休憩中にメイク直し。笑顔をのぞかせる
そして、こう語る。
「自分が舞台で演じることで、目の前のお客さんの心が動く。それを感じられるときが楽しい。
森光子さんと『おもろい女』を大阪でやったときに、僕が首を吊るシーンで、客席のおばちゃんからふいに『手伝おうか』と声がかかったことがあって、本当に楽しかった。あるいは、鼻をすすりながら泣く音が聞こえてくるようなこともある。こうしたことは、映像ではありえなくて、舞台ならではの醍醐味です」
段田は、40年間、ひたすら芝居と向き合って生きてきた。
京都の平安高校時代より、毎月東京からくる新劇を観に通っていた青年は、立命館大学入学後、京都のアマチュア劇団に加わったりしながら芝居にのめり込んでいく。結局、2年で大学を中退したのち、青年座研究所を経て1981年に野田秀樹率いる「夢の遊眠社」に入団。1992年の劇団解散まで主力メンバーとして活躍した。
「ありがたいことに、20代後半からアルバイトをしなくて食べられるようになったけど、20歳で始めた頃と芝居に向き合う気持ちはいまも何も変わっていない」と段田は言い切る。
その生活は、年3、4本の舞台を軸にして、そこにテレビや映画の仕事が差し込まれるというスタイルで回り続けている。そんな芝居への情熱の反動なのだろう、段田の日常生活は起伏に乏しく、極めて地味だ。