある日、亮太が婚姻届けを差し出した。「長く待たせてしまって、ごめんね」