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2017.08.08 07:00  SAPIO

古谷経衡氏 インパールで聞いた日本兵の声なき声

 このままでは2万の部下が死ぬ。佐藤中将は、5月末独断にてコヒマを放棄し、後方に撤退する決断を下した。天皇直々に任命される師団長が、上官の命に背いて独断撤退したのは、日本軍始まって以来の大事件である。

 佐藤中将は軍法会議で死刑を覚悟した。が、「発狂」として処理されお咎めなしとなった。牟田口の責任論も封じられた。佐藤中将は、「牟田口を斬り殺す」との剣幕で第15軍司令部に乗り込んだという(牟田口は不在)。

 こうして大本営は作戦中止を正式に決定した。しかし東インドの密林では、東京での決定如何に関わらず、敗残兵がひたすら元来た道を病身で逃げていき、そして力尽きていった。

◆歴史から学ぶとは

 コヒマには、日本軍の攻撃で擱座(かくざ)したままで放置されている英中戦車「M3リー・グラント」が野外展示されていた。装甲の厚いM3リーのキャタピラーは碌な対戦車砲を持たない日本軍によって破壊されている。

 どのようにしてこの車両が擱座したのか伝わっていない。が、このキャタピラーは確実に何人もの日本兵の血を吸っている。

 ア氏のガイドの元、コヒマ近郊にある寒村に案内された。納屋のような小屋の前まで来て「はッ」とさせられた。佐藤中将がコヒマ攻略の際、滞在していた10坪に満たない木造家屋が当時と変わらぬ姿でそこにあった。滅茶苦茶な命令にも拘らず作戦に従い、難渋の末、部下の命を救う英断をされた稀有の名将・佐藤中将はこの粗末な小屋で寝起きされていたのだ。

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